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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
38/61

37・運1

 帰る場所を失くした者達の足は重い。

 特に殆どが女子供、老人であるから、長い間の歩きっぱなしは限界が早い。それでも生き延びるためだから文句をつける者は今のところいないが、気力で持たせられる限界なんてたかが知れてる。特に、目的地もはっきりせずただ歩ている状況では。

 アルスもそれを分かっている。分かっているから目指している場所はあった。


 そこへ、雨音が近づいてきた。


 気づいた者達がそちらに顔を向けて嫌な顔をする。雨だ、雨よ、と悲鳴にも似た声が上がる。

 だが、アルスの口元には笑みが湧いていた。


――どうやら、運はこちらの味方みたいだ。


 最初は遠くに聞こえていた雨音は、すぐに追いついて皆をずぶ濡れにする。それを嫌がって声を上げる人々に、アルスは大声で叫んだ。


「皆、濡れるのはきついと思うけど、このままいこう。今のうちに進んでおけば足跡が消える」


 大量の敵の足跡に紛れてはいても、よくみれば判別は出来る。だが今なら、雨がその心配を無くしてくれる。

 森へ逃げようとしていた者達もアルスのその声を聞いて体の向きを変え、憂鬱そうな顔をしつつもそのまま歩きだす。アルスは内心安堵した。反対意見も出るかと思っていたが、ここへくるまで散々足跡を誤魔化すためにいろいろ指示してきたからか、皆納得してくれたらしい。

 とはいえ、女子供、老人が多いこの面々では長く雨の中を歩くのは厳しい。それでも、体力がある戦士見習いの連中が率先して子供や老人を背負ったり、女達はストールを広げて子供達が直接雨に当たらないようにしたりしてどうにかしのぎつつ雨の中を歩いた。

 ただ、雨はやはり体力を奪う。歩けば歩く程、歩みが遅くなっていくのは仕方がなかった。


「アルス様、そろそろこのまま進むのは厳しいと思います。休憩を兼ねて一度森へ入った方がいいのではないですか?」


 シオールの言葉はその通りだと、アルスも分かっていた。この雨はおそらくそこまで長くは降らない。森に入って雨宿りがてら休憩をした方がいい、けれど出来るだけ雨のうちに進みたい――アルスは歩きながらもずっと迷っていた。


「うん、そうだね。だけど……多分、そろそろ見える筈なんだ」


 雨の中は視界が悪い。だから見落とさないように、アルスは道の先、自分達が出て来た側とは反対側の森の方を注意深く見て歩く。

 そうしてやっと、目に入ったソレを見て、アルスは皆に声を掛けた。


「あと少し行ったら森に入るから皆、がんばってくれ」


 人々から力ないものの声が上がる。そうして、少しだけ歩く速度も上がる。

 そこで、横にいるシオールが小声で聞いてきた。


「アルス様、何か探しているものがあるなら俺にも話してもらえませんか?」


――やっぱシオは俺の事よく見てるなぁ。


 婆様のところで見た地図、かつて村を作る時に父達がやってきたルートを逆に辿ると、父達が下の谷からこの森へと登った場所がある筈だった。方面的にはこの道をこのまま行って、途中から森へ入って崖を目指す事になる。


 問題は父達が村を作るため移動してきたのが二十年前の事であるから、そこからどれだけ地形が変わってるかである。


 登ってこれたのなら下りれない事もない。最悪でも、ロープを伝って下りられるんじゃないかとアルスは思っていた。だからその地図にあった目印を探していて、やっとそれらしきものがあったのだが……ここは確かにシオールも頼った方がいいだろう。


「シオール、向こうにやたら高い赤っぽい山が見えるだろ?」

「はい……確かに見えますね」

「それと向こうに細い山、あの山と赤い山の間くらいの方向を目指したいんだ。この雨だから目標を見失い易い。一緒に位置を見ててくれ」

「分かりました」


 そのやりとりをしてから少しして、どうにか入っていきやすそうな場所を見つけてアルスは森に入る指示を出した。森に入って雨宿りが出来たところで休憩を伝えて、その時にアルスはかつて土地を求めて旅してきた時の道が分かりそうな人達を集めて話を聞く事にした。


「ナグラックの連中は、俺達が森の中にいる筈だと思って探している筈だ。だから崖を下りようと思う。父上達が村を作る前、崖を登ってきたところなら下りられると思うんだ」


 崖の下を歩けば、上から見ても見つかり難い。しかも谷には川が流れている筈だ。川沿いなら水の心配がない、魚がいるなら食料もどうにかなる。婆様のところから持ってきた地図を広げれば、まずは婆様の一人、ノーラが口を開いた。


「そうさねぇ……確かに登ってきたとこは少し崩れてて登りやすくなってたかねぇ……そん時はサリドやクォーラが先に登ってロープを縛って来たんじゃなかったかね」

「あぁそういえば、それで登れる者は登って、あとはロープで縛って上に引き上げたりしたと思うわ」


 そうつづけたのは大斧のタスクの妻で、当時彼女自身も戦士だったフォルだ。戦士として当然道中では未知の場所をどう行くかの話し合いに参加しただろうし、ロープで引き上げるような力仕事もしていただろう。彼女の意見は参考になる。

 実のところ当時いた人間となれば老人連中全員そうなのだが、ただ指示に従って歩いていただけの者は苦労したことは覚えていても道はほぼ覚えていないようだった。だから彼等に話を聞いたのは最初だけで、今は主に婆様と奥方達の話を参考にしている。


「他の場所と違って切り立った崖じゃなく、大きな岩がいっぱい転がって斜面になってたと思う。ロープに掴まって、その岩を一つ一つ登っていった覚えがあるわ」


 ジェアの母でありクォーラの妻であるルーイは、当時はアルス達くらいの歳だったそうだ。この話し合いには六英雄の奥方には全員集まってもらっていたが、普段から豪快で社交的なこの二人は積極的に当時の話をしてくれるものの、マーナの母であるザナと、レガンの母であるアリダはもとからあまり話すタイプではないのもあって黙って話を聞いているだけだ。


「とりあえず、目指してみる価値はありそうだね」


 皆の話でそれを再確認したアルスだったが、そこで背後から不機嫌そうな声が掛けられた。


次回は話し合いの続き。


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