36・追跡する者達
村を完全に落とした後、村の北外れまでやってきたナグラックの者達は、そこに大勢の人間が集まっていた形跡を見つけた。既に村の殆どの家を探し切った後だったのもあって、彼等は村人が一度ここへ集まってから森に逃げた事を確信した。
だから生き残った連中を全て拘束してから部隊の約半数、主に実際の戦場であまり活躍の場がなかった者達は逃げた村人を追う事になった。
――さて、あの坊や達は無事逃げきれるかな。
元から単独で村の様子を偵察していたバンダーは、ナグラックの者の中ではこの森に一番慣れている。当然ながら森の道案内役に抜擢されて、追跡部隊の隊長に命じられたエニと行動を共にしていた。
「エニ様、こっちです」
「よし、他の者も向こうへいけ」
どうやら逃げた連中は馬鹿ではないようで、ところどころでやたらと広範囲にいろいろな方向への足跡があったりして進行方向を分かり難くさせていた。ただでさえ普段から森を歩いている者の足跡もあるから、追跡は意外に難航していた。
――時間稼ぎにしかならないのを承知でやれるだけのことをやってる、ってとこかな。
あの少年二人は村へは来なかったから、おそらく森を回って裏から村へ入ったのだろう。となればあそこに避難してきた連中と合流して一緒に逃げたか。バンダーには彼等が村を無視して直接逃げたとは思えなかった。
バンダーの見たところでは、森で出会ったあの二人はなかなか将来有望だ。生き延びたら何かしそうな面白さを感じた。この時間稼ぎも彼等が考えたというのなら益々面白いというものだ。
とはいえこの状況で逃げ切るのは厳しい。彼等二人だけなら十分可能性はあるが、女子供を何人も連れている段階では無理と言い切ってもいいだろう。……本人達が上手く立ち回った上で、よっぽどの幸運がない限りは必ず捕まる。
「で、連中はどこへ向かってると思う?」
エニについてぼうっと歩いていたら、突然振り向かれて彼女にそう聞かれた。そこで一旦足を止めると、肩にいた相棒が驚いてキキッと鳴いた。
「さぁ、最初は山の裾野沿いに進んでるのかと思ったんだけどね」
肩にいるバンダーの相棒はハチザルのドットという。尻尾を抜いてサイズが大体成人男性の手の平くらいしかない小型のサルだ。ドットは肩から少し背中へ移動して、半分隠れながらエニを見ているらしい。エニの視線でその様子が分かる。
「裾野沿いに進むとどうなるの?」
「崖に出て行き止まりか、山に登るかになるかな」
彼女は不満そうに顔を顰める。ドットが怯えたのか更に背中の方へ移動した。
「そんなところに逃げないでしょ」
「さぁ、でもどこへ行ったとしても逃げ場はないからね」
「……えぇそう。逃げても無駄だわ」
そう、逃げ場はない。
村の非戦闘員を殆ど連れている、つまり大量の足手まとい付きであるから、隠れるのも難しいし、逃げるにしてもどうしても進みは遅くなる。その状態でこちらの戦士による追跡から逃げ切るのは不可能だ。
だからおそらく、自分があの少年たちを見逃したのも無意味となるだろう。
「あれ?」
そう思っていた矢先、彼は自分の手に落ちた冷たい感触に驚く。
耳を澄ませば、ざぁっと激しい雨音が近づいてくるのが分かった。
エニが空を見て舌打ちする。
「雨か、奴等運がいいわね」
そこでまたドットが背中から腰へ移動したから、腰に括り付けてある籠の蓋を開けてやる。ドットが入ったのを確認してから、蓋をしてエニに向き直る。
バンダーの唇には薄く笑みが浮かんでいたが、それを消してから同意するように彼女に言った。
「確かに、連中は運がいいようだ」
これは『もしかしたら』が起こるかもしれない――バンダーは、喉から出かかった笑い声を抑えるのに少しだけ苦労した。
バンダーはゼラを裏切るつもりはないのですが、捻くれているので……。
次回はまたアルス達の話。




