35・村は落ちた
アルスが聞いた噂話。
ゼラは敵を制圧した後で、残骸達と一緒にいらないモノ、逆らった者を纏めて燃やすという。
だからあれは、村が完全に落ちたという事だとアルスはすぐ理解した。
それが示すのは、父の死。そして恐らく……母も。ここまでずっと父達が負ける事前提で動いてきたから、両親の死は覚悟出来ているつもりだった。
けれど、アルスはその煙を見たまま動けなかった。
頭の中では冷静に現状が把握できているのだが、感情が止まってしまってその先へと頭が働かない。ただ茫然と煙を見る事しかできない。傍にいたレガンやジェアが嘆いて、怒鳴っている声さえ遠くて、体の感覚が全部意識の外にあるような感じだった。
「アルス様?」
だから、シオールのその声で急に意識が復活して、アルスの目から涙が出てきた。まずいと思って顔を下に向けて、目のあたりを手で押さえる。
「アルス様、どうされました?」
唇がわなないて、嗚咽が漏れそうになったところをぐっと飲みこむ。はぁ、と大きく息を吐き出して、それからどうにか声を出す。
「大丈夫だ……シオ、ちゃんと今どうすべきかは考えられてる。ただちょっと……感情が、抑えられなくて」
どうやら自分は、ずっと村が落ちる前提で行動していたくせに父や母が死ぬ事を実感として分かっていなかったらしい。今になってそれを現実として受け止めて、それに感情がもっていかれている。
けれど、頭はハッキリしている。これからどう動くべきか、どうするのが一番皆を守れるか、ちゃんと理論的に思考は出来る。ただ涙は止まらない、これじゃだめだと思っても、まるで体と頭が別モノのようにいう事をきかない。
「少し……待ってて、くれ」
「大丈夫です、皆動揺していますから、こちらを気にしている者はいません」
アルスは目を押さえていない方の手でシオールの服を掴んだ。
「アルス様、俺はずっと貴方のお傍にいます」
「うん、頼む……ありがとう」
皆の嘆く声が聞こえる。レガンやジェア達が口論する声も聞こえる。まだ村の人間はこれだけ生きてる、彼等を今いる戦力で守らなければならない――それが自分の義務だと言い聞かせ、父や母の事は考えずひたすらこれからの事だけを考える。そうすればやがてどうにか涙は止まった。やるべき事、やれる事だけを考えれば、唇の震えもなくなる、これならどうにか平静を保てそうだ。
乱暴に涙をぬぐって顔を上げ、アルスはシオールを見た。
「目、赤いかな」
「そうですね、でもそれくらいなら皆も同じですから」
どこまでも冷静な彼の顔を見たら、まだ少し残っていた動揺も消えていく。アルスは大きく息を吸い込むと声を上げた。
「皆、聞いて欲しい。おそらく……村は落ちた」
皆の顔が一斉にこちらを向く、絶望の顔、縋る顔、怒る顔。彼等全員の視線を受けて軽く眩暈を覚えたが、アルスは出来るだけ冷静に声を張り上げた。
「襲ってきたのはナグラック族の土の民、彼等は最近キシェナを落とし、そのままウチの村にもやってきたんだと思う。ナグラック族と言えば火を使う事で有名だが、今の彼等は戦闘中には火を使わず、制圧後に不用なものを燃やすそうだ」
そこまでいえば、ざわめきが起こる。そして当然の声が上がる。
「つまり、あの煙は村が完全に制圧された印ってことか?」
声の主はレガンだ。彼は怒っている。
「多分、そうだろう。だが、村の戦士達が全滅したと確定した訳じゃない。逃げ延びた者もいるかもしれない。とにかく、今ここにきて煙が上がったという事は……おそらく戦士の皆が、俺達が逃げるまでの時間稼ぎをしてくれたんだという事だ。それを無駄にしちゃいけない」
すると、レガンの傍にいた特に血の気の多い戦士見習い連中が一斉に叫び出した。
「報復だっ」
「きっと今なら奴等も油断している筈っ」
「村を落とされて逃げていられるかっ」
口々に叫び、剣を振り上げる。
「そうだ報復だ、俺は行くぞっ。行くものは俺に続けっ」
レガンもそう言い出して、先頭に立って村の方向へ向かおうとする。
――あぁもう、この馬鹿どもは。
父達より弱いお前達が敵をどうこう出来る筈ないと何度いえば分かるのかと、アルスが叫ぼうとすれば、それより早くシオールが横から飛び出した。
それは誰も止められない。
アルスが呼び止める暇もない程速いシオールの姿はあっという間にレガン達の一行前に行き、その伸ばした槍刃はレガンの喉元でぴたりと止まった。
「え……」
レガンが目を丸くする。騒いでいた連中が沈黙して固まる。その中で冷静過ぎるシオールの声が響いた。
「貴方より俺の方が強い。その俺よりも、サリド様やクォーラ様は強い。俺の槍に少しも反応出来ていない貴方が、どうしてサリド様が倒せなかった相手に報復なんて出来ると思うのですか?」
「貴様ぁっ」
レガンの傍にいた彼の取り巻きの一人が、シオールに向けて剣を抜く。それを見て他にも三、四人が剣を抜いた。けれど彼等は剣を振り上げる事さえ叶わず、シオールが槍の柄を数度回せば、次の瞬間には全員どこかしらを叩かれて痛みに蹲っていた。
それを見て残った連中も剣を抜きかける、が。
「止めろっ」
レガンの声で連中は止まって、確認するように皆が彼を見る。
レガンは剣を抜いていなかった。下を向いてじっと動かずにいたが、横にジェアがきて肩に手を置かれると顔を上げて皆に言った。
「確かに、そいつの言う通りだ。俺も頭に血が上ってた。俺達は弱い、今更村に戻っても死ぬだけだ。そして、俺達の仕事はここの皆を守る事だ。それが、最後に村の戦士として与えられた命令だ」
アルスは軽く息をついた。そう、レガンは直情型の馬鹿だが無能ではない。そして熱しやすくて冷めやすい。
「そういうことだ。皆、頭を冷やせ。武器を下ろせ、馬鹿共がっ」
それはジェアの声で、レガンは彼を睨んだが、他の連中は次々に黙って手を下した。
皆が落ち着いたのを確認してから、アルスはまた声を上げた。
「俺達が無事逃げ延びれば、少なくともうちの村が滅びた事にはならない。生き延びて、村を再建して力をつけてからなら、奴等に報復出来る可能性だってある。だから皆、まず俺達は生き延びる事だけ考えよう」
それにはすぐには反応がなかった。だが暫くして、戦士見習い達以外の女性陣から拍手とともに賛同の声が上がれば、続けてあちこちから同じ声が返ってきた。
次回はゼラじゃないですがナグラック側のお話。




