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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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30・逃げる決断2

「レガン、ここに行けと言われた時点で貴方の仕事は戦いに出る事ではないのでしょう? 貴方まで死にに行くつもりなの?」

「ジェ~ア、あんた達へなちょこ戦士未満が行ったところでなんの役にも立ちゃしないだろ。お前達はお前達にやれる事をするんだよ」


 レガンの母であるアリダが言いながら泣きそうな顔でレガンに縋りつき、ジェアの母であるルーイが息子に睨みをきかせる。レガンは明らかに狼狽えて、ジェアはバツが悪そうに下を向いた。勿論その後ろには他の騒いでいるひよっこ戦士共の母親達もいて、アルスとしては、ミーナさんナイス、と心の中で礼をいいまくるところだった。


「母さん、分かった、分かったから。ただ俺は父上達を助けたくてっ。だってここでいかなかったら何のために鍛えてるか分からないじゃないかっ」

「確かに、俺達では足手まといですが、それでも戦士が逃げる訳には……」


 レガンとジェアはまだ逃げる事を受け入れ切れてはいないようだが、それでもかなり勢いは削がれている。それを見ると、他の連中も少し冷静になってきたのか口々に言いだす。


「そうだな、俺達の仕事は皆を守る事だよな」

「あ、あぁ、敵の本隊と戦っても足手まといなのは確かだよな……」


 彼等の顔から『死にに行く覚悟』が消えて、『助かってもいいのだ』という安堵さえ感じる表情が広がっていき、好戦的な連中は下を向いて口を閉じる。

 それとほぼ同時に、そこで集団の向こう、洞のある方からざわめきが聞こえてきた。方向的に何があったかなんて聞く必要もない。アルスがそちらを向いて跪くと、やがてこちらに向かって集団が割れて道が出来た。その中を歩いて近づいてくる者達がいる。


「アルス坊、どうだいそろそろまとまったかい?」

「はい、婆様。あともう少し、というところでしょうか」


 逃げる準備が整って、婆様達が洞から出てきたのだ。先頭に立つのは護衛役の一人であるネネイで、彼が背負っている移動用の椅子に最年長のエリグアが座っていた。その後にまだちゃんと歩けるフムとノーラが続いて、最後にもう一人の護衛役であるソノーラが荷物を背負ってやってきた。アルスに声を掛けてきたのはエリグアだ。


「なにせおいぼれや子供が多いからねぇ、さっさと逃げといた方がいいとは私らも思うよ」

「ありがとうございます。逃げるとなればこれから暫く厳しい事態になると思いますが、お許し下さいますか」

「あぁ、覚悟なんてのはいつだって出来てるやね」


 司祭である婆様達が逃げると告げたのだからこれ以降は誰も文句が言える訳がない。マーナやジェア、レガン、そして六英雄の妻たちもアルスに倣って跪く。

 実はアルスは先ほど婆様達に報告に行った時、揉めそうな事を話した上で、戦いたがる連中が迷いだした辺りで出てきて欲しいと言っておいたのだ。

 イキナリ最初から婆様達の決定だからで通せばレガン達は従っても不満を抱えたままになる。ただ迷っているなら最後のひと押しになって決断してくれる筈だ。まぁ一応、どうしてもまとまりそうになかった場合も出てきて欲しいと言ってあったので、そうならなくてよかったと思う。


「よし、じゃぁ皆並べっ、森へ逃げるぞ、歩くのがきつい奴は手を上げろ!」


 一度決まれば話は早く、レガン達は率先して声を上げ、皆をまとめてここを出る準備をしだした。レガンもジェアも、もともとは戦士見習いとしては優秀だし、ちょっと暴走気味だが人を指示できるだけの能力もある。

 その様子を見て、アルスはやっと胸をなでおろした。

 ちらとシオールを見れば彼はこちらに目礼を返していて、アルスもやっと顔に笑みが戻る。


「アルスロッツ様、ご立派でした」


 ドゥトスと目が合ったらそう言われたのにはちょっと照れくさ過ぎて笑顔が引きつったが、ふと思いついて彼女に言っておいた。


「ドゥトス、悪いけど移動時は最後尾を頼んでいいかな」

「はい、了解しました。私はサリド様からご自身に何かあった場合はアルスロッツ様を助けるように言われています。アルスロッツ様の部下と思ってご命令くださいませ」


 そう改まって言われるとちょっとやりにくくはあるが、奴隷とはいえ正式な戦士である彼女の存在は大きい。ただこの状況と彼女の性格上、何かあれば自ら犠牲になりにいくかもしれないから命令は慎重にしなくてはならないだろう――と考えていたら、急に耳を引っ張れた。


「って、たたたたたっ」


 引っ張れるままそっちを見れば、やたら含みがありそうな笑みを浮かべたマーナがいた。


「アルス、ひとつ貸しね」


 えーやだなー、と即返しそうになったのを引きつった笑顔でどうにか抑えると、今度は後ろからすごい勢いで背中を叩かれた。


「アルスっ、あっちの二人はすぐ頭に血が上るんだからあんたがその分冷静になるんだよっ」

「う……分かってるよ、母……」


 背中の痛みに思わず悶えながら反射的にそう言ってしまったが、振り向いたそこにいたのは勿論母ではない。六英雄、大斧のタスクの妻であるフォルだ。彼女も母とおなじく元は戦士で母とも仲が良かった。ただ彼女は母のように出産で戦士をやめたのではなく、左腕の負傷のせいでやむを得ず戦士をやめていた。だから今、ここにいるのだろう。

 分かってはいたが、ここへ逃げてきている人々の中にアルスの母はいなかった。

 ドゥトスから聞いてもまだ『もしかしたら』と思っていたが、最後にみた母の姿からすると逃げる気など微塵もないだろう事は分かっている。覚悟は出来ている。いや、出来ている……つもりだった。


次はまた村の方、ゼラやアルスの親達の話。

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