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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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29・逃げる決断1

 クリス村は北に山があって、東には森、西は湖がある。基本的に南側から出入りするため村を囲む丸太の壁は南が一番高くなっていて門も強固に作ってある。南の次に壁が高いのは森と接している東で、動物対策も兼ねて壁の外側には堀があって罠も仕掛けられている。湖と接している西の壁はそこまで高くないが、敵が仕掛けてこようとすれば船か泳いでくる必要があるからかなり厳しい。山がある北だけは堀や段差はあるものの壁はなく、いざという時ここから森へ逃げられるようになっていた。

 敵は想定通り南を攻めてきた。そこで戦闘に関わらない村人が北の広場に集められたという事は、今がその『いざという時』だという事だ。


「逃げるだと? ふん、軟弱者め、呆れるな、当然、俺達は父上を助けに行く」

「戦いに参加しないで逃げるなど出来る訳がないな」


 レガンが言えば、ジェアが対抗するようにいう。こういう事態が予想出来たからセルマにいて欲しかったんだけどな――彼等を筆頭に戦闘に行く気満々な連中を見てアルスは頭を抱えたくなった。


「ですが、タナ様からの指示で、このまま逃げるように言われています」


 そう言ったのはドゥトスだが、実際の戦場を知らないからこそ活躍する自分しか見えていない連中は止まらない。


「奴隷は黙ってろ! 俺がこっちに来たのはこちらでも敵がいると聞いたからだ!」

「俺達は臆病者ではない! 戦士が逃げられるか」


――うーん、ジェアはもう少し先が考えられるタイプかと思ったんだけど。


 対抗しているレガンがいるせいで頭に血が上っているのかもしれない。彼の傍にいるトレックも止めようとしていないところを見ると、今は何を言っても無駄だと思っているのだろうか。レガンには奴隷がいないが、代わりの取り巻き連中が皆似たような直情型ばかりだから煽るだけで止める者はいなかった。


――本当に、セルマがいてくれたら話が早かったんだけどなー。


 困った事に、現在ここには彼らが無条件で言う事を聞くような立場の人間がいない。後は婆様に説得してもらうくらいしかないのだが……アルスは下を向いて額を押さえ、顔を顰める。

 そこへ、マーナが横からきて耳打ちしてきた。


「敵が来た途端、村の戦士以外の者は皆、婆様の洞の前へ行けって言われたのよ。レガン達が自分も戦うって言ったら、婆様のところで裏を回ってくる来る連中から皆を守れって言われたの」


 裏を回ってくる連中……というのはレガン達を行かせるための口実で、あくまで重要なのは『皆を守れ』という部分な事をアルスは分かっている。そしてここまで皆を誘導したのなら、そのまま逃げろという事に決まっている、のだが。


「逃げたい奴はさっさと逃げればいい、戦士の誇りがある奴だけが村に戻る! それでいいだろ! アルス、お前に戦えなんて言わないから、お前が誘導して皆を逃がせばいい」

「確かに、アルスは逃げる連中と一緒にいけばいいな」


 正直、温厚なアルスでもかなりムカついたが、ここでキレたら終わりだと自分に言い聞かせる。拳を強く握って、軽く息を吐いて、顔を上げた時には怯えた表情を作っていた。


「だ、だけどレガン、ジェア、逃げても追手が来る可能性がある。盗賊や獣たちだっている、俺じゃ皆を守れない、それは分かってるだろ?」


 言われた二人は眉を寄せた。


「それに良く考えてくれ。もし父上達が苦戦しているなら、父上達より弱いお前達が行っても死にに行くだけで戦況は変わらないんじゃないか? 逆に父上達が優勢ならそもそも加勢に行く必要なんかない、違うか?」


 村の英雄達より弱い、という自覚はあるからその言葉は響いてくれる筈。けれど彼等を落とすだけでは従ってくれないのもアルスは分かっている。


「けど、ここの皆が逃げる時ににお前達がついてきてくれるなら、戦えない皆はとても心強いと思うんだ。それに、皆を守れという命令を忠実に守りきればきっと父上達からも褒めてもらえるし、戦士としても認められると思うな」


 レガンとジェア、それと二人に賛同していた者達は周囲を見渡す。そうしてここに集まった女子供、老人達の縋るような目を見て、その表情から力が抜けていく。


 そこで、後ろに控えていたシオールが膝をついた。


「レガン様、ジェア様、俺とドゥトス殿、洞の守りの方だけではこの人数を守る事は不可能です。どうか、あなた方のお力で皆を守って頂けないでしょうか?」


 アルスは内心少し驚いた。……実は、シオールがやらなければ、最後の一押しとしてアルスが膝をついて頼むつもりだったからだ。


「私からも、お願いします」


 傍にいたドゥトスもシオールの隣で膝をついた。


「お願いよ、皆あんた達を頼りにしてるの」


 その上マーナまでもがそう訴えて、戦いに行く気満々だった連中の表情が迷いから困惑へと変わり、それから少し冷静さを取り戻したのか考え込む。


「そ、そうか。確かに、皆を守るのが俺達に命じられた仕事、か……だが……」


 レガンが呟けば、そこでミーナが他の女性陣を引き連れてやってくる。それを見てアルスもちょっとほっとした。なぜならその女性達は、戦士達以外でレガンやジェアを止められる存在だったからだ。


このシーンは次回まで。

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