26・二度目2
「母上は、ここへ来た後の指示を出していたか?」
「いえ。……アルスロッツ様が来たら以後はその指示に従うようにと。もし、来なかった場合は司祭様達の指示に従えと」
今度はそれを聞いてアルスが顔を顰める。
そこへ、見知った声と共にこちらへ走ってくる者がいた。
「アルスっ、良かった無事だったのね」
槍を持ったマーナがやってくる。その後ろには少し遅れて彼女の姉であるミーナの姿もあった。ミーナの腕には小さな下の妹もいた。
アルスは、マーナが近くまで来るとまず聞いた。
「マーナ、セルマはどこにいる? 一緒じゃないのか?」
「セルマは、ここへくるまでは一緒だったんだけど……」
「まさか、村に戻ったのか?」
「うん」
「なんでっ……」
言いかけてアルスは口を閉ざした。おそらく、何故止めなかった、と言いたかったのだろうとシオールは思った。ここで彼女を責めても仕方ないと思ったから口を閉ざしたのだ。
大きく息を吐き出して、アルスは再び口を開いた。
「分かった、とりあえずは皆、急いで逃げよう」
「え? でもまさか父様達が負ける筈ないわよ」
「あぁ、俺も大丈夫だとは思う。けど戦士以外をここに集めたって事は、まさかの可能性もあるって父上達が判断したからだろ。ならこちらも念のため逃げた方がいいと思う。ある程度まで逃げてから村の様子を見に行って、大丈夫だったら戻ればいい」
そこでマーナは一度、後ろにいる姉をちらと見た。
「でも……こっちには老人とか女子供ばかりよ」
「だからだよ。本当に逃げなきゃならない状況になってからじゃ手遅れになる。その前に一旦逃げておいた方が、戦ってる皆も安心できるだろ」
そこでシオールもアルスに続いて発言した。
「ここにいる人間は、戦士方からすれば足手まといになる者ばかりです。我々が一旦逃げていれば、戦士方は我々を守る必要なく戦えます」
そこで不安そうな顔をするマーナの肩に、彼女の姉が手を置いた。
「マーナ、アルス達の言う通りよ。逃げなきゃいけない事態になってからじゃ逃げきれないわ。それにここにいても、私たちに出来る事はないの、そうでしょ?」
いつも強気なマーナが不安そうに振り向いて姉の顔を見る。
「そう……ね」
俯いて、自分に言い聞かせるようにそういった彼女の手をアルスが掴む。それで顔を上げた彼女に視線を合わせて、アルスは言う。
「マーナ、ミーナさんも、お願いがあるんだ。俺は今から婆様達に会って話してくるから、皆に急いで逃げる準備をするよう伝えておいてくれないか」
「それは、いいけど。セルマは……待たないの?」
不安そうに聞いたマーナに返したアルスの声は冷たかった。
「村に戻ったのなら待っても仕方ない。父上達と行動してるだろうしね」
「そう……ね。サリド様達が一緒ですものね」
マーナはそれで表情を明るくしたが、アルスの顔に笑みはない。見たところミーナも表情を曇らせていたから、こちらの彼女は状況が分かっているのだろう。彼女の腕の中の子供は深刻そうな姉達の空気を察したのか、きょろきょろと不安そうに両方の姉の顔をみている。
アルスはそれで、じゃぁ、と告げて彼女達との話を切り上げると、すぐに老司祭のいる洞窟へと向かった。当然シオールもついていったが、その時に主へ聞いてみた。
「セルマ様がいるか真っ先に聞いたのは、皆を説得するためですか?」
「あぁ、セルマなら、皆とりあえず言う事を聞くからね」
セルマは族長の息子であるから、地位的に彼が言った言葉なら皆従う。アルスはそれに続く六英雄の息子であるが、同列の者は他にもいる。しかもアルスは戦士としては役立たずの烙印を押されているから、弱い者に従いたがらないそいつらが反発するのが目に見えているのだろう。
「ですが、村に戻ったのなら……」
「あぁ、きっと待っていても帰って来ない」
敵がナグラックの土の民――ゼラであるなら、サリド達の状況はかなり厳しい筈。アルスもそう思っているから村に戻ったセルマを切る決断をしたのだろう。甘そうなのにこういう時に割り切るのが彼の優れているところである、けれど。
「だから、真面目で優しい奴は嫌いなんだ」
前を行くアルスのそんな呟きを、確かにシオールは聞いた。
次回は村の中の話。




