21・血濡れの……
いつも通りセルマ達が迎えに来て、いつも通り婆様のところへ向かう。いつも通り、アルス一人はついてすぐ婆様の洞窟に入って、他三人は外で訓練を始める。暫くすれば、基礎訓練が終わったセルマがやってきて婆様達との話の輪に加わる、それもいつも通りだ。
そう、やっている事はいつも通り、だけどいつもと違う。
明らかに様子のおかしいセルマに、彼が婆様の部屋にやってきてすぐ、アルスは今さっきまでしていた話の延長上のように聞いてみた。
「ところでセルマ、ナグラック族って知ってる?」
明らかにセルマの顔色が変わって、アルスは予想が当たった事を知った。
「あ、それは……どこまで……」
正直者だなぁ――と思いつつ、さすがに笑っていられる状況ではないから、溜息しか出ない。
「いや、俺は何も聞いてないよ」
そこでしまったという顔をしたセルマを見て、アルスは少し困った顔をしてみせた。
「大丈夫、今のは聞いてない事にする。それに多分、夜にでも父上が帰ってきたら教えてもらえるだろうしね」
そこまで言って、アルスはわざとセルマを見ずに最年長のエリグアを見た。
「婆様が知ってるナグラック族の話をしてもらえますか?」
アルスはおそらく、婆様が知ってる範囲のナグラック族の話は全て聞いている。だからアルスのその言葉が、セルマに聞かせるためであると婆様達もすぐに気づく。
婆様達は最初にアルスが聞いた時と同じところから話し始めた。
「奴等は別名炎の部族と言ってねぇ――」
他の部族を襲う事で生きている、炎の部族ナグラック。彼等の族長を決める六年に一度の『炎の宴』が近い事。だからこそ彼等の活動が活発になっているのだが……最近やたらとその名を聞くのはそれだけの理由ではなかった。
「どうやら奴等の中でも土の民と言われる連中のトコが、えらく若いのが頭になったらしくてねぇ、あちこちで暴れ回っているらしいのさ」
セルマはごくりと喉を鳴らす。族長の息子である彼の立場的に、父達の話を聞いた事もあるだろう。だとすれば絶対にナグラック族、そして土の民の話は聞いている筈だ。アルスは彼に聞いてみる。
「セルマは、『血濡れの死神』って聞いた事ない?」
「『血濡れの死神ゼラ』……だね」
苦し気な呟きを返した彼に、アルスは肩を竦めてみせた。土の民の新しい頭領、血濡れの死神ゼラ、最近その名が辺りの部族では恐れを持って噂されている。
「今のところ負けなし、とんでもない勢いで他部族を潰して吸収してる」
「吸収?」
セルマが驚いたから、そこまでは知らなかったらしい。
「うん、今までのナグラック族の戦い方とは少し違うらしいんだ。奴等といえば戦いで火矢を使って相手の家屋をかたっぱしから燃やしまくるのがお約束だったそうなんだけど、ゼラはまず相手を戦いで制圧してから、投降した者や金めの物を確保した後に死体や逆らった者、使えない、いらない物をまとめて燃やすそうなんだ」
「つまり、むやみやたらに暴れているだけの連中じゃないって事だね」
「そう、多分、ゼラは強いだけじゃなくて頭もいい、そして若いのにカリスマっていうのかな、ただ暴れたいだけの連中をちゃんと抑えて従わせられるだけの能力があるんじゃないかな。もとはナグラックの一集団にしか過ぎなかった土の民だけど、そうやって戦う度に効率よく相手の財と人間を手に入れて勢力を伸ばしてるみたいだ」
アルスの予想では、ゼラは『好き勝手に暴れてこい』だけで成り立っていたナグラック族を統率の取れた戦闘集団にした――実際の土の民の戦いを見た事はないがそんな気がする。
「だから、この村も安泰ではないと父上達は警戒している」
セルマの顔色がますます悪くなる。彼は族長の息子だ、兄達は既に戦士として働いている。自分より詳しく、かなりのところまで知っていておかしくない。
じっと思いつめたような表情で黙っていた彼だが、そこで小さく呟いた。
「キシェナが、彼等に襲われて落ちた……らしい」
それはアルスにも想定外の事だった。
キシェナは中立地帯としてどこの部族も襲わない――それはこの辺りの者達にとって暗黙の了解となっていた。市場となっているあの村が平和である事はどの部族にもメリットがある、だからそれが成り立っていたのだ。
「つまり、この辺り一帯の部族を敵に回しても構わないだけの自信があるって事かな」
アルスが出した結論はそうだ。土の民、ゼラのやり方は『他の部族を襲って奪う』という活動自体は今まで通り、だがそれが自分達の強さを誇示する事重視になっていたのを、本来の奪う事重視にした。だからこそイキナリ村を焼いたりせず、奪えるものは全部手に入れようという方針なのだろう。
あとこれはあくまで予想だが、ここまで急激に力を付けて来たところから見て、潰した部族の人間をある程度いい条件で迎え入れている可能性も高い。戦士奴隷とするにしても、その人数が増えすぎれば反乱の恐れが増大して破綻する。ならある程度の人間は『仲間』として好条件で受け入れていると考えた方が納得する。そうでないと最近の勢力拡大の急激さは説明出来ない。
――それだけゼラにカリスマ性があるか、もしくは頭がよくて潰した部族の人間さえ惹かれるような将来展望を持っているか……。
多分、どっちも正解じゃないかとアルスは思う。とにかく、そう予想しているからこそ他部族を『吸収している』とアルスは言ったのだ。
ただアルスとしては、ゼラという人間とは一度会って話をしてみたいという思いが強かった。彼が何を目指しているのか、それを聞いてみたかった。出来れば彼等がこちらを襲ってくるより前に、話し合って折り合いを付けられないかと思うが……それは不可能だろう。
「キシェナは今……どうなっているんだろう」
ふと沸いた疑問を口に出せば、セルマは首を振って言う。
「そこまでは分からないみたいだよ。ただ……今日、様子を見に行くみたいな事を言っていた」
つまり、父達はキシェナの偵察に行った訳だ。もしかしたら周辺の部族で緊急の会議があるのかもしれない。遅くなるかもという理由はそれかとアルスは思う。なら、母もある程度は事情が分かっていると思っていい。
母があんな恰好をしていた理由もまさか――と思ったが、さすがにそれは考えすぎかとアルスは思った。いや、そう思いたかった。
次回はそのキシェナの話。




