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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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20・時間が欲しい

 その日、森から帰ってすぐ、アルスは父サリドのもとへ報告にいった。だが、いつもならこれくらいの時間は部屋にいる筈の父はいなかった。


「アルス、帰ってきたのかい」

「あ、母上、父上がどこにいるか知りませんか?」


 声に反応して振り返ったアルスは、母の姿を見て文字通りぎょっとした。


「何か……あったんですか?」

「特に何もないけどね、古い荷物を整理してたら出て来たんで、ちゃんとまだ使えるかどうか試してみただけさ」


 にかっと笑っていう母は戦士の装備を身に着けていた。いつもの服装でも圧があるのにこの恰好では更に圧倒される。戦士としては引退したとはいっても今でも十分戦えそうだ。なにせアルスより腕も足も筋肉で太い。いや本当に、何故この母とあの父から自分が生まれたんだと改めて思う。その姿に思わず引いていれば、母が思い出したかのように口を開いた。


「あぁ、サリド様は族長の家だよ、ちょっと呼ばれてね。終わったらそのまま出かけるかもしれないと言ってたから……まぁ、もしかしたら遅くなるかもしれないね」


――何かあったかな。


 父から族長、他の戦士達へも、最近森に他部族の人間がやってきている事は伝わっている。そのため、森とは違う方面にも見回りを増やしている筈だった。







 シオールはアルス付きの奴隷ではあるが、アルスの命令以外の仕事をしない訳ではない。アルスの親であるサリドやタナ、その奴隷であるドゥトス達からも、何か言われれば基本的には従う。理不尽な指示や、アルスの意図に合わない事、先にアルスからの用事がある場合は別だがそういう事はまずない。なにせアルス以外からの仕事は予めこちらの予定を聞いてから頼まれるか、アルスを通して頼まれるからだ。


「さて、だいたいこんなところか。シオール、もういいぞ」


 ドゥトスがそう言って斧を下す。言われてシオールも斧を地面に刺した。昼食後、アルスが母の手伝いをしている最中、二人は薪割りをしていた。


「あとは向こうに積めば終わりだ」


 ドゥトスは切った薪を抱えて薪棚に向かう。シオールも薪を抱えたが、体格的に彼女より持てる量が少なくなるのは仕方ない。向こうは女性とはいえ大人の戦士で、背も体の厚みも手足の長さも上だからだ。

 とはいえ、悔しくない訳ではない。

 こちらがむっとしていたのが分かったのか、ドゥトスは薪を薪棚に置いてこちらを振り向くと微かに笑った。


「お前はまだ体が出来てない。持てる量に差が出るのは仕方ない」


 どうやら心情を読まれたようで、シオールは溜息をついた。


「分かっています。まだ俺はいろいろ足りないですから」


 それには彼女は何も言わず、すれ違いざまにこちらの肩を軽く叩いて次の薪を取りに行く。

 おそらくは、焦るな、という事だろう。シオールとしても焦っているつもりはないのだが、折角主であるアルスが自分の能力を発揮できるようにと考えてくれているからそれに応えたいという思いがある。それに最近、村の周囲がどうにもきな臭い。だからこそ早く強くなっておかないとという気持ちがあった。


「その歳としてはお前は十分すぎるくらい強い。だが一番お前が優れているところは、自分の弱さを自覚している事だ。若くて腕がある奴は大抵それが出来ていないから早死にする」


 その時の彼女の表情には笑みは欠片もなかった。戦士奴隷である彼女は実際、そうして死んでいった仲間を見て来たのだろう。それはシオールも同じだ。だからこそ、自分の強さに己惚れるなんてあり得なかった。


 ドゥトスもシオールも必要がなければ話さないタイプのため会話はそこまでで、あとはどちらも黙って薪を運ぶ。だが運び終わる少し前に、こちらに近づいてきた人影を見つけてシオールは眉を寄せた。


「シオールー、アルスはどうしたのー?」


 やってきたのはマーナとセルマだ。アルスが老司祭達のもとへ行くのはいつも午後の雑事が終わってからなのだが、先に行くのも気まずいらしく、彼等はこうしてアルスを迎えにくるようになった。


「まだ中でやる事があるようです」


 仕事が終われば外に出てくる筈なので、シオールは別に主を呼びに行く事はしない。マーナは毎回それを聞いて不満そうな顔をするが、それでも文句を言わずに待っている。


「仕方ないわね」


 言ってマーナはすぐに諦めて木陰の切り株に座る。そんな彼女をセルマは苦笑して見ているのがいつもの事だが、今日の彼は少し違った。彼の視線はマーナではなくアルスの家をじっと見ていて表情が硬い。


――何か、アルス様に聞きたい事か、話したい事がある、というところか。


 先ほどアルスからサリドが族長に呼び出されたという話を聞いたばかりであるから、最近の状況を考えれば嫌な予感しかしない。


 出来れば、もう少し強くなるための時間が欲しかったが――まだ戦士としては頼りない自分の手を見つめて、シオールは拳を握りしめた。


何か起こってる感。


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