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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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19・朝の仕事

 朝の森は静かで、聞こえるのは鳥の鳴き声と自分達が歩く音だけだった。

 太陽が出たばかりの早朝の空気はひんやりと湿り気があって、緑の匂いが強い。アルスは思い切り息を吸い込んでその空気を味わった。


「んー、慣れれば早起きも気持ちいいかな」


 それには言葉が返ってこなかったが、呆れた視線が向けられているのは分かっている。当然、その視線の主はシオールだ。


「……いや、言いたい事は分かってる。最初はなかなか起きられなかったからさ」

「分かっているならいいです」

「呆れながらも毎回起こしてくれた事には感謝してるよ」

「自分から言い出したのですから、早起きは得意なのかと思いました」

「いや苦手。っていうか、今までは早起きしようと思った事がなかったからね」


 シオールがアルスの護衛となってからそろそろ半年が過ぎようとしていた。

 現在、こうして早朝の森にくるのが日課になったアルスだったが、やはり最初は早起きに苦労した。


「たとえご自身ではまったく戦う気がなくても、何かあった時には寝ていてもすぐ起きて動けるようにしておいた方が長生き出来ますよ」

「だよねぇ」


 シオールはアルスに対して、言葉遣いは丁寧なものの割と辛辣な事をさらっと言ってくる。それは自分が主として、忠告する価値がある人間だと認識されているのだとアルスは考えているが、なめられているだけという可能性もないとは言えない。ただまぁとにかく、不満を溜めずに口に出すのならある日突然寝首をかかれる事はないだろう。


「お、あったあった。婆様達にもってこう」


 足元の白い花を摘んで持っている麻袋に入れる。言わなくてもシオールも周囲にある白い花を摘んで袋に入れていた。これはクレヤバナ草という花で、早朝に花を咲かせて昼前にはしぼんでしまう。薬草として喉の痛みに効くらしい。朝の森歩きでこうして婆様達へのお土産が取れるのは意外な収穫だったが、勿論そのためにこうして毎朝早起きをしている訳ではない。


「うん、やっぱり今日も来てるみたいだ」


 アルスは花ではなく、少し先にある上から踏みつけられた草のあとを見て呟く。そこへシオールもやってくる。


「そうですね。向こう方面から、でしょうか」

「かな。少し追ってみようか」


 早朝の森へ行くようになった最初の頃の目的は、シオールが一人で集中して鍛錬出来る時間を作るためだった。だが今はそれ以上に重要な仕事が出来てしまった。

 どうやら最近、他の部族の偵察が頻繁に村を見に来ている。

 森でその痕跡を見つけてからは、朝の森へ行く目的はシオールの鍛錬兼、森の見回りとなっていた。偵察連中は夜の間にきている事が多く、だから朝のうちの方が痕跡が見つけやすい。今では父公認のアルス達の仕事だ。

 ただし当然ながら、見てまわるのは基本的に森の入口付近だけである。それ以上奥を調べるのなら、きちんと村の戦士達で偵察隊を出すと言われている。


 とはいえ実は、何度か結構森の奥まで行った事はあったりした。

 敵の痕跡を見つけるより前の事ではあるが、ちょっとした目印をつけつつ奥へ進んである程度森の中を把握しようとしていたのだ。途中で森の中に道も見つけたが、婆様のところにある地図には乗ってなかったから割合最近作られたものかもしれない。流石に何度か道を使った者がいたか確認しただけで道の終着点までは行っていないが、道が森を抜ける近くから始まっているのは確認した。というか、わざわ森の外から見えないところから道が始まっている時点でその道が隠されているのだと判断したから、その道がどこまで続いているか確認する事をやめたのだ。


 とにかく、それらはその内森を抜けて遠出してみるための準備としてやっていた事である。さすがに敵の痕跡を見つけてからは止めているが、森の先をある程度知っているおかげで足跡から敵がどこから来たのか予想出来る。


「このまま小川沿いに進んで行ったようですね」


 どうやら昨日やってきた輩は、跨いで渡れる程の小さな流れの上流からきたらしい。この先にも行った事はあるが、山の方へ続いているから歩いていくのも困難だし森を抜ける事も出来ない。


「火を起こした後はないし何か捨てたあともない。となれば近場の連中か、それとも森の奥に待機場所でもあるのか……」

「これだけ頻繁に来ているのなら後者の可能性が高そうです」


 それでこちらを見てくるその目は、このままもう少し追ってみるのかと聞いているのだろう。


「これ以上はいかないよ。父上に報告するだけさ」

「そうですか」


 シオールもそこであっさり引く。つまり彼も、ここで追うべきではないと思っているという事だ。


「今日はこれで帰ろう。ただ、これで5日連続だ、本気で警戒した方がいいだろうね」

「そうですね」


 だがそこで歩き出そうとしたアルスは、すぐ足を止めた。


「あー……思ったんだけどまだ時間が早いからちょっとここでお茶をしていこうか」


 言えば、予想通りだが冷たい視線を感じる。だがそれでも、彼は頭ごなしに拒否してきたりはしてこない。ただ、溜息は吐かれる。


「早く帰りたくない理由でもあるんですか?」

「まぁね」

「そうですか」


 とはいえ話はここまでで彼がその理由自体を聞いてくる事はめったにない。

 アルスはその場でしゃがむと、荷物から火起こし用の石を取り出した。


「じゃぁ俺は火を起こしているからシオは水を汲んできてくれるかな?」

「……承知しました」


 いうと同時にシオールは自分の荷物から小さいが深さのある鍋を取り出す。ただ水場は目の前だったから、彼は鍋を持って行ったと思ったらすぐ戻って来た。アルスは水の入った鍋を受け取って横に置く。実はまだ火が起こせていない。


「俺がやりましょうか?」

「いや、いいよ。シオは準備が出来るまで少し鍛錬してたらいいんじゃないか? まだ足りないんだろ?」


 森へ来たら入口付近を確認してから入口広場でシオールの鍛錬、少しだけ奥を見てから帰る――というのがいつものコースなのだが、見回りが主になってからはシオールの鍛錬時間が減ってしまって彼が物足りなそうにしているのをアルスは知っていた。


「俺が火を起こしている間アルス様がぼうっとみているより、アルス様が火を起こしている間に俺が鍛錬する方が時間が有効に使える、という事でしょうか?」

「その通り」


 にかっと笑って言えば、シオールは呆れた顔をしながらも僅かに口元に笑みを乗せて立ち上がる。まだ半年の付き合いとはいえ、さすがに四六時中一緒にいるからこちらの考え方は読まれているらしい。最初の頃は雑用を主にさせるなんてと言っていた彼も、今では言っても無駄だとすぐ諦める。少なくとも二人だけの時は。


「なら遠慮なく、俺は少し体を動かして来ます」

「うん、頑張ってくれ」


 やっと火がついて鍋をかけ、沸くまでアルスはシオールを眺める。半年前、最初にここで彼の動きを見せてもらった時より、確実に彼の腕は上がっている。速度も、持久力も、安定ぶりも前以上だ。


――シオの鍛錬を見てるだけで、俺の目の鍛錬にもなるしな。


 あれから彼が六英雄や他の戦士達と本気の試合をする事はなかったが、今ならマトモにやってもクォーラ相手に何本かに一本は取れるんじゃないかと思う。なにせ見た目からして、前のやたら細かったのが大分改善されている。年齢的に衰えていくだけの父達を考えれば、あと5年以内には村最強になれるんじゃないかと思う。というか、なってもらう予定なので、そうでなければ困る。

 今はまだ、父達六英雄の名のせいで村は守られているが、彼等が衰えたあとに代わりになる者達が出てこなくてはならない。シオールの名で村を守れるようにする、というのが今のところのアルスの目標だった。


ここから暫くはアルス達の村の話。

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