1・偉大な父を持つ少年
ここから本編です。
偉大過ぎる父を持つ息子というのはとにかく面倒くさい。
偉大な父の血を引いているのだから優秀でなければならないという期待という名のプレッシャーを生まれた時から掛けられる上、何をやっても父が基準になるから並大抵の事じゃ評価されない。あきらかに父親以上だと誰もが認めるくらいの偉業でも成し得ない限りは何をやっても『父より劣る』という目で見られて、ちょっと優秀程度では当たり前程度にしか思われないのだ。
だから、父であり、村の六英雄の一人である『魔獣殺しのサリド』と同じ方面で努力するのは無駄だと思って、アルスは幼い頃に強くなる事を諦めた。勿論向いてない、というのもある。
とはいえ、男は戦士である事が義務付けられるこんな世の中じゃ、それで簡単に許されるものではない、困った事に。
「おい、ひょろ」
声だけで誰か分かって思わずため息をつきたくなる。それでも、ここで無視をした方が面倒な事になるので嫌々アルスは振り向いた。ただ、返事はしない。いくら自他共に自分が戦士として役立たずだと認めていても、『ひょろ』などという不名誉な呼び名は認められないからだ。
腕を組んで偉そうに見下ろしてくる、こちらより体の厚みが倍近くありそうなこの人物はレガン。自分と同じくこの村の六英雄と呼ばれる戦士の息子でしかも同い年だ。彼の父は『守護者ドトル』で、濃い茶の髪に濃い灰色の目という特徴をそっくりレガンは受け継いでいる。ついでにドトルの落ち着きを十分の一でも受け継いでいればいいのだが、こればかりは歳のせいもあって仕方ない。
アルスが振り向いて睨みつけると、いつも通り取り巻きを連れで偉そうな彼は、鈍感力を最大限発揮させて偉そうに言ってきた。
「これから皆で訓練だ、お前も来い」
「断る」
即答だったせいか、レガンは一瞬、間抜け面を晒して止まる。だから彼が正気に戻る前にアルスはその場から逃げた。勿論、早足で。
「いやおいまてっ」
向こうが気づいて手を伸ばした時には、服を掴むには無理な距離が出来ていた。自分でいうのも何だが逃げ足には自信がある。強くなるのを諦めた時点で、体を鍛える方面は逃げ足に全振りしたと言ってもいい。しかもレガンは馬鹿ではないが賢い方でもない。真っすぐ逃げずにすぐ建物の裏へ曲がって相手の視界から消えてしまえば、あとはちょっと物陰に隠れるだけで逃げられる。
「……ッチ、また逃げられたか」
案の定、曲がってから積み上げてあった薪の束の裏に隠れただけでレガンはあっさり諦めた。彼の取り巻き達はそこまで熱心な訳でもないから、がんばって探そうとはしていない。気合が入っているのはレガン本人くらいだ。
そのレガンだが、別に悪い奴という訳ではない。実は困った事に、彼はこれを親切のつもりでやっているらしいのだ。彼は自分とは違って英雄の息子らしく、尊敬する父を目指して日々鍛錬に励んでいる。そんな彼は、同じく偉大な英雄の一人であるサリドがいつも嘆いている腰抜け息子をどうにかしてやろう……と勝手に思っている、という訳だ。
――よく言えば面倒見がいいんだけど、思い込みが激しくてなぁ。
更にいえばもう一つ、彼が熱心に自分で絡んでくる理由としては、彼的にアルスを自分のグループの人間と認識しているからというのがある。この村における戦士未満の男連中は鍛錬場所の関係で二つのグループに別れていて、互いに対抗意識を持っている。そういう意味でレガンとしては自分のグループに落ちこぼれがいるのが悔しいからどうにかしたい、と思っているのだろう。
「いい加減完全に諦めて欲しいんだけどなぁ」
レガンもだが、父も、周りの連中も。
そんな事を考えながら立ち上がって薪の影から出れば、今度はその目の前に銀色の槍刃が突き出される。勿論刃は丸めてある訓練用で、危害を与える気もないのは分かっているが心臓に悪い。
「アルス、あんたはまたサボリなの?」
槍を構えた発言者は、長い薄茶色の髪を後ろで一本でまとめた少女――といっても彼女も自分と同い年なのだが、マーナという。彼女もまた六英雄の一人、神速のエッシの子供で、アルスにとってはやはり苦手な人物であった。
「サボリじゃないよ」
即答で返せば、彼女は顔を顰める。割合美人と言っていい方だが目つきがキツイので睨まれるとちょっと怖い。
「訓練サボってるんでしょ。何が違うのよ。皆向こうでがんばってるのよ」
「そうそう、いこうよ。一応鍛えておいて損はないだろ?」
その言葉と同時に彼女の横に出てきた人物はセルマだ。彼はこの村の族長ギナンの一番下の息子で、それもあってまだ戦士として認められていないひよっこ連中のまとめ役みたいな事をしている。村人に一番多い茶の髪に灰青の瞳だが、彼の場合灰色の濁りが少ない分水色に近い。その瞳の色のように性格は穏やかで、権力者の末っ子という割には人間が出来ている。というかいっそ出来過ぎてるくらいで……アルスも嫌いではない、が、あまりお近づきになりたくない人物でもあった。
アルスは胸を張ってそこで宣言する。
「サボりというのは、参加する事になっているのを出なかった場合の言葉だ。俺は最初から参加する予定がまっったくなかったからそれには当てはまらないな!」
「……ただの屁理屈じゃない」
苦笑するだけのセルマに対して、マーナはそう言ってこちらを睨んでくる。彼女の瞳は灰色に、村では珍しく緑掛かっている。彼女に睨まれるのなんて慣れているアルスはわざとらしく肩を上げて溜息をついてみせた。
「なら、そもそも男なら戦士となるため訓練すべき、というのは偏見じゃないのか? 女が家の事をやって子供を育てるのが当然というのと同じく、ね」
そういうと彼女はこちらを更に強く睨んでくる。だが反論はしてこない。なぜなら彼女はその『偏見』に反抗して女でも強くなるべきと日々男たちに混じって訓練をしているからだ。一応、村に全く女戦士がいない訳ではないのだが、現在戦士として認められている女性は六英雄の『神弓のドナ』の娘であるアニだけだ。あとは戦士奴隷に何人か。前はもっといたのだが、村が安定してきてからは女性が戦いに出る事はなくなっていったそうだ。
「まったく、ほんっとーにあんたは理屈ばかりこねるわね」
嫌味たっぷりの言葉に、アルスはあえて笑顔で返す。
「それは誉め言葉と思っておくよ」
それにはさすがに彼女もこれ以上無駄だと諦めたらしく、頭を振ってこちらに背を向けた。ただしアルスも別に彼女を言いくるめたかった訳でもないから、もう一言いっておく。
「俺は武器を持って戦うのは向いてないから、向いてる方面で村の役に立とうと思ってる。戦うのは鍛えてる皆に任せるよ」
彼女は軽く振り向いて不審そうな目を向けてくる。アルスはこの歳の男子なら持っている筈の武器代わりに脇に抱えていたペイル板を、見せつけるようにひらひらと振ってみせた。それを見て彼女は溜息を吐くと前を向いた。だが、何か思いついたのかもう一度こちらを振り向いてきた。
「一応、ただサボってるだけじゃないとは思っておいてあげる。だからその内何か成果を見せなさいよね」
はいはい、と答えてペイル板をふりながらも、アルスとしては苦笑いしか出来ない。彼女はそれですぐにこちらの地区の戦士未満連中の訓練場へ向かって歩き出した。……が、それを追う前にセルマがこちらを振り向き、アルスと目が合う。実のところ、彼はよくアルスをこういう、何か言いたそうな顔で見てくる事がある。だがいつも、結局何も言ってこない。
――察してなんてやらないからな。
本当は彼がこちらから何か言ってくるのを待っているのは分かっていた。だが、アルスは彼みたいな人間とはあまり深くかかわりたくないから気づかないふりをする。
だからいつも通り、にっこり笑って彼に言った。
「じゃ、がんばって」
「あぁ、じゃ」
手を振れば、セルマは急いでマーナを追っていく。
彼がマーナと一緒にいるのは、彼女が訓練に出る時はいつも彼が迎えに行くからだ。女なのに訓練に出る事をマーナの親は良く思っていないから、彼が迎えにいかないとすんなり行かせてもらえない。それが分かっているから彼は頼まれなくてもマーナを迎えに行っている。戦士未満連中のまとめ役として二か所の訓練に交互に参加している彼だが、そのためにマーナが来る日はレガン達のグループに行くようわざわざ調整している。
――本当に、お優しいことで。
まったく族長の息子らしくない、としみじみ思うと同時に、やっぱり彼とは距離をおいておきたいとアルスは思った。
まずは主人公周りの状況説明ですね。
ペイル板については次回に説明が入ります。要は紙代わりですね。




