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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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プロローグ

 北には険しい山脈が連なり、それが無限と思えるほどに続いてそれ以上北へ人が行くのを拒むこの地では、人が住みやすいような豊かな地は少ない。

 荒野が大半を占めるここでは、人々は大きな国を作ることもなく少数部族が点在し、ある者はよりよい地を探しながら遊牧民として生き、ある者は他の部族から奪う事で生きていた。勿論中には良い地を見つけて村を作る者達もいたが、ある程度村が大きくなれば他の部族に襲われて消える、それが繰り返されてきた。


――あぁ、今日で俺の村は終わるんだ。


 谷の中の小さな土地、今まで谷の狭い入口で敵を撃退してきたが、今回の敵はそれを突破してきた。少年は村にまで敵が来た場合の守備兵ではあったが、自分が仕事をする時は村が終わる時だと分かっていた。

 だから、少年が戦う理由は降伏する相手を選ぶため。下っ端の馬鹿戦士に降伏なんかしても、自分も、この家に住む人間も、ただ嬲り殺されて終わりだ。損得勘定の計算が出来る程度には頭のある、出来ればある程度地位のある相手が出てくれば――そう考えて、少年は槍を振るっていた。


「このガキがっ」


 強引に突っ込んできた相手は剣を派手に振り上げたせいで肩から腕が晒されていた。そこを槍刃で突けば悲鳴が上がる。男が蹲ると同時に矢の音、すぐに飛びのいて傍にある荷物の後ろに隠れる。ザク、ザク、ザク、と三回矢が刺さった音がしてから、走り込んでくる音が二人分。少し引きつけてから荷物の影から出て、体を低くして相手の足元を槍で払う。二人分の悲鳴が上がって、両方が転がればまた矢の音、すぐに荷物の後ろに隠れる。ただ矢の攻撃はすぐ止まり、敵同士が怒鳴って揉めだした。


――お前がいけ、とか言い合ってるのか。


 勝ちが決まってる戦いで怪我をしたい奴はいない。しかも相手は子供だ、地位ある戦士相手ならまだしも、子供相手で怪我をすれば仲間に馬鹿にされる。だから貧乏くじを誰に引かせるかで揉めている……そう思っていたらその言い合いがぴたりと止んだ。そうっと影から顔を出してみれば、雑魚共よりも明らかにいい装備をつけた戦士が一人、こちらに歩いてこようとしていた。


 少年がおそるおそる影から出てみると、矢は飛んでこなかった。相手はいかにも余裕のありそうな所作でゆっくりと歩いてくる。多分矢が飛んでこないのはあの相手が止めているからだ。

 こちらが槍を構えると、向こうは盾を前に出して体を僅かに低くした。兜を被っているから顔は見えない。だが、その口元が笑みを作った気がした。と、思った直後、相手がこちらへ突っ込んでくる。


 勝てない。それはすぐに分かった。


 だが少年は槍を前に伸ばす。計算では盾で叩くにはぎりぎり届かない筈で、ただ相手の足を止めるためのけん制だった。だが、突いてすぐ引く筈のそれは引く前に予想以上に伸びてきた剣で上から叩かれた。というか槍刃を文字通り叩き落とされたような感じで、下に落ちた槍の先端をそのまま踏みつけられる。そこから飛び込まれ、距離は一気に縮まる。そうなればもう槍による間合いの優位なんてない。

 だが少年はまだ諦めていなかった。

 槍が自由になってすぐ手元で柄をまわし、刃がついてない柄の反対側で相手を叩こうとする。だがそれは相手の盾で止められる。更に槍をまわすものの、次に叩く時にはもう相手の剣の間合いだ。

 ならばと両手で柄をもって、振り下ろされた剣を柄で受ける。ただ受けたまま力比べなんてしてはいけない。すぐに剣を右に逸らして左へ飛ぶ。勿論それと同時に相手を柄で叩こうとするが、そんな隙をこの相手がくれる訳がない。

 逸らした筈の剣が戻されて追ってくる。それをまた柄で受ける……が、逃げながらの体勢でそれをちゃんと受け止めるのは不可能だ。

 だから少年が選択したのは、相手の剣の力を利用して受け止めたまま体ごとふっ飛ばされる事、胴を斬られるよりはマシだろう。とはいえそれはただ終わりを少しだけ先に伸ばす事にしかならない、それも分かっていた。一度地面に倒れたら起き上がるまでに相手は確実にやってくる。こちらが体勢を立て直すより、相手の剣が振り下ろされる方が早い。


 けれど彼が上体を起こした時、剣は頭上から落ちてこなかった。相手の足は目の前にあるのに、だ。


 少年は顔を上げる。予想通り目の前には相手の剣先があった。

 だが、そこまでだった。

 剣はそこで止まっていて、それ以上動かなかった。

 少年が槍を落として手を上げれば、剣は簡単に引かれて相手の腰に収まった。


「ー----っ」


 相手が後ろで見ていた彼の仲間に向かって何かを怒鳴る。そうすれば連中がわらわらとやってきて少年を取り囲んだ。家の中にも入っていかれたが、こちらを縛ってくるその扱いが割合丁寧なものだったから、おそらく家の中の者たちもそこまで酷い扱いをうけはしないと思われた。


 自分を負かした相手が、兜を取る。その顔はまだ成人して間もないだろう程度には若かった。炎の部族と呼ばれるに相応しい赤い髪の男は、髪の色より暗い、赤というより褐色の瞳をこちらに向けて聞いてきた。


「お前、名は?」


 わざわざこちらの言葉を使ってきてまで聞いてきた相手に、少年は告げた。


「シオール」


 赤い髪に褐色の瞳の男は、僅かに笑って返してきた。


「そうか、俺の名はゼラだ、覚えておけ」



実はこの二人は主人公ではありません。

次回から主人公の話が始まります。

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