17・友達
一方その頃、アルスとセルマといえば。
「ほほ、ギナンの息子かね、そのわりには随分優しい顔をしとる」
「それは……兄達程、厳しく育てられなかったからだと思います。俺は父の跡を継ぐ可能性はないので」
「兄さんは何人いるんだい?」
「三人です、ですからまず俺にお鉢が回ってくる事はありません」
「そうさねぇ、なら安心して好きな事をおし」
「あのギナン坊が四人も息子ねぇ……あの子は確かにやんちゃで手が早かった」
「今の父は大分顔つきが柔らかくなったと聞いています。昔はやはり、そんなにすごかったのですか?」
「そりゃねぇ……」
初めて連れて来たのもあって、セルマはまず婆様達から質問攻めにあう事になった。そこから族長ギナンの昔話を聞かされて、そうなると当然この村を作った頃の話になる。村の六英雄達の話は村の人間なら皆知っているが、婆様達の視点で話されると新鮮さがある――というのは初めて聞いた時にアルスが思った事だ。
案の定、セルマにとっても面白いらしく、彼は質問しながらも熱心に話を聞いていた。
「まぁギナンはねぇ、なにせあの暴れん坊共の手綱を取らないといけなかったからねぇ。そりゃぁ顔も怖くなるってモンだよ」
婆様達にとっては村の六英雄もただの暴れん坊共扱いだ。まぁ実際このご時世で英雄、なんて呼ばれる連中は、目立った成果を上げられただけの腕自慢が殆どだ。それが六人もいたことで、他の部族を蹴散らして村を作るところまでいけた。とはいえ一度、英雄、なんて呼ばれてしまえば彼等の戦いぶりや成果は美化されて伝えられていくもので、婆様達の話がおもしろいのはその美化部分がないからでもある。
「サリドはねぇ、敵を見ると一番に突っ走る男だから、ギナンから止め役になるように言われたんだよ」
この話はアルスはもう何十回も聞いている。当然セルマは初めてだから驚いて聞いている。それが実に楽しそうで……実のところアルスは彼がそんなに楽しそうにしている顔は初めてみた。
だからちょっと思い立ち、そうっと立ち上がって地図を取りにいく事にする。よく見るものだからすぐ取れるため、セルマが気付くより早く戻って来るとアルスはそれを彼の前に広げてやった。
「え? これは地図?」
婆様達も話を中断して地図を覗き込む。
「そ、俺達の部族はもとはこの辺を移動しながら生活してたんだって。で、父上達が当時この辺にいたソット族の連中を壊滅させた後、西に行こうって話になって……」
父達の昔のやんちゃぶりを聞くのも楽しいだろうが、セルマはこういう話の方が勉強になっていいだろう。見れば、地図を見るセルマの顔は真剣で、心なしか目はキラキラと輝いていた。
「で、このルートで西に向かった訳なんだけど、ここで有名な赤い谷の戦いがあって、勝ったからこっちに回れたんだよ」
「でも、現在の村の位置がここなら……まだ結構遠いね」
「ここで川を下って一気にここまで行ってるから、それで距離が稼げてる」
「筏で?」
「そう」
「ってことは、結構大きな川だったんだ」
「そうだね。父上達は最初、川沿いにいい土地がないか探してたみたいなんだけど、雨季になるとその川は氾濫するって聞いて止めたんだってさ」
「それでここから陸路で南西に向かったんだね」
勿論、アルスが話している内容は前に婆様達からきいた事ばかりだが、思った通りセルマの食いつきはいい。やはり彼はレガン達のような能筋と違って考える事も好きな人間らしい。村の伝承、というか大人が子供に聞かせる昔話なんてのは、どこと戦いがあって誰が活躍したとかくらいが普通だが、地図を見ながら具体的な説明が入れば有用な知識になる。あまりにもセルマが真剣に聞いてくるからついアルスも説明を続けてしまい、自分が質問に答えられなかった場合は婆様達に聞いたりして、結局その日は帰る時間までずっと地図を見ながら話す事になってしまった。
太陽が森の木の上に少し掛かり出した頃、鍛錬をしていたシオールとマーナのところへ、婆様達のところにいた二人が帰ってきた。
「シオ、お疲れっ」
アルスが真っ先にそう言ってきたから、マーナはわざと嫌味っぽく聞いてみた。
「あら、私には?」
「え? そりゃー……シオに余計な仕事させちゃった訳だし……」
「余計な仕事ってなによ」
「だって余計だろ、マーナの事押し付けたんだから」
「ちょっと押し付けたって何よ!」
と、マーナがつっかかっていけば、その肩を叩く者がいる。
「マーナ、お疲れ様」
それがセルマだったのは意外でも何でもなかったが、彼がやたらと晴れやかな笑顔だったからマーナはちょっと構えた、というか引いた。
「あ、ありがとう」
呆然とそう返してから、彼女は考えた。セルマのこんな笑顔見た事があっただろうかと。顔のつくりは優しそうで実際優しい彼は、笑うといっても相手を安心させるためみたいな感じで、彼自身が心から楽しくて仕方ないというような笑いは見た覚えがない。だから思わず。
「そっち、楽しかったの?」
聞き返したら、セルマの目が大きく開かれて笑顔が更に弾ける。それこそ、ぱぁっという音が聞こえそうなくらいだ。
「うん、いろいろ教えて貰えて、すごい勉強になったよ」
なんだろう、彼の瞳の色ってこんなに明るい色だっただろうか。この村によくいる灰青というより水色に近い色だったんだなんて今更思うくらい、普段のイメージと印象が違う。
「そ……そう、良かったわね」
「あぁ、マーナもたまには婆様に話を聞いてみるといいよ。知ってる英雄譚の裏話とかも聞けるから!」
「へぇ……」
「あと、この村にくるまでに通って来た道とか、どういう地形があって、どこでどういうものを食べて過ごしたとか、村の中にいながら村の外の事を知る事が出来るんだ」
しかも楽しそうなだけじゃない、彼にしては饒舌すぎる。
なんというか、いつもの真面目で面倒見がいいけど、自分の意見をあまり言わない彼のイメージと大きく違ってマーナは正直引いていた。
そこでアルスがシオールと帰り支度を始めたから、焦ってセルマが声をかけにいく。
「アルス、明日もこっちに来ていいかな?」
「あ、あぁ、勿論。悪い訳ないじゃないか」
「それで、良ければさっき言ってたもっと詳しい地図っていうのを見たいんだけど……」
「じゃ明日はきたらまず物置に行こう。あれ出すのがちょっと面倒だからさ」
「西の海岸線まで描いてあるんだよね」
「そうそう、近くの島まで描いてあるよ」
「島、じゃぁもしかして別の大陸とかも?」
「一部ね。残念ながらあまり詳しくはないけど」
今日一日でアルスともやけに仲が良くなったようで、セルマの変わりようにマーナは驚くしかない。というかアルスはいつもセルマには割とよそよそしいというか、避けている感じさえしていたからかなり意外だった。
――あの二人、実は気が合うのかも。
まぁ悪い事ではないと思うものの、微妙に仲間外れ感があるのはちょっとむかつく。ただアルスはあの性格上、歳の近い仲の良い友達というのはいなかったからそこは良かったとも思う。
そこで視界にシオールが入って、彼女はちょっと考えた。
――彼は友達、じゃないものね。
明日の話で盛り上がっているアルスとセルマをじっと見ている銀髪の少年の表情は読めなくて、マーナにはシオールがアルスをどう思っているのかは分からなかった。
結局それ以降、セルマは殆ど訓練時間はアルスの方へ行くようになって、少なくともマーナが一緒の時は彼は毎回こちらに来るようになった。一応たまにはレガン達の方へも顔を出してはいるようだが、それでも途中で抜けていると聞いた。
ここまでがアルス周りの状況と人物説明話みたいな感じです。
ここで章を分ける事も考えたのですが、最初の章はやはり旅立ちまでいかないとなーと思いまして。
次回はやっと、もう一方の主人公であるゼラの話になります。




