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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
17/20

16・自信

 奴隷、と一言で言っても、その扱いや地位、権限は主次第でかなり変わる。

 ただ頻繁に部族同士の小競り合いが起きてはその度にどこかの部族が消えるこのあたりでは、奴隷を使っていた側の人間が数日後に奴隷に落ちるなんて事も珍しくはない。更に言うと、奴隷だった者が功績を認められて戦士としての地位を手に入れたり、主を倒して立場が逆転するのもよくある話だ。

 そうであるから奴隷、特に戦士奴隷の待遇は大抵はそこまで悪くはない。なにせ主のために戦って役立ってもらわなくてはならないし、裏切られないために不満の出るような扱いをする訳にはいかないからだ。


 勿論、奴隷を人間扱いせず、使い捨ての道具として酷い扱いをする連中もいる。ただそういう連中の方がこの辺りでは少数派だ。


 幸いな事にシオールが売られたこのクリス村は、奴隷に対しては普通の扱いをするところだった。特に彼の主となった少年は、奴隷の意見や希望を聞いてくれる珍しい人物だった。

 とはいえそれがただの優しさだったならシオールは主を見下していたと思う。だが彼はそうではない。だからシオールは、アルスを主と認めたのだ。


「やっぱり、腕力、よね」


 暫く槍をひたすら振っていたマーナが、いったん座りこむと呟いた。


「訓練では少し重いものを使ったらどうでしょうか」

「そうね、それもありかな」


 シオールの主であるアルスと、セルマという人物は老司祭達の方へ行ってしまっていて、シオールとマーナは彼等を待つ間の訓練中である。

 そもそも本来なら、シオールは常に主についていなくてはならない立場だ。だが司祭の洞窟には専用の守り役がいるし、高齢の司祭達相手にアルスが危険な目にあう可能性はまずない。なにより、洞窟の中に行くなら武器を置いていかなくてはならないため、それならついている意味はないとアルスが言って、その間は呼んですぐ来れる場所にいれば自由にしていていい事になったのだ。


「とりあえず今は重りでもつけてみますか」

「えぇ、そうね。あ、でもちょっと休憩していい?」

「では俺が重りをつけておきます」


 そうして彼女から槍を受け取って先端付近に重りをつける。まぁ、重りといっても簡易的なもので石を布で包んで先端の引っ掛かる辺りに縛り付けただけだ。とはいえ槍の先が少し重くなっただけでも腕への負担はかなり変わる。


「うちにエレの木で作ったちょっとイイ感じの棒があってね、家での訓練はそれを使ってるの」


 エレの木は硬くて重いため、頑丈さが必要な用途につかわれる。何のための棒なのかは知らないが確かに訓練には丁度いい。


「いいと思います、ただいっそそちらを使う時は棒術の訓練をしてみては?」

「そうねぇ、なら後ででいいから見本をみせてよ」

「分かりました」


 そうして重りを括りつけた槍を彼女に返す。

 彼女は暫く槍の重さを確認していたが、シオールが立ち上がって鍛錬に戻ろうとすると声を掛けてきた。


「ねぇ、アルスって本当に弱いの?」


 シオールは少し考えて聞き返した。


「……それは、戦士として実際戦ったら、という事ですか?」

「うん、そう」

「弱いです」


 即答すれば、彼女は一瞬固まった後に大きく溜息をついた。


「そっかぁ。実は陰で鍛えてて結構強かったーなんて事はないのね」

「そうですね、戦士としてはまったく役に立たないでしょう」


 マーナは少し顔を引きつらせる。


「ご主人様にその言い方っていいの?」

「事実です」


 そこでも彼女は顔を引きつらせる。それから大きく息を吐いて、座っている姿勢を崩して頬杖を突いた。


「じゃあ何故、貴方はそんな頼りないご主人様に忠誠を誓ってるの?」

「アルス様は頼りなくはありません」


 我ながら少し声に怒りが混じってしまったかもしれない。


「だって……弱いのに?」

「実際、俺がこの間の勝負に勝てたのはアルス様のおかげですから。それは、あなたも認めているのでは?」

「そう……ね」


 言ってから彼女は気まずそうに視線を外す。

 このマーナという女性は明らかにあの勝負から主への態度を変えていた。まさか『実は強かった』というのを本気で期待していた訳ではないだろう。ただ、何故そんな可能性を考えたのかには少し興味が沸いた。


「何故、アルス様が実は強いのかもしれない、と思ったのです?」

「だってあいつ、いつでも自信ありそうじゃない」


 彼女は当たり前のように答える。


「私なんて、どれだけ鍛えても少しも自信なんてもてないのに……」


 あぁ成程、とシオールは思う。自信というのはその人間が積み重ねて来たものの上に成り立つ。そういう意味では彼女のいい分も分かる。


「アルス様の自信は、役立たずにはならない、という自信だと思います」


 マーナは目を大きく開いた。


「いざとなったら絶対に役に立てると、そういう自信だと思います。だから他人に何と言われても気にしないのでしょう」


 彼女は暫く黙って、どうやら考えているようだった。だからシオールは地面においてあった自分の槍を持ち上げ、構えをとって振り始める。

 アルスはシオールがその実力を発揮できる環境を整えるまでが自分の責任だと言っていた。だからシオールはそれに応えるために鍛錬をして少しでも能力を上げておく義務がある。そこからすれば自由時間など貰っても鍛える以外の選択肢はない。


「ねぇ、あなたはその自信を信じてるワケ? だから、アルスを主として認めてるの?」


 じっとこちらの動きを見ていた彼女が、途中でそう聞いてきたから動きを止めた。


「そうです」


 勿論それだけではないが、それが一番の理由ではある。なにせ彼は実際、その証明をしてみせた。勝てる筈のない相手にシオールを勝たせた。


「それにアルス様が戦えない分、俺が戦いますから。アルス様は自信を持っていていいのです」


 シオールはアルスの考えを聞いて、正しくて理に適っていると思った。だからこれからは、彼の考えが正しいことを自分が戦って証明していけばいいとそう思ったのだ。


次はアルスとセルマ側の話。

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