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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
14/16

13・試合2

「まったく、小賢しいな」


 呟いたクォーラの声は、野次を飛ばすギャラリーには聞こえないだろうが、対峙しているシオールには聞こえていた。


「貴方のところには行きたくないので」


 そう返せば、明らかに向こうの顔が忌々し気に歪む。アルスからの指示には出来るだけ相手を挑発しろというのもあった。だから見ている連中に聞こえない声で、ちょっとずつシオールは煽りの言葉も掛けていた。


「ふん、その言葉後悔させてやる」


 確かに相手は頭に血が上っているが、それでも体が覚え込んだ戦闘の感覚はそうそうに鈍る事はない。

 クォーラは自ら槍の間合いの外まで下がると、盾と剣を体につけて小さい構えを取り、その場で腰を深く落とした。そこから即、走り出す。足を狙われても盾で叩ける体勢で一気に距離を詰めようと突進してくる。


 ただ勿論、シオールには相手がそう出るのは分かっていた。


 要は、力で押し切る気だ。小手先の対応ではどうにも出来ないくらい、圧倒的な力と勢いで押し切る。槍刃の攻撃だけは盾で受け流し、あとは多少叩かれようが距離を詰めるのを最優先とする気だろう。長い得物は間合いが有利な分、懐に入られたら一気に不利になるからその判断は正しい。勿論槍側が力自慢で重い槍を使っていたら接近前に吹っ飛ばされる可能性があるが、自分相手なら多少叩かれても問題ないと判断したという事だ。

 だが迫ってくる相手に対して、こちらが狙うのは一点。

 シオールの槍が、真正面からクォーラの盾を突く。

 クォーラは槍をまともに盾でうけ、そのせいで足を止めた。それは、体を狙われたら盾で叩き落とすつもりだったその盾を直接狙われたのが彼にとって想定外の事だったからだ。


 そう、こちらの狙いは盾。


 シオールはすぐ槍を引いてまた突く。相手を突くというより盾それ自体を狙って、切れ間まなく盾のほぼ同じ個所を何度も突く。

 そのせいでクォーラは前に進めない。最初から盾自体を狙われると、受けるのはいいとしても受け流すのは難しい。まともに受け止める事になる。

 とはいえ、それをいつまでも続けられる訳がない。いや、シオールも続けるつもりはなかった。


――そろそろか。


 ずっと連続攻撃を仕掛けていた、シオールの槍の動きが明らかに鈍って遅くなる。それをクォーラが見逃す筈はない。すぐに攻勢に転じて、ここぞとばかりに強引に盾を押し込んで剣の間合いに入ろうとする。


「うぉぉぉおっ」


 大きく吠えて、振り上げた剣がシオールを狙う。斬られる事はなくても、あたれば骨折レベルの大怪我は確定だろう。

 だが向こうの剣が当たるよりシオールの次の槍が届く方が速い。当然相手も分かっていて、盾で受けたまま押し込んでくる。

 だが、そこで破壊音が鳴る。盾が割れたのだ。

 止めるものがなくなった槍刃はそのままクォーラの体へ向かう。丸められても鉄製の先端は、装備のない箇所に当たれば十分大けがをさせられる。そして位置的に、盾が壊れればその先は相手の喉か顔。シオールは迷いなく槍を伸ばす――だが、それは横から入って来た剣によって叩き落とされた。審判役であるサリドの剣が二人の間に振り下ろされる。それが戦いを止めたという事は、勝敗が決まったという事だ。


「ここまでだ」


 にっと笑って審判役のサリドが息子の顔をちらと見る。

 その言葉を聞いて、クォーラもシオールも武器を下した。


「勝者、シオール」


 審判の声が響くと、周りから声が上がる。それが不満そうな、いわゆるブーイングでなかったから、アルスの危惧は杞憂で済んだようだとシオールは思う。彼とこの戦いの対策を練る上で、実は一番の問題だったのは『周りに認めてもらえるような勝ち方』をする事だった。多少なら姑息な手を使っても格下という事で見逃してもらえるだろうが、最後は周りがちゃんと『勝ち』だと認めてくれる勝ち方をしないとならない。

 まぁ一応、反感を買わないくらいの戦い方には見えたようだ。


「おいっ、何で止めたっ」


 だがそこで、一人だけ納得がいかない男がサリドにくってかかっていく。


「お前はウチの貴重な戦力だ、怪我をさせる訳にはいかんだろーが」

「俺の方が強い、あのままやれば勝てた」

「あぁ、お前の方が強い。だが今回はお前の負けだ」


 冷静にそう返された事で、クォーラの勢いが止まる。サリドはそこでニカっと笑顔を見せた。


「ったく、お前は相手をなめ過ぎなんだよ。相手を下に見てたせいでポカをやり過ぎた。これが戦場での戦いだったらお前が勝ってただろうことは皆分かってる」


 そうして肩を叩かれた事で、クォーラも完全に大人しくなった。流石サリドは分かっている。皆の前で同格以上の人間にこう言われたら、クォーラの面目も立つし、彼もどうにか自分を抑えられるだろう。


――実際、なめてくれてなかったら勝てなかった。


 今回の戦いで一番重要なのは相手になめて貰う事だった。へたにハンデをつけさせなかったのもそのためだ。ハンデなしでベストの装備での勝負、勝って当たり前の状態だからこそ相手は余裕がありすぎてなめてくれる。

 実際クォーラはシオールを完全になめていたから、最初から相手の出方を見てやろうと上から目線の感覚でいた。盾を直接叩かれた時に驚いて足を止めてしまったのもそのせいだ。こちらがピンチに焦って逃げたり無駄な攻撃をしてくるのをねじ伏せるつもりだったのが、想定外な場所だけを狙われたから驚いた。あとは勿論、頭に血が上っていたのと実戦程集中していなかったのもあるだろう。そのせいで盾のダメージにも気が回らなかった。それについては実は槍刃が丸めてあったのもこちらの勝因の一つだった。なにせ刃があったら盾に深く刺さって抜けなくなった可能性があったからだ。刺さらなかったせいでダメージを蓄積できたというのもある。

 あとは地味にこちらに力の差を見せつけようとして、足への攻撃を耐えてみせたり、大振りが多かったのもクォーラの敗因だろう。


 ちなみに、シオールの槍の連続攻撃が途中から遅くなったのは疲れたのではなくわざとだ。向こうは絶対にこちらの方が先に体力切れを起こすと分かっているから、本当に疲れる前にわざと動きを鈍くして相手の攻撃を誘う、というアルスの指示だった。


『力も、体力もこっちの方がかなり劣っていると向こうは思ってる。実際、そうだしね。でもどれくらいが本当の限界なのか向こうは知らない、そこは利用しなくちゃね』


 だから本気で限界を迎える前に限界のふりをすればいい。全力を出しているふりをして7、8割の力で戦っていればいい。全力をだすのは勝負を決める時だけだ。アルスにはそう言われていた。彼は何度も『結局は全部、どれだけ相手になめてもらうかの勝負』だと言っていた。なにせマトモにやったら勝てないのだから、相手には実力を出さないようにしてもらう、というのがアルスの言い分だ。


 力で敵わないと分かっている相手なら、相手が能力を出し切れない状態にする事を考える――それは主として、自分の駒であるシオールの能力を最大限に発揮できる環境を整えようとするのと逆の発想だと彼は言っていた。


「お疲れ」


 帰ってきたシオールをそう言ってアルスが笑顔で迎えてくる。


――確かに、面白い。


 奴隷として売られていたシオールは、この容姿のせいで戦闘奴隷ではない方面の買い手ばかりがついていた。そこにサリドがやってきて『お前、強そうだな』と声を掛けてきた。そうして彼が腕を見たいと言った事で手合わせをする事になり、嫌な目でシオールを見ていた買い手連中は引き下がった。ただ彼と一緒にいたクォーラだけは諦めなくて、ならばとサリドは言ったのだ。


『まぁ、俺の息子は確かに戦士としての才はない。だけどな、俺と違ってこっちが良くてな、自分自身は弱くても他の人間の能力を上手く使う才がある。俺の息子につければ、この少年はお前にも勝てるかもしれないぞ』


 サリドは最初から『弱い息子の護衛として、あいつの代わりに戦ってくれ』とシオールに言っていたから、アルスに対しては何も期待をしていなかったし、興味もなかった。ただ自分を戦闘奴隷として扱ってくれた恩のためにアルスを守るつもりでいた。けれどその発言で、シオールは少しだけアルスに期待した。


 その期待は、思った以上だった。


 アルスの笑みにつられるようにシオールも僅かに口元に笑みを浮かべれば、彼の手が差し出される。その意味を少し遅れて理解したシオールは、彼の手を握った。アルスの笑みが深くなる。


「改めて、これからよろしく」


 嬉しそうに笑った彼を見て、シオールは決断する。そうしてシオールは、掴んだ手が離れると同時にその場で跪いた。


「はいアルス様、一生、仕えさせて頂きます」


 きっと、彼に仕えていれば、この先面白い景色が見れる。そうしてきっと、自分はもっと強くなれるに違いない。


そんな訳で一応勝利。

次回はシオールが勝った事で態度が変わった人物のエピソード。

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