18・裏切り者1
まだ日が昇る前、うっすらと空が青くなってきたくらいでオーレアと彼に賛同した者は皆がいる場所を抜け出し、ここまで来た道を引き返して川沿いを下っていた。
先頭をオーレアが行き、レガンは最後尾を任されていた。とはいえレガンは別にオーレアに賛同してついてきたのではない。行くのを止められないからついてきたのだ。
オーレアを含めここにいるのは九人。どう考えてもこの人数で村を奪還するのは無理だ。だからせめて、兄達が無謀な行動に出て最悪の事態にならないようにフォローするつもりでついてきた。
勿論、ジェアには事情を知らせてある。というか、ジェアに事情を知らせるように言っていつも一緒の三人の内、ネクスを置いてきた。他の二人、パルダとモルは事情を話した上でついてきてもらっている。だから、村を救う英雄になるつもりで得意げな連中と違ってレガンを含むこの三人だけは表情が硬かった。
――オーレア兄さんが調子いいのは確かだが、こんな無茶が成功すると本気で思ってるのか?
かつての自分を考えると人の事など言えないが、実戦経験のある兄がここまで楽天的になれるものなのか。族長も六英雄もいなくなった今、自分が村を救った英雄として族長に収まるために功績を焦っているとしても先が見えていなさすぎだ。
「よし、少し休憩するぞ」
兄の声が聞こえて皆の足が止まる。
さすがに女子供老人の大所帯付きからすれば倍以上のスピードで歩いているから、朝から日が昇り切るまでだけでもかなり進んだ。休憩を取るペースもその時より減らしているし、何より道を分かっているから戻るのは三分の一くらいの日程で済みそうだ。
「しっかし、ついてきたのはこれだけとはな。長く逃げてたせいで臆病になったのか」
兄がそう愚痴れば、周りがそれに賛同して盛り上がる。
ただ今のレガンから見れば、少し前の自分を見ているようでなんだかいたたまれない気持ちになる。
「確かに、思ったよりは少ないといえば少なかったかな」
傍に座っていたパルダが苦笑しながら呟いた。彼とモル、レガンは兄達とは離れているからこちらに向けて言っているのだろう。
「婆様が待てっていったしな。それに……やっぱ迷ってるからアルスがどういうか聞いてからにしたいって奴が結構いたんだよな」
「そんなにいたのか?」
モルの言葉に思わずレガンが聞き返せば、それでこっちが不機嫌になると思ったのか彼は焦って目を逸らした。
「俺もアルスの意見は聞いた方がいいと思ったぞ」
だからそう言えばモルはちょっと驚いた顔をして、兄達がこちらの話を聞いてなさそうなのを確認してから言ってきた。
「こっちに来るのを断った連中のほとんどが、ここまでアルスの案で逃げてこられたんだからアルスがどう思うか聞いてからじゃないと行くのは不安だって答えたんだ」
――なんだ、大半の奴はちゃんと分かってるんじゃないか。
レガンは冷静に考えた。自分がリーダーだったとして、あの足手まといばかりの集団を、だれ一人欠ける事なくここまで連れてこられただろうかと。勿論、今の自分ではなく村を出た当初の自分なら、だ。
――無理だな。
それを認めた段階で、アルスを見下していた自分を恥じた。次に会ったら、彼に謝って、彼の言う事をちゃんと聞こう。もっともそれはここから無事、皆の元へ戻れればの話だが。
そんな事を思って自嘲していたら、咄嗟に体が反応する不穏な音が聞こえた。矢の音だと理解した途端、レガンは叫んだ。
「敵だっ」
ナグラックの追手か、それともこの辺りの現地住民か。すぐ皆それぞれ、木の陰に隠れるなり、矢が来た方向に盾を構えて身構えた。
けれどレガンは気がついた。矢はまるでわざと存在を知らせるように兄達が集まっていた少し手前に刺さっていて、しかもその矢には見覚えがある。
そこで、矢が飛んできた方向、しかも上の方から声が聞こえた。
「オーレア、何故あんたがここにいるの? あんたは捕まった筈よねっ」
良く通る女性の声が誰かはすぐ分かった。アニだ。六英雄の一人魔弓のドナの娘、村では少ない正式な女戦士の彼女に間違いなかった。矢に見覚えがあったのも当然だ、あれは村の矢だ。
他の皆もそれに気づいて、それぞれ守る体勢を崩そうとしたところで、だがオーレアが怒鳴り返した。
「何言ってる、捕まったのはそっちだろっ。……あぁ、分かったぞ、こっちを攻撃してきたって事はお前裏切ってナグラックについたんだろっ。おい皆、あの女は敵だ、話を聞くなよっ」
するとアニの声が聞こえた方向からガサっと音がした。その後は何も聞こえなくなったからいなくなったのかもしれない。
「ふん、図星をさされて逃げたな」
オーレアもアニがいなくなったと判断したのかそう吐き捨てる。
すぐ兄に賛同して決めつける者もいたがやはり信じられない者もいて、彼等はおそるおそる口を開く。
「本当にアニさんが裏切ったんですか?」
「ただ単にアニさんも逃げてきたんじゃないですか?」
それにオーレアは怒ったように言い返した。
「いや、あいつが捕まるところを俺は見た。多分、六英雄の身内でも女だから殺されなかったんじゃないか? もしかしたら殺さない代わりに俺達を探すように言われたのかもしれない。とにかくあの女を生かしておくのは危険だ、俺達の居場所を知らされる。すぐに見つけて殺したほうがいいっ」
さすがに……それは決定的だった。レガンももう擁護のしようがないと思った。
いわゆる、嘘つき程よくしゃべるという奴だろう。
このシーンはもう一話。




