17・当日の朝
「シオール、見て、くれ」
とうとう今日は本番の日である。いつも通り早朝の鍛錬に起きたシオールだったが、それより早く起きてきていたサナグスがこちらを見つけて即、息を切らせてやってきた。彼は本当に熱心で、シオールに教えて貰った事をその後徹底的に繰り返しては次の日の朝に見てくれといってくるのがここに来てからいつもの事になっていた。
「うん、かなり良くなってる」
「本当、か」
そして見る度に上達している。たった一日での上達ぶりからして、寝る時間も削ってやっていたのだろう。向上心が高いというか、自分が上達したのが分かるとそれが面白くて鍛錬に熱中してしまうタイプらしい。それはそれで感心ではあるのだが、試合当日にそんなに疲れてもらっても困るというのがシオールの正直な気持ちだ。
今日くらいは試合まで休んでいろといいたいところだが、そこまで複雑な言葉はまだ伝えられない。アルス達に倣って互いに出来るだけ相手の言葉で話すようにした結果、シオールもサナグスも鍛錬時のやりとり程度なら通訳がなくてもどうにかなるくらいにはなったものの、イレギュラーな内容を伝えるのは難しい。
と、少し困っていたら、上から声がした。
「おっはよー、シオ、あとサナグスもっ」
シオールは顔を上げた。
「今日は随分お早いですね」
「うん、そりゃね。試合前にいろいろあるしっ」
眠気もなく、元気そうなアルスを見てシオールは少し考えてから声を掛ける。
「アルス様、少々お願いしたい事があるので下りて来ていただけますか?」
「りょーかーい」
言いながらアルスが木を下りてくる。
アルスはここに来てからはずっと、この部族についての話を聞きながらここの言葉の勉強をしていたそうで、今ではたまに引っ掛かった時しかシェノンに通訳してもらっていないと言っていた、だから。
「アルス様、サナグスに今日は試合まで休んでいろと言って下さい。鍛錬のしすぎで無駄に体力を消耗されたら困ります」
「あははは、了解。でもシオだって朝からやっぱり鍛錬してたんだろ?」
「俺のはただの朝の日課です。鍛錬といっても体を解す程度です」
「でも俺が起きてこなかったら、聞かれた事に答えてるうちについつい鍛錬に熱が入ってたんじゃない? シオも結構やりだすと集中しちゃうから……」
茶化すアルスをシオールが無言で冷たく見つめれば、彼は誤魔化しの笑顔を作った。
「はは、えーと、彼に鍛錬を止めて今日は体力温存しとけっていえばいいんだね、うん」
そこからすぐにアルスはそれをサナグスに伝える。向うはかなり不満そうではあったが、どうやら了承はしてくれたらしい。サナグスはこの若さで、カヤを長とした南の守の家の中では一番の戦士という事だが、この向上心の高さと集中力を考えれば納得だ。彼が現在シオールより弱いのは、単にいい見本や手合わせの相手がいなかったからではないだろうか。
そこでシオールが人の気配を感じてそちらを見れば、ぞろぞろと三人の人影がやってきた。カヤとシェノン、そしてもう一人の今日の戦士役のローエだ。
「遅くなった、ごめん」
真っ先にカヤがこちらの言葉でそう言ってくる。
彼女とは朝の鍛錬に付き合う約束はしていない。つまり、約束したのはアルスだ。シオールは尋ねるようにアルスの顔を見た。
「今日は朝食前に最終打ち合わせをしようと思ってね。これまで聞いてきた試合のルールや過去の試合内容、敵さん達の特徴を踏まえて、いろいろ考えてみたんでそれを話しておこうかなと」
つまりそれを早く話したくて今日のアルスは早起きをしたのか。
そんな主に呆れつつも、シオールもまた、アルスの話を聞くのが楽しみであるから思わず口元に微かな笑みを浮かべた。
とはいえこうして、こういう時だけは誰にも起こされなくても早起きが出来るアルスを見る度、普段の寝坊助ぶりは演技なんじゃないかと少しばかり疑ってしまうのだが。
シオールは毎朝決まった時間で目が覚める上に、ちょっとでも違う気配を感じたら即目が覚めるタイプです。
次回はレガン側の話。




