13・鍛錬
「アルス様、起きたのですか」
シオールがアルスに声を掛ければ、目の前の男が分かりやすく残念そうな顔をした。自分の相手をしてもらえるのはここまでだと思ったからだろう。
シオールは少し考えた。それからもう一度アルスに聞く。
「もう起きますか?」
前のセリフからのニュアンスの違いにアルスならきっと気が付く、案の定。
「シオがまだ鍛錬してるならもうちょい寝てるよー」
声が嬉しそうだ。アルスは別に怠惰な人間という訳ではないが、朝はだらだら寝ていたがるタイプである。起きなくてもいいなら起きない。
――ここでは客人扱いのようだし、今日くらいは。
移動中、見た目以上にずっとアルスが気を張っていたのを知っているからこそ、皆がいないここで休んでもらうのもいいだろうとシオールは思った。
だから武器を構えて相手に向き直れば、その人物はぱっと表情を嬉しそうに変えて、すぐに向うも武器を構えた。
――こいつが一番使えるのは確定だ。
最初に彼等と会った時に攻撃してきたのは、あの時点で代表に選ばれていた戦士達だったらしい。それであれならシオールを使いたいと頼んでくるのも納得である。ただ、他二人は話にならないがこの人物だけは割と見込みがあるとシオールは思っていた。
「ハッ」
気合を入れた声と共に向うの棒が真っすぐこちらを突いてくる。勿論シオールはそれを避けたが、この手合わせを始めた最初からするとかなり突くのも速くなった。おそらくこちらの動きを参考にして修正してきているのだと思う。それが出来るのは、目がいいし、基礎能力も高いという事だ。
向うが腕を伸ばしきったところでシオールは棒を両手で持ち、その棒をいつもの槍を回す要領で引っかけて叩き落とす。向うは片手で持っていたから力では対抗出来ず落とすしかない。
くやしそうにしながらも、落とした棒をすぐ拾い、相手は今シオールがやったように棒を両手で持って回してみようとする。
「***、****っ」
何か言ってきているが、言葉は分からないから説明は出来ない。代わりにシオールは棒をゆっくりと回しながら攻撃する動きのパターンをいくつかやってみせる。すぐに向うもそれをマネする。やはり目はいい、それに集中力が高いからパターンだけならすぐ覚える。いくら負けたとはいえ明らかに年下の、子供相手にこれだけ真剣に教えを請おうとする段階でなりふり構わず強くなりたいという思いが強いのだと分かる。
「***?」
また何か聞いてきているがそれは分からないから返事のしようがない。
ただそこで、注意してなかった方向から声が来た。
「『どうしてそんなに早く回せる?』だそうだ」
シェノンだ。彼女は戦士でもないくせに気配を消すのが上手い。シオールでも彼女の接近にぎりぎりまで気づかない事はよくあるくらいだ。
「それは慣れるしかない、と」
返せば彼女は向うに通訳してくれる。彼女が来てくれてありがたい事は確かだった。
「もう少しお前の動きを見てみたいそうだ。どうする?」
それには返事をせずにまた動いてみせる。試合に使う棒はいつもの槍よりもかなり短いため少し動きは違うが、それでも基本は同じだ。棒の長さは上限だけは決まっているそうで、当然シオールは上限の長さの棒を貸してもらっていた。
昨夜アルスから協力を約束したと聞いて、すぐにでもその試合に合わせたやり方に慣れたかったから今朝は早くから起きてシオールは鍛錬を始めた。そこで途中からこの彼がやってきて、身振り手振りで相手をして欲しいと言われた訳だ。ここの人間が実際どういう動きが普通なのかは見たかったから、一人の鍛錬よりも良かったと思う。
一通り動いてから最初の構えに戻ると、シオールは腕を下ろした。
そうすれば何か神妙な顔つきで相手の男は頭を下げて何かを言った。勿論すぐに、それはシェノンが訳してくれる。
「素晴らしい動きだった。貴方の動きの見事さには感服した。私ではどう足掻いても勝てない……」
どうやら律儀な男らしい。明らかな年下相手にここまで言えるのは相当人間も出来ているのだろう。だが、それに一応こちらも礼を返すかと口を開きかけたシオールは、続く言葉で顔をひきつらせた。
「我が主、カヤ様をよろしくお願いいたします――ですって」
言うと同時にシェノンは笑いだす。
真剣極まりない男と、完全無表情のシオールが目を合わせて固まる中、彼女の笑い声だけが静寂の中で聞こえていた。
次回はアルス側の話。




