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クリュース建国記  作者: 沙々音凛
一章:旅立ち
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9・確認

 森の中は鳥の声で賑やかで、時折小動物が駆け抜けた音や何かが落ちたような音が聞こえる。ここは村の東に広がる森の中、とはいえ動物避けのため村と森の間にはかなり深い堀があって罠も仕掛けられているため気楽に出かけられる場所ではない。その上森自体も広く、迷ったら簡単には出られないようなところだ。勿論奥へ行けばいく程どんな動物……へたをすると化け物がいるかも分からないから、自分の身を守れない者だけで森へ行く事は禁止されていた。定期的に村の戦士達複数人で見回りを兼ねた狩りに行っているが、それでもあまり森の奥まではいかないそうだ。

 つまり、その狩りがない時に行けばまず人に会わないという事でもある。


「確かにここは、人に見られず鍛錬するにはいい場所ですね」

「だろー」


 村の南にある正面門から出て森に入れば、わりとすぐひらけた広場のようになっている場所があった。そこは父達が森へ入る時に打ち合わせをしたり、森からとってきた物を並べて確認したり、獲物を捌いたり、切った木を加工するところで、仲間内だけで少し派手に剣の手合わせをするのに使う事もあった。ここまでならアルスも父について何度か来ているし、一応人がよく来るからヤバイ動物は滅多に出てこない筈。それに何かあったらすぐ村にも戻れる。なにより今は護衛のシオールがいるから問題ないだろう。


「早朝なら基本誰もいない筈だから、シオが訓練したいなら毎朝早起きしてこようか?」

「いいのですか?」

「勿論、いいに決まってるじゃないか」


 と、自信満々に言ってからアルスの笑顔が引きつる。シオールの声が明らかに嬉しそうだったから思わず言ってしまったが、実は即後悔していた。


「ま、まぁ、毎日、は厳しいかもだけど、来れる時は付き合うよ」


 立場的にシオール一人で来させる訳にはいかないから、自分も付き合って早起きをしなくてはならない。ちょっと不安になったが、早起きをするクセをつけるのはいい事だと自分に言い聞かせる。


「じゃぁ、ちょっと体ほぐしたら勝手に鍛錬してみてくれるかな。俺は見せてもらうからさ」


 とりあえず話を変えるためにもそういえば、シオールは荷物を置いてすぐに準備運動のようなものを始めた。ただここまで歩いてきたせいかそこまで長くやることもなく、武器を持つと大きく深呼吸をして構えを取った。

 その様子が嬉しそうで『すぐにでも武器を振りたくて急いでいる』というのが見て取れるから、アルスの口元は思わず緩む。だがすぐに『やはり早起きをしなくてはならないな』というのが頭をよぎって口元を引きつらせたが。

 シオールの武器は槍である。

 ここへくる道中で聞いた話だが、基本彼は一般的な武器は一通り、勿論剣も使える。だが年齢的に剣等では明らかに大人相手で不利なため今は槍を使っているという。確かに接近して使う系の武器ではリーチ面だけでもまだ体が出来切っていない歳では厳しい。ついでに言えば腕力面でも剣よりは槍の方が戦い方でどうにか出来る。それを分かっているから、マーナも武器は槍を使っているくらいだ。


――確かに、強いな。


 シオールが槍を振りだせば、それだけでかなりの腕だと分かる。

 アルスにとって一番よく見た槍使いの基準がマーナだからというのもあるが、安定度が段違いだ。

 最初は彼も慣らしのつもりなのかやけにゆっくりと動いていたが、それでも槍にも、当然それを持つ彼の腕にもまったく揺れがない様を見ればそれだけで感心する。


――槍を動かすための腕の動きは最小限、腰も足元も安定してる。シオの歳でこれなら、確かに相当鍛えてるな。


 ゆっくりとした動きは思った以上に筋肉に負担を掛けるものだ。それをなめらかにぶれずにやるのは見た目以上に筋力もあると思っていい。

 暫くはゆっくりとした動きで槍を突いたり回したりと、いろいろな攻撃パターンをまるで舞うようにこなしていた彼だが、その動きは唐突に止まる。そうして一番最初の構えに戻るとそのまま止まって目を閉じた。

 大きく深呼吸、その後即、ザっと音が鳴って彼が足を引いて体を低くする。そこからは動きが変わった。高速で突き出される槍刃、かと思うと敵の攻撃を想定しているのか彼の前で槍の柄が回って様々な角度で止まって防御し、相手の武器を弾く。そうして時には飛びのき、槍を軸にして高く跳躍する。どの動きも隙なんか探す間もないくらい、無駄がなくて速い。


――つまり、さっきまでのが準備運動みたいなもので、ここからが実践を想定した訓練って事かな。


 よく見れば動いているパターン自体は先ほどまでと大きく違うという程ではないのだが、スピードが違い過ぎて同じには見えない。相変わらず槍の動きはぶれがなく安定している。それにやはり、相当に速い。ただ、アルスの目で追えない程という訳ではない。それはアルスが父達の鍛錬や試合を見てきたからだ。

 アルスはその動きを、記憶にあるクォーラの動きと重ねながら見ていた。


――まぁ、体が軽いのもあって単純な動きだけならシオの方が速い……けど。


 あとは飛びのく時の距離もシオールの方が大きい、これも体が軽いせいだろう。疲労をまったく考慮せずに考えれば、槍の攻撃範囲ぎりぎりからけん制しまくって相手をじらして隙をつくという手がすぐ思いつくが、勿論その想定は意味がない。

 アルスはシオールの動きに集中する。出来るだけその動きを記憶しつつ、彼の有利そうな箇所を探し、出来そうな事を考えた。


「お疲れ様」


 そうして、シオールの動きが止まったところでそう声を掛けた。

 彼はこちらを向いたものの返事を返す事さえ厳しいようで、槍を支えにして立ったまま肩で息をしている状態だった。どうやらこちらにどこまで戦えるか見せるため、かなり限界に近いところまで動いてくれたらしい。


「あぁ、返事はいいから、少し休憩してから話そうか」


 言えばシオールはそこでやっと傍の切り株に座った。大きく息を吐いてから深呼吸を繰り返し、息を整えていく。アルスはその間にペイル板に思いついた事を書いていった。一通り書いたあとで彼を見れば、大分呼吸が落ち着いたように見えたから口を開いた。


「シオの言った通り、避けるのは出来ると思う。これは本気のクォーラ様を見た事がある上で言ってるからほぼ間違いない。勿論、体力が持つ限りは、ってなるけど」

「そうでしょうね」


 シオールは苦笑する。彼も当然分かっている事だ。


「避け続けていても疲れてくれば避けられなくなるし、長引いたら負け確定だ」

「……ですね」


 自嘲が伺える彼の声をききつつアルスは考える。ちらとシオールを見れば、彼は疲れだけではなくやけに沈んだ顔をしていた。


「んー……一つ、聞いていいかな。シオール自身はクォーラ様にどれくらい勝ちたい?」


 それには返事ではなく訝しむような視線を向けられたから、アルスは苦笑いをしつつ言い直す。


「つまりさ、クォーラ様が勝ったらお前はクォーラ様のものになって、お前が勝ったら今のまま俺の護衛でいる訳だ。シオ自身はどっちがいい?」

「勿論、勝ってこのままアルス様に仕えたいです」


 そこは即答だ、嬉しい事に。ちょっと口元が緩んでしまったのを誤魔化すように、こほんと一つ咳払いをしてから、アルスは努めて冷静な声でまた彼に聞く。


「うん、で、その勝ちたいって気持ちがどれくらいなのかなって。出来れば勝ちたいくらいから絶対、どんな手を使ってでも勝ちたいまであるだろ?」

「気持ちだけの話なら、絶対に、何をしてでも勝ちたいです」


 それも即答だ。相当クォーラ様は嫌われてるらしい。なんとなーく予想はつくが、多分聞かない方がいい奴だろう。


「……分かった。ならまぁ、正々堂々は諦めてもらっていいかな」


 笑ってみせれば、シオールはこちらの意図が分からないというように眉を寄せて目を細めた。アルスは先ほど書いていたペイル板を彼に見せ、説明を始めた。


次回は試合前の下準備的な話。

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