表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メッセージ・オン・ザ・ティー~二度見するほど不器用な恋~  作者: 畠山ゆな@姉弟で小説共作✏️


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第四章:マンモス校の記憶と、消えた彼女


---


## 五月の終わり、距離が縮んだ話


 まるきには、週に二回通うようになっていた。


 火曜日と木曜日。決めたわけじゃないけど、気づいたらそうなっていた。ナミさんと会えるときもあれば、会えないときもある。会えたときは一時間くらい話して、会えなかったときはなんとなく物足りない気持ちでアパートに帰る。


 そういう五月だった。


 話す内容も、だんだん変わってきた。最初は仕事の話や町のことが多かったけど、最近は趣味の話や昔のことも出てくるようになった。ナミさんはミステリ小説が好きで、料理は得意だけど面倒なときはしないと言っていた。好きな食べ物は、肉より魚。苦手なものは、人混み。


 少しずつ、輪郭がはっきりしてきた。


 でも——ときどき、あの違和感が顔を出した。


 僕の話に対する反応が、少し早すぎるような気がすることがあった。僕が言いかけた言葉を、自然に引き取るような間の取り方。僕の好みを、聞く前から知っているみたいな選択。


 気のせいかもしれない。


 聞き上手な人って、そういうものかもしれない。


 そう思って、流していた。


---


## 木曜日の夜、中学の話になった


 六月の最初の木曜日。


 梅雨入り直前の、蒸し暑い夜だった。まるきのカウンターで、僕たちはいつものように並んで座っていた。今日のナミさんのTシャツは——


 **「湿度が敵」**


「それは今日に限らず、梅雨全体に言えますよね」


「……六月は毎日着ようかと思ってます」


「それはもうTシャツじゃなくて日記ですよ」


 ナミさんが、ふっと笑う。


 その流れで、なんとなく昔の話になった。出身地の話から、通ってた学校の話へ。


「中学、どこだったんですか」と僕が聞いた。


「……県外です」


「どのあたり?」


「T市の方です」


 僕の箸が、止まった。


「T市って——もしかして、一学年十五クラスとかあるやつですか」


 ナミさんの手が、少しだけ止まった気がした。


「……そうです」


「僕もT市出身で。中学、もしかして第三中学ですか」


 一秒、間があった。


「……第三、です」


 僕は思わず「えっ」と声を出した。


「同じだ。何年生まれですか」


「二〇〇三年」


「僕も。じゃあ同い年で、同じ中学——ってことは同級生じゃないですか」


 ナミさんは、静かに味噌汁を飲んだ。


「……そうなりますね」


 その答え方が、少し妙だった。


 驚いていない。まるで——知っていたみたいな、そういう落ち着き方だった。


---


## マンモス中学の記憶


「第三中、懐かしいな。一学年十五クラスって、今思うとおかしいですよね」


「……大きかったですよね」


「入学式、体育館に入りきらなくて二回に分けてやりましたよね。覚えてます?」


「……覚えてます」


「僕、あの中学で友達できるか本当に不安で。クラス替えのたびに、前のクラスの人たちがどこにいるかわからなくなって」


「……人、多かったですから」


「ナミさんは、どうでしたか。友達とか、わりとすぐできました?」


 ナミさんは少し間を置いた。


「……あまり、目立たない方だったので」


「そうなんですか。今は、かなり目立ってますよね」


 Tシャツを見ながら言うと、ナミさんは「……そうですね」と言って、静かに笑った。


 その笑い方が、いつもより少し違う気がした。


 どこか、遠くを見ているような。


---


## Tシャツの文字が、変わった


 食事が終わって、お茶を飲んでいた。


 会話が少し途切れたタイミングで、ナミさんがカウンターに視線を落とした。


 僕はふと、今日のTシャツをもう一度見た。


 さっきまで「湿度が敵」だと思っていた。でも——


 違った。


 薄暗いまるきの照明の中で、ちゃんと見ていなかった。


 白地のTシャツに、筆文字で書かれていたのは——


 **「思い出しましたか?」**


 ……え。


 僕は目を細めて、もう一度確認した。


 思い出しましたか?


 疑問符付きで、筆文字で。


「……そのTシャツ」


 声に出したら、ナミさんがゆっくりこちらを向いた。


 表情は、いつもより少し緊張しているように見えた。いや、違う。緊張というより——何かを、待っているような顔だった。


「それって、どういう意味ですか」


 ナミさんは少しだけ目を伏せた。


「……どう思いますか」


 質問を、質問で返された。


 僕は、今日の会話を頭の中で巻き戻した。


 T市。第三中学。同い年。一学年十五クラス。目立たない方だった。


 それから——僕の話に対する反応が、少し早すぎること。好みを聞く前から知っているみたいなこと。最初に会ったとき、驚かなかったこと。


 全部が、一本の線で繋がりそうな気がして——


「もしかして」と僕は言った。「ナミさんって、僕のこと——」


 まるきの引き戸が、ガラガラと開いた。


「いらっしゃい」とおじさんの声がして、サラリーマン風の男性が二人入ってきた。


 その瞬間に、空気が変わった。


---


## 明かされた夜


 新しい客が席についてから、しばらく沈黙が続いた。


 僕はお茶を飲んで、ナミさんは手元の湯呑みを見ていた。


 おじさんが奥に引っ込んだタイミングで、ナミさんが静かに口を開いた。


「……第三中の、図書室」


 低い声だった。


「三年生の春。棚の補修作業、手伝ってた人がいて」


 記憶の、深いところを探った。


 図書室。三年生。棚の補修。


「……委員会、でしたよね。僕、図書委員で」


「はい」


「ナミさんも?」


「違います。ただ、図書室にいることが多くて」


 一拍置いて、ナミさんは続けた。


「ハルキさんは、本を直しながらよく鼻歌を歌ってました。自分では気づいてなかったと思いますけど」


 ……覚えていない。でも、やりそうだと思った。


「中庭にいることもありました。お弁当、いつも同じ場所で食べてましたよね。フェンスの近くの、ベンチ」


「……覚えてます、そのベンチ」


「木曜日は、たいていひとりで食べてた」


 僕は何も言えなかった。


 ナミさんは、湯呑みを両手で包んだまま、少しだけ声を落とした。


「大勢の中に、いつもいました。十五クラスもあったから、同じ学年でも知らない人の方が多くて。先生にも、友達の友達にも、顔を覚えてもらえなかった。いても、いなくても、同じような気がしてた」


 そこで少し間が空いた。


「ハルキさんは——気づいてないと思いますけど、一回だけ、声をかけてくれたことがあって」


「……僕が?」


「図書室で、本を落として。拾ってくれて、『これ面白いよ』って言ってくれた」


 記憶にない。でも——しそうだなとも思った。


「それだけですか?」


「……それだけです」


 ナミさんは少し笑った。自嘲するみたいに。


「たったそれだけなのに、忘れられなくて。卒業してからも、ずっと」


---


## 切実な、願い


「この町に来たのは」と僕は聞いた。


 ナミさんは少し間を置いてから、静かに言った。


「……ハルキさんが、ここに配属されるって、SNSで見て」


 僕は返す言葉を、しばらく見つけられなかった。


「怖かったです。また普通にしてたら、見落とされると思って」


 Tシャツを、少し引っ張るような仕草をした。


「だから——絶対に、二度見される格好にしようって」


 そういうことだったのか。


 全部が、繋がった。


 初めてコンビニで見たときの「こんなにも元気なんです」。スーパーで笑いをこらえきれなかった「今日のご飯はカレー」。声をかけたとき、驚かなかった理由。僕の好みを知っていた理由。反応が少し早かった理由。


 全部、ここに繋がっていた。


「……もう二度と、大勢の中に紛れて見失われたくなかった」


 ナミさんの声は、静かだった。


 震えてもいないし、泣いてもいない。でも、その言葉の中に、ずっと抱えてきたものの重さが確かにあった。


 僕はしばらく、何も言えなかった。


---


## まるきを出た後


 会計を済ませて、二人で外に出た。


 六月の夜は湿気があって、街灯の光がにじんで見えた。


 ナミさんは少し前を向いたまま、「……気持ち悪かったですよね」と言った。


「気持ち悪くないですよ」


 即答だった。我ながら、早かった。


 ナミさんが、少し驚いたようにこちらを見た。


「ただ——」と僕は続けた。「びっくりはしました。全部のTシャツが、そういうことだったのかって」


「……全部、ではないです。『湿度が敵』は、わりと本音です」


「そこは本音なんですね」


 ナミさんが、今夜一番やわらかい顔で笑った。


 僕も笑った。


「ちゃんと、話してくれてよかった」


 そう言うと、ナミさんは少し目を伏せて「……ありがとうございます」と言った。


 最初にスーパーで声をかけたとき、同じ言葉を言ってくれた。あのときと同じトーンで。


 でも今度は——意味が違う気がした。


---


 六月の夜風が、少しだけ涼しかった。


 隣を歩くナミさんのTシャツには「思い出しましたか?」の文字。


 まだ、僕の答えは言えていない。


 でもそれは——次の話だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ