(14)それぞれの行動
フィロメナは、訓練場がある場所からある程度離れたところで、先程からチラチラと視線を送っているテクラを見て言った。
「正直なところ今の段階で話をしていいのかが判断がつかない。すまないが、先程のやり取りも含めて他に黙っていてくれないか」
今の厳しい表情をしているシゲルを見れば、何を想像しているのかは詳しい話を聞かなくてもわかる。
だからこそ、フィロメナはテクラに詳しい話をすることを躊躇した。
もしフィロメナが想像している通りのことが起こっているのであれば、学生が解決するような領分ではなく、それこそ学園長が出て来るような案件になる。
そして、フィロメナは今のところその方向に行く確率がかなり高いと読んでいた。
フィロメナの言葉に、テクラは一瞬だけ残念そうな表情を浮かべてからすぐに頷き返した。
「わかりましたわ。……ですが、彼らがどんな風に話を広めるかは分かりませんわよ?」
どんな真実があったとしても、あの場でシゲルがアーダムの精霊の契約を解除したのは紛れもない事実である。
そのことだけを切り取って悪評を広めるようなこともできなくはない。
「その時はその時だ。それに、もし読みが当たっていれば、そんな小細工などすべて吹き飛んでしまうからな」
「そうですか」
フィロメナの返答に、テクラは今度こそ完全に納得した表情になった。
アーダムが召喚していた亀の精霊は、実は地の大精霊(の分体)であることは、シゲルたちしか知らない事実である。
アーダムがどうやって亀の精霊と契約したのかは不明だが、普通の状態で無かったことだけは理解できる。
それは、他の大精霊や離れた場所にいたシゲルの呼びかけに答えなかったことからもわかる。
そうした事実から、アーダムが大精霊の怒りに触れている可能性もなくはないのだ。
それを考えれば、今はまだ事実を隠していた方がいい。
もしすべての事実を明らかにするにしても、まずはグラノームから話を聞いてからということになる。
今一度、頭の中でそう整理していたフィロメナは、少し急ぎ足で前を歩いているシゲルに言った。
「すぐに船に戻るのか?」
「うん。すぐに話を聞きたいからね。――といっても、あの様子を見る限りでは、すぐに応じてくれるかは分からないけれど」
ほんの少しだけの言葉だけを残して本体へと戻ったと思われるグラノームのことを思い出しつつ、シゲルはそう答えた。
いずれにしても状況を考えれば他の目があるところではできないので、まずはアマテラス号に戻ることになる。
研究作業が後回しになってしまうが、現状では二の次である。
シゲルの答えに、フィロメナもすぐに頷き返した。
「わかった。私も一度研究室に戻ってから向かう」
「了解」
短くそれだけの打ち合わせをしたシゲルとフィロメナは、その場で二手に分かれた。
シゲルは借りていた訓練場にいるはずの研究室仲間のところへ、フィロメナは自分の研究室に向かったのだ。
そして、その話には混ざれなかったテクラは、少しだけ考える表情をしてからフィロメナの後へついていくのであった。
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シゲルとフィロメナがそれぞれ別行動でアマテラス号へと戻っているその頃、もう片方の当事者であるアーダムは訓練中の仲間と別れてとある部屋に来ていた。
その部屋は、ミラン研究室の研究生であるアーダムが訪ねても何ら不自然ではない教師がいる場所だった。
「――どうした? お前がそこまで慌てるのは珍しいな」
いつもとは違った様子のアーダムに、部屋の主であるミランがそう言った。
「どうしたもこうしたもあるか! やはりあの精霊、不良品だったぞ!」
「…………どういうことだ?」
声を荒げるアーダムにミランは特に動揺する様子を見せることなく、ただそれだけを聞いてきた。
そのミランの態度に少しだけ落ち着きを取り戻したアーダムは、先程訓練場で起こったことをすべて話した。
「――――そういうわけで、あの亀は俺の目の前で姿を消した。今はどれだけ呼び掛けても応えて来ることはない。どう考えても不良品だろうが」
最後は吐き捨てるように言ったアーダムを見ながら、ミランは少しの間黙ったままだった。
その顔を見れば何か考え事をしていることは分かるので、アーダムがそれ以上何か言うことはない。
アーダムが黙ったまま待っているその状況を見れば、学園内の多くの者が驚くことだろう。
だが、ごく一部――例えばミラン研究室の面々であれば驚くことはない。
それほどまでに、ミランというのは研究室のメンバーにとっては特別な存在なのだ。
沈黙の時間が一分ほど経って、ようやくミランがアーダムを見て言った。
「何度も言うが、こちらには何の不備もない」
「だが……!」
「まあ、待て。少し考えればわかるが、こちらに不備はなくともあの精霊が特殊だったと考えれば辻褄が合うはずだ」
「どういうことだ……?」
ミランの説明に、アーダムは短く疑問をぶつけた。
「お前の契約が勝手に解除されたというのもそうだが、そもそもシゲルとかいう男が呼び掛けたというだけでその状況になったというのがおかしい。普通の精霊ではなかったと考えるほうが自然だろうな」
ミランの説明に、アーダムは納得した表情で頷いた。
「なるほど。それなら俺がまともに使えなかった理由も説明できる……か」
アーダムは、シゲルたちが予想していたように、あの亀の精霊を十分に使いこなせていたわけではない。
それはアーダムも良くわかっていて、それゆえにここ最近の苛つかせる原因の一つとなっていたのだ。
納得した表情で何度か頷いたアーダムは、ふと思い出したように続けて言った。
「だが、良いのか? あいつは、あのことにも気づきかけている様子だったぞ?」
「なんだと……?」
アーダムの言った「あのこと」が何であるかは具体的に聞かずに、ミランは若干驚いたような表情になった。
「言っておくが、俺は何も言ってねえ。だが、あいつはほぼ確信している様子だった。あの精霊が特殊だったことも含めて、あいつは何か知っているんじゃないか?」
アーダムがそう言うと、ミランは再び考え込むような表情になった。
「――――話ができる精霊と精霊育成師、か。……危険かもしれないな」
しばらくしてミランがそう呟くと、アーダムがニヤリと笑った。
「ほう。潰すのか? だったら俺も参加させてもらいたいがな」
「勿論その時はそうしてもらうが、まだ早い。とにかく情報を今は集めることが先だ」
はっきりとそう言い切ったミランに、アーダムはわずかに顔をしかめた。
せっかく目障りだったシゲルを潰せると考えたのだが、それにストップがかかって不快に思ったのだ。
とはいえ、それをこの場で言葉にするほど、アーダムも馬鹿ではなかった。
情報を集めるためとはいえミランが直接動くと判断した以上は、この場でアーダムが言えることはなにもなくなった。
今すぐに動けないことは腹立たしいが、いずれはあの厄介なシゲルとやらに制裁がされることになるのは間違いない。
何やら沈黙したまま考え込んでいるミランを見て、アーダムはシゲルがやられる未来を想像して一先ず怒りを抑えるのであった。




