(13)どこまでも平行線
このまま話を続けても意味がないと頭を切り替えたシゲルは、何故だか器だけの状態になっている亀の精霊を見た。
その状態のままシゲルは、横にいるはずのラグに短く声をかける。
「ラグ」
名前を呼ぶだけのたった一言だけだったが、それだけでラグにはシゲルが何を言いたいのか通じていた。
小さくなっていたラグがいきなり姿を大きくして、さらに一瞬で亀の精霊の背後に出現した。
さらに、背後から亀の精霊を捕まえたラグは、そのままシゲルのところへと戻ったのである。
その一瞬の出来事に、シゲルとフィロメナを除いた者たちが呆気にとられた表情になった。
小さかったはずの精霊がいきなり大きくなったこともそうだが、そうなってからの一連の流れの速さに全く反応できなかったという驚きが大きかったのだ。
ラグに捕まった亀の精霊は、彼女の手の中でジタバタと暴れている。
それでもまったく逃げ出せる様子がないのは、ラグが単に力だけで捕まえているからではない。
そんな亀の精霊に向かってシゲルがスッと右手を伸ばすと、ようやく驚きから覚めたアーダムが慌てた様子で言った。
「何をするんだ!?」
だが、シゲルはそんなアーダムに視線を向けることもせずに、暴れたままの亀の精霊にそっと触れた。
「――これでどうにかなってほしいけれど…………」
シゲルが亀の精霊に直截触れたのは、どこかにいるはずのグラノームに直接話しかけるためだ。
今の状態が普通ではないとはいえ、分体としての体が残っている以上は僅かにでも繋がりが残っていると考えたのである。
「グラノーム、何故こんなことになっているのか、説明して」
以前、ディーネに頼まれて呼び掛けた時には反応が無かったが、今回は分体の体を通している。
それで召喚がされるかどうかは分からなかったが、とりあえず試してみてそれでも駄目なら別の方法を考えるつもりだった。
そんな心配を余所に、ラグの手の中で暴れていた亀の精霊は、シゲルが名前を呼んで数秒経ってからぴたりと動きを止めた。
そして、さらに数秒が経つと、その口からグラノームの声が聞こえてきた。
「シゲル、助かった。ただ、済まない。この体はもう駄目だ。一度戻って――――」
明らかに話の途中で途切れたと分かったシゲルだったが、亀の精霊からそれ以上の言葉が聞こえてくることはなかった。
言葉の途中でラグの手の中にあった亀の精霊の体が、さらさらと砂の状態になったのだ。
砂の状態になってしまったのを見て、ラグがシゲルへと少しだけ困ったような顔になった。
そんなラグに、シゲルはわずかに苦笑をしながら首を左右に振った。
別に、ラグのせいで今の状態になったわけではないのだ。
ただ、それだけでは済まなかったのは、亀の精霊を自分のものだと主張していたアーダムである。
最初は何が起こったのか分からなかったアーダムだったが、亀の精霊が消えてしまったということだけは理解できたらしい。
僅かに怒ったような表情になって、シゲルを見てきた。
「貴様! 一体、何をした!?」
「それを聞きたいのはこっちなんだけれどね。自分の契約精霊が、何故そっちにいたのかな?」
厳密にいえば、あの分体はシゲルの契約精霊というわけではないのだが、動かしていたのがグラノームなので契約精霊といっても違いはない。
シゲルの言葉に、アーダムは一瞬だけ思ってもみなかったことを言われたという表情になった。
だが、すぐに気を持ち直したのか、再び怒りの表情に戻った。
「はっ。そうやって嘘をついて誤魔化すつもりか? 俺が契約できていた以上、お前のものであるはずがないだろう!」
一般的に既に精霊使いと契約を結んでいる精霊は、新たに別の精霊使いと契約は結べないということになっている。
その常識から考えれば、アーダムが亀の精霊と契約を結べたということは、その時点で亀の精霊はシゲルの契約精霊ではなかったということになる。
正当性は自分にあると主張するアーダムに、シゲルは真正面から言い返した。
「そうだよ。だからこそ不思議なんだよ。普通は結べないはずの契約を、一体どうやって結んだんだ?」
「知るか。俺は、普通に契約を結んだだけだ。言いがかりをつけているのは、そっちだろう?」
どこまで行っても平行線をたどりそうなお互いの主張に、シゲルとアーダムは揃って厳しいまなざしをそれぞれに向けた。
その様子を傍から見ていたミラン研究室の面々もアーダムの味方をするように、緊張する様子が伝わってきた。
当然のようにそのことに気付いたフィロメナは、自然体のまま周囲を見回しながら言った。
「力で来るなら私も参加させてもらうが、止めた方がいいのではないか? 今はお互いに熱が冷めるまで引いたほうがいいだろう」
フィロメナがわざわざこの場で決着をつけないように誘導するようなことを言ったのには、きちんとしたわけがある。
先ほど少しの間だけ正気に(?)戻ったと思われるグラノームは、戻ると言っていた。
であれば、本体に戻ったと思われるグラノームから直接話を聞いた方が早いと考えたのだ。
変に騒ぎを起こして問題を大きくするよりは、まず情報を集めるほうが先決だと判断したのである。
珍しく怒りさえ表に出しているシゲルは、アーダムをにらんだまま何も言わない。
このまま一方的に、暴力的な手段でアーダムから話を聞きだしても、ろくなことにならないことはきちんと認識している。
ただ、その代わりに、絶対に言い逃れは許さないという表情でアーダムを見ていた。
変な言い逃れはさせないようにして、フィロメナの提案を飲みやすいようにしているのだ。
それに、今回の件が、アーダムのたった一人で行われたことだとはシゲルは考えていない。
偶然に偶然が重なって先ほどまでのような状況になった可能性はあるが、それはグラノームから話を聞けばわかることだ。
アーダムは、目の前で黙ったまま厳しい表情で見ているシゲルを見て、あからさまに舌打ちをした。
アーダムにもフィロメナの提案が、お互いに利にかなっていることは理解している。
折角契約した珍しい精霊が、自分の目の前で消え去ったというのは腹立たしいが、それ以上に不味い状況なのはアーダム自身がよくわかっている。
シゲルは、アーダムがあの亀の精霊を通常の方法ではないやり方で契約をしていることを確信しているようなのだ。
現状でそのことを突かれることは、アーダムにとってはあまりよろしくない状況といえる。
だからこそフィロメナの提案は時間稼ぎに丁度いいと言えるのだが、今の状況を苛立たしく思う気持ちは抑えられなかった。
アーダムの態度に一瞬その場の雰囲気が悪くなったが、それを崩したのは小さく笑ったシゲルだった。
苛立たし気なアーダムの顔を見て、それまであった怒りの感情が逆に静まったのだ。
「今回はこれで終わるけれど、いつまでも誤魔化しが通るとは思わない方がいい。もし敵対するというのであれば、きちんと覚悟を決めるといい」
シゲルは、それだけを言って踵を返した。
「おい…………!!」
突然のシゲルの態度に、アーダムが少しだけ焦った様子でそう呼び掛けたが、その時既に歩き出していたシゲルは振り返ることはなかった。
苛立たし気な様子で、それでも追うことはせずにその場に留まっていたアーダムに、フィロメナが忠告するように言った。
「いずれ決着を付けるときには、私も相手になるからな。それまで首を洗って待っているといい」
下手をすれば負け犬の遠吠えのよに聞こえるフィロメナの言葉だったが、それを揶揄する者はこの場にいなかった。
そして、それを確認したフィロメナは、どういうことなのかと不思議そうな表情をしているテクラに視線を送って、シゲルの後を追うのであった。
まずはグラノームから話を聞くことを優先。




