(12)精霊の状態
シゲルが亀の精霊から受けるグラノームの残り香は、近づけば近づくほどに強くなっていた。
それが意味するところは、シゲルが思いつく限りでは一つしかない。
まず、亀の精霊がグラノームのままであるのであれば、そもそもここまで弱い気配であるはずがない。
さらに、近づくにつれてその気配が強くなっていくということは、以前亀の精霊にグラノームが何らかの形でかかわっていた可能性が高い。
そして、これが一番重要なのだが、精霊に近付くシゲルが見て取れたのは、亀の精霊の体は間違いなくグラノームの分体であるということだった。
これはシゲルの勘でしかなく、確定的な証拠があるわけではない。
ただし、先ほどのラグの様子を見れば、まず間違いないだろうと確信ができる。
その上でシゲルが出した結論は、亀の精霊の体はグラノームの分体ではあるが、グラノームの意識――存在といってもいいかもしれない――はどこかに行っているということだ。
地の大精霊であるグラノームが、分体であるとはいえなぜそんな状態になっているかは、シゲルには分からない。
とはいえ、普通では起こりえない突発的な何かが起こったということは分かる。
その突発的な何かを、アーダムが直接的か間接的に起こしたということもだ。
分体の状態であるグラノームは、本体の能力からすればほんの僅かしか発揮することができないとはいえ、それでも異常事態とはいえる。
その異常事態がどんなものであるかはシゲルには分からないが、今の状態を考えればあまりいいものではないということは容易に想像できることであった。
そんなことを考えながら段々と厳しい表情になっていくシゲルを横目で見ながら、フィロメナはそっと声をかけた。
「シゲル……?」
「直接話を聞いてからのほうが良いと思う」
首を小さく左右に振りながらそう言ってきたシゲルに、フィロメナはただ黙って頷き返した。
シゲルの返答は何の答えにもなっていないのだが、表情を見ればあまり良くない状況だということはすぐにわかる。
その上でシゲルが言わない方がいいと判断したのであれば、それに従った方がいいと理解したのだ。
厳しい表情になっているシゲルを見て気を引き締めているフィロメナだが、表面上はあくまでも自然体のままだった。
ただ、それでも一緒に着いて来ているテクラには何かがあるということは分かっているようで、何も言わずにただ黙って着いて来ていた。
シゲルとはあまり接触のないテクラだが、今のシゲルが珍しい状態であるということは理解できる。
フィロメナのことを「お姉さま」と慕うテクラだが、何だかんだでシゲルのこともある程度は理解してきているのだ。
当然ながらアーダムは、隠れることなく堂々と近づいてくるシゲルたちにすぐに気付いていた。
それでも威嚇してくることなく、いつも通りに訓練を続けていたのは、シゲルたちが何の目的で来ているのかが分からなかったためだ。
そして、その目的が分かるまで、変に騒ぐのはみっともないだろうという考えがあった。
さらにいえば、明らかに近付いて来ていることは分かるのだが、今まで近寄りもしてこなかったシゲルとフィロメナが自分のところに来るかどうか半信半疑だったということもある。
そんな状態で変に騒いで、実は自分に用があったわけではないとなった時に恥をかくのはごめんだという考えも持っていたのである。
そんなアーダムの考えを余所に、シゲルは真っ直ぐにアーダムの元へと向かった。
そして、アーダムの目の前に来たシゲルは、真っ先に口を開いてこう切り出した。
「その精霊、一体どうやって手に入れたの?」
「なんだと…………?」
唐突すぎるシゲルのその問いかけに、アーダムは眉を寄せながらそう聞き返した。
この時のアーダムの表情は、驚きや疑問といったことよりも戸惑いが強いように、傍で見ていたフィロメナには見えた。
フィロメナには、少なくともアーダムが何かを隠しているようには見えなかった。
そのアーダムを前にして、シゲルは特に気にする様子もなく同じ問いを繰り返した。
「亀の姿をした精霊なんて珍しいと思うんだけれど、どうやって手に入れたのかと聞いているんだけれど?」
表情を変えることなく真っ直ぐに自分を見つめながら問いかけて来たシゲルに、アーダムは内心の驚きを見ぬかれないように気を付けつつ鼻を鳴らした。
「――ふん。何故そんなことをお前に教えなければならない? 普通に契約したに決まっているだろう?」
あからさまに挑発するように言ってきたアーダムに、シゲルは特に表情を変えなかった。
アーダムがこうした態度を取って来ることは、最初から予想できていたのだ。
挑発的な視線を向けて来るアーダムに、シゲルはため息をついてから応じる。
「普通に契約したなら、本来の精霊の意識が隠れているなんてことにはならないと思うんだけれど?」
「…………なんだと?」
意表をついたシゲルの言葉に、アーダムは意味が分からないという顔になって眉を寄せた。
シゲルに対しては警戒をしていたのだが、思ってもみなかったことを言われて思わず素の感想が出てしまったのだ。
そんなアーダムに、シゲルは淡々とした様子で言葉をさらに続けた。
「今のその精霊は、本来あるべき存在する力が隠れているんだよ。だから発揮できる力も中途半端で、偏った力しか出すことができないんだ」
シゲルのその言葉に、フィロメナは内心で納得していた。
シゲルが言いたいことは要するに、グラノームが作った分体としての体の部分だけが残っていて、精霊としての存在そのものはどこかに行っているというわけだ。
フィロメナは、精霊にそんなことができるなんて話は聞いたことはないが、そもそも分体というものを作りだして離れた場所にいることを知っているので、そういうことも起こり得るのだろうと理解していた。
それに対して、精霊が分体で存在できるなんてことを知らないアーダムとテクラは、意味が分からないという表情になっている。
シゲルが今言ったことは、完全に精霊を扱う者たちの常識からすれば、理解の範疇の外にあることだ。
そのためアーダムは、すぐに表情を引き締めて探るような視線をシゲルへと向けた。
「何を言っているんだ。わけのわからないことを言って誤魔化すつもりか?」
あくまでも知らぬ存ぜぬを通そうとするアーダムに、シゲルは大きくため息をついて見せた。勿論、わざとだ。
「誤魔化しているのはそっちだと思うんだけれどね。とにかく、その精霊はさっさと解放した方がいいと思うよ。君には手に負えない精霊だから」
他の大精霊に変に話が伝われば、どうあがいてもアーダムには処理のできない問題となる。
それは複数の特級精霊を従えているシゲルと勇者であるフィロメナがいる時点で同じなのだが、大精霊が出て来るよりはましな状態だろう。
とはいえ、当たり前だがシゲルがそれを口にすることはなかった。
あくまでも、大精霊たちが出て来る前に自分たちでこの問題を解決するつもりなのだ。
だが、残念ながらそんなシゲルの想いはアーダムには通じなかった。
「はっ、結局それが本音か。そこの勇者の力でも借りて、無理やり俺の精霊を奪うつもりなんだろう?」
「いや、そんなことは……」
「バカバカしい。何を言おうと結局ヤコミナの連中は、俺たちのことが羨ましいってわけだ」
何をどう解釈すればそうなるのかはシゲルには分からなかったが、アーダムの中ではそういう結論が出たらしい。
どこまで行っても話の通じないアーダムに、シゲルは本気で大きなため息をつくのであった。
というわけで、亀の精霊=グラノームの分体でした。
突っ込みを受けそうなので言ってしまいますが、どうしてそんな状態になっているかはきちんと後程語ります。
答えはその話が出て来るまでお待ちください。




