(15)戻ったグラノーム
フィロメナたちと別れたシゲルは、訓練場に残っていた研究室仲間に告げてからアマテラス号へと戻った。
フィロメナはまだ学園から戻っておらず、ラウラたちはまだ依頼を受けている最中なのでアマテラス号には誰もいない。
すぐにでもグラノームを呼び出そうかと一瞬考えたシゲルだったが、それは止めておいた。
ラウラたちはともかく、フィロメナがすぐに戻って来ることは分かっていたためだ。
折角なのでフィロメナが戻って来るまでの間、シゲルはグラノームに起こっていたことを整理することにした。
まず、グラノームの分体である亀の精霊がアーダムと契約をしていたことは紛れもない事実である。
ただし、契約をしていたのはグラノームそのものではなく、どういうわけだか亀の精霊の体の部分だけだった。
そう考えなければ、シゲルの呼びかけにグラノームが応えたという説明がつかない。
逆にいえば、グラノームそのものはアーダムと契約をしていたわけではないということだ。
あくまでもシゲルの推測だが、なにかの原因で無理やり契約を結ばれそうになったグラノームが、精神というか心の部分だけを避難させて守っていたのではないかと考えている。
だからこそ他の大精霊の呼びかけにも答えずに、シゲルが直に触った状態で復活することができたのではないかというわけだ。
今のところシゲルが得た材料で考えた推測でしかないが、恐らく間違いはないだろう。
その上でグラノームから話を聞こうとしているのは、きちんと話を聞いて確信するためだが、それ以外にも理由がある。
それは、そもそもどうやって最初に分体の精霊と契約をしようとしたのかということだ。
状況を考えれば、無理やりに契約を結ぼうとしたと考えられる。
それが事実だとすると、一つ厄介な問題が持ち上がって来るのだ。
そんなことをシゲルが考えていると、フィロメナが学園から戻ってきた。
シゲルが帰って来てから五分程度しか違いがなかったので、別れてからすぐに用事を果たして戻ってきたことはわかる。
そして、戻ってきたフィロメナは、シゲルの顔を見るなりすぐに言った。
「――面倒なことになりそうだな」
その顔を見れば、フィロメナがシゲルと似たような結論を出しているということは分かった。
「やっぱりそう思う?」
シゲルがそう問いかけると、フィロメナは引き締めた表情のまま頷き返してきた。
「地の精霊との話次第だろうが……できれば複数動くなんてことにならなければいいが、な」
「それは自分も避けたいね」
フィロメナの言葉に、シゲルも真面目な表情のまま同意した。
シゲルとフィロメナが懸念しているのは、今回の件で大精霊が複数動いてしまうことになる。
グラノーム本人は仕方がないとしても、出来れば大精霊が複数同時に姿を見せることになるのは避けたいのだ。
しかも、今回は悪い方向での出番ということはほぼ間違いがない。
もし複数の大精霊が怒りのままに力を行使すれば、どんな被害になるのか分かったものではない。
そんな事態にはなってほしくないからこその二人の言葉なのだが、ここでフィロメナがため息交じりに言った。
「それにしても強制契約か。よりによって分体とはいえ、大精霊にそんなことをしでかすとはな」
「自分も実例をこんなところで見たくはなかったよ」
そう返したシゲルも同じようにため息をついた。
以前、魔族の領域に行ったときにも聞いていた話だが、精霊の契約にはやってはいけない方法というものが存在している。
それがフィロメナが今言った強制契約で、通常の契約とは違って精霊の意思を無視して行われるものである。
当然そんな方法を精霊が認めるはずもなく、その事実が明るみになれば、大精霊が直接出てきて制裁を加えてもおかしくはない事態になる。
だからこそ各国は、精霊との強制契約を少なくとも表向きには認めてはいないのだ。
ただでさえ大精霊が動くと言われている強制契約を、大精霊に対して分体とはいえ間接的に行ったとなれば、当人だけの問題で済むはずがない。
ただ、だからこそシゲルとフィロメナはできる限り被害は小さく収めたいと考えている。
「組織があるのであればその組織まで……と行きたいところだが」
「問題は、それで済ませてくれるかどうか、だよね。……できれば学園が無くなるような事態にはなってほしくないなあ」
「本当にな」
しみじみとしたシゲルの言葉に、フィロメナも重々しく頷き返した。
学園長の人柄を鑑みるに、学園が直接強制契約に関わっているとは思えないが、それでもアーダムという人物を受け入れて教育していた事実はある。
そこまでの制裁を大精霊たちが考えるかどうかは、シゲルとフィロメナには分からないことだ。
既に何カ月も過ごした学び舎が無くなってほしくないと思うのは、シゲルもフィロメナも同じことだった。
下手をすれば学園だけでは済まない可能性もあるのだが、学園のことも含めてそこは全力で止めるというのがシゲルとフィロメナの言葉に出さない共通認識である。
それは、二人に限らずラウラたちも同じはずだ。
とにかく、今はグラノームから詳しい状況を聞くことが先だ。
「――こんなことを話していても仕方ないから、本人を呼ぼうか」
決心した様子でそう言ったシゲルに、フィロメナは再び頷いた。
「……そうだな。先延ばしにするわけにはいかないからな」
グラノームから話を直接聞くために急いで戻ってきた二人だったが、出来ることなら先延ばしにしたいと思うのは、致し方のないことなのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
少しの時間をかけて気持ちを落ち着かせたシゲルは、しっかりと名前を呼んでグラノームに契約者として話しかけた。
「グラノーム、今大丈夫かな?」
『ああ。少し待て。そちらに行く』
シゲルの呼びかけにそう応じたグラノームは、数分後にはシゲルの目の前に現れていた。
ただし、分体だった時とは違って半透明になっている。
今回はシゲルが契約者として呼んでいるので、分体とも本体とも違った形で召喚されているのだ。
それでもいつもとは違って、なんとなく疲れているようなグラノームに、シゲルは気遣うように話しかけた。
「ごめんね。まだ本調子じゃないんだよね?」
「構わん。それよりも早々に話を付けておいたほうがいいのだろう?」
「まあね。それで、一応確認なんだけれど、どういう状況だったのかな?」
「ああ、それはな――――」
シゲルの問いかけに、グラノームは何故アーダムと契約するに至ったかを話し始めた。
そして、グラノームから話を聞いたシゲルとフィロメナは、あからさまに盛大なため息をついた。
グラノームから聞いた話は、ほぼシゲルが予想した通りの内容だったのだ。
「――というわけで、強制的に契約されていたわけじゃが……慣れない分体だったとはいえ、不覚を取ったのは確かじゃな。全く、これで大精霊とは情けないものだ」
自虐するようにそう付け加えてきたグラノームに、シゲルとフィロメナはなにも言えることはなかった。
確かに、大精霊がそんな簡単に捕まってしまってどうするという突っ込みはできるが、分体だったという隙をつかれたのは事実だ。
グラノームにとっては不運、大精霊の分体だったとは知らなかったとはいえ捕まえることができた者にとっては幸運だったということだ。
それはともかく、シゲルたちにとってはこれから先グラノームがどうすることを考えているかのほうが重要である。
そのためにも、もっと詳しくグラノームから話を聞こうとするシゲルであった。
グラノームとの話し合いはもうちょっとだけ続きます。




