(16)組織の陰
大精霊であるグラノームが捕まっていたのは、当人が言っていた通りに慣れない分体の操作だったということがある。
だが、それ以外にも捕まってしまった要素はあったようで、グラノームは呆れ半分感心半分といった様子でシゲルとフィロメナに向かって言った。
「捕まるまでそこに罠があるなんて全く分からなかったからの。あそこまで見事に気配を隠しているのであれば、中級だと見破れないのではないかの? 人の探求心にはあきれるばかりじゃの」
「罠……が、あったんだ」
少し戸惑った様子で言ったシゲルに、半透明なグラノームは何度か首を上下させた。
「そういうことじゃの。あれで少しでも人の気配が少しでも近くにあれば、もっと警戒もしていたのじゃが……。まあ、それはいっても仕方ないの。完全に儂の油断じゃ」
本体ですらない分体の、しかも色々と調整を行っていた状態だったので、グラノームの力をそれで侮るものは一人もいないはずである。
それでも、やはり大精霊の一角を担っているというプライドがあるのか、グラノームは悔しさをにじませるように言っていた。
一方で、グラノームの話を聞いていたシゲルとフィロメナは、内心で多少安堵していた。
場合によっては真っ先に強制契約をしていたアーダムのところに向かって、怒りに任せて周囲に多大な損害を与えることになるのではと考えていたのだ。
目の前にいるグラノームを見る限りまだ本調子ではないことは分かるので、すぐに実行することは無理だとしても、回復次第そうなる可能性はあった。
だが、少なくとも今話を聞いている限りでは、すぐにでも特攻するということはなさそうだ。
ちなみに、シゲルとフィロメナは、(分体の)グラノームをあんな状態にしたアーダムをなあなあで済ませるつもりはかけらもない。
だからといって、その周辺を無差別に損害を負わせるつもりもなかった。
そのため、出来る限り被害を少なめに話を持って行くつもりであった。
繰り返しになるが、組織全体として学園が精霊の違法契約に関わっていない限りは、学園ごと潰れればいいなんてことはかけらも考えていないのだ。
ただ、今のところグラノームが特攻するつもりがなさそうだと分かっていても、余裕があるわけではない。
そのためにも、まずはきっちりとグラノームが捕まったときの状況を分析する必要がある。
「……無人型の設置罠か。中級でも見つけられないというのは……随分と高度な技術が使われているな」
フィロメナがそう漏らすと、シゲルは不思議そうな視線を向けた。
「そうなの? いや、そもそも禁止されていることを考えると、本来は開発も難しいのか」
「そういうことだ。少なくとも私は、無人型の精霊用罠なんて初めて聞いたぞ」
「悪い方向に知恵が働くというのは、完全に人の悪い面が出ちゃっているよねえ……」
そう言いながらシゲルがため息をつくと、フィロメナも同意するように頷いていた。
精霊を無理やり捕まえて契約をするというのは、各国が禁止していることではある。
だからといって容易に精霊という戦力が手に入る手段を手放すはずもなく、さらに一般には知られていないような技術もしっかりと開発されているようであった。
ミカエラから話を聞いていたシゲルとフィロメナが知らなかったということが、それを裏付けている。
大精霊であるグラノームが、中級精霊くらいだと引っかかると言った以上は、本当にそれくらいの技術があるということだ。
組織だって開発を進めているのか、ある小さな集団がたまたま技術を開発したのかは不明だが、あまり嬉しくない状況であることは間違いない。
それだけの技術をアーダムがたった一人で開発したとは考えずらい。
そのことを念頭に置きつつ、シゲルはグラノームへとさらに質問をした。
「一応確認するけれど、罠を置いていたのはアーダムじゃないよね?」
「さて。誰が置いたかまでは知らないが、少なくとも『儂』を回収しに来たのはあ奴ではなかったな。まあ、その時には儂自身の意識はなくなっていたからどうしようもなかったのじゃが」
「え? どういうこと?」
予想通りと予想外の二つの答えが返ってきて、シゲルは首を傾げた。
「なんじゃ。気づいておらんかったのか」
そう前置きをしたグラノームは、続けて自身(の分体)が捕まったときの詳細を話し始めた。
「罠にかかったと気付いた時には既に遅くての。儂自身の意識が縛られるとまずいと思ったので、とっさに意識だけは守れるようにと奥底に潜ったのじゃよ。それが、結果として他の呼びかけには答えられない状況になったというわけじゃ」
「なるほど。だからシゲルが触れた時には応えられたと」
納得の表情でフィロメナがそう言うと、グラノームは首を上下に振った。
「そういうことじゃの。さすがに契約者に直接触れられれば、どんなに奥まで避難していても声を聴くことはできるからの」
グラノームが、他の大精霊の呼びかけに応えられなかった理由が分かったことで、シゲルとフィロメナは納得した表情で同時に頷いていた。
分体が守れないと分かった瞬間に、意識だけは操られることがないようしっかりと守ったのは流石大精霊と言えるだろう。
まあ、そんなことをグラノームに言ったとしても、捕まったこと自体を悔やんでいるのでいっても意味がないのだが。
そのことはシゲルもよくわかっているので、特に何かを言うことはなかった。
それよりも、他に気になっていることがあったので、それを質問した。
「捕まえたのはアーダムとは別人だったようだけれど、他には誰かいた?」
「うむ。何人かを経由してあ奴のところまで行ったぞ。そもそも、あの状態の儂と契約できたのがあ奴だけじゃったのだが」
「あー、なるほど。契約できる人を伝って行った結果、アーダムのところまで行きついたってことか」
「そういうことじゃ」
最初からアーダムに渡すつもりで捕まえていたわけではなく、結果としてアーダムの元にたどり着いたというわけだ。
逆にいえば、複数人に契約を試させることができるほどに組織だった相手ということになる。
高度な罠を開発している時点である程度の組織だということは予想できてはいたが、ここでもそれを裏付けることができたというわけだ。
グラノームがあんな状態になっていた状況が理解できたと判断したシゲルは、ここである意味で最も重要な話をすることにした。
「とりあえず、状況が分かったのは良いとして……グラノームはこれからどうするつもり? できれば、その組織らしきものについてはこっちに任せてほしかったりするんだけれど……?」
「ああ。それで構わんぞ」
「やっぱり……え? あれ?」
あっさりと同意を得られたシゲルは、拍子抜けした様子で小首を傾げた。
たまたまシゲルの視界に入ったフィロメナも、似たような表情になっている。
その二人を交互を見て、グラノームはクツクツと笑いだした。
「なんじゃ。儂が怒りに任せて、この辺りに大損害を出すとでも考えておったのか?」
まさしくその通りだったシゲルとフィロメナは、気まずそうにお互い顔を見合わせる。
「まず儂を助けてくれたのが其方じゃからの。とりあえずは、思うとおりにやってみればいい。それで満足いかなければ暴れることも考えるが……それをする前にはまず相談するぞ。ああ、あと、他の者たちは気にしなくてもよい。儂から話を通しておくからの」
とりあえずはシゲルの意思を尊重すると言ってきたグラノームに、シゲルとフィロメナは相変わらず不思議そうな表情を浮かべたままだ。
「何故そんな顔をしておる。儂もただただ町の中をふらついておったわけじゃないぞ?」
分体の調整と称してグラノームが色々なところをふらついていたのは、単に物見遊山の為だけではない。
きちんと人の営みというものを見てきたうえで、今回のような判断に繋がっているのだ。
ただし、グラノームがシゲルに任せると言ってくれたとはいえ、それで完全に安心できるわけではない。
中途半端な決着をつければ、いくらグラノームが言ってくれたとはいえ、他の大精霊が黙ってはいないだろう。
そのことを考えると、さらに頭が痛くなってくるシゲルであった。




