(24)研究室の先輩たち
学園祭最終日。
アークサンドでも盛り上がるお祭りの一つである学園祭の最後の日ということもあって、会場に入って来るお客の数は今まで以上になっている。
その人の群れを見て、シゲルは「この町にこんなに人を受け入れる余地があったのか」とどうでもいい感想を抱いていた。
これだけの人がいるということは確実に街の外からのお客もいるはずで、その者たちを受け入れる宿泊施設などが足りているのかと感心したのだ。
実際には知り合いの家に泊まらせてもらっているなどもあるのだろうが、それでも普段ではありえないほどの人が学園祭を楽しんでいた。
そんなシゲルの感想はともかくとして、例年通りヤコミナ研究室の屋台はこの日も開かれていた。
最終日であるせいか、一般のお客も入ってきてはいるが、基本的には初日と変わらずに研究室の関係者が多く来ている。
当然ながらシゲルは初顔合わせという場面のほうが多い。
来ている訪問客のほうが対応に慣れているせいか、初日の時のように特に問題もなくやり取りが続いている。
研究室のフルメンバーで適当に休憩を挟みながら来客の対応をしていると、この日一番のイベントが起こった。
ヤコミナ研究室の教師であるヤコミナ本人が、何人かのお客を引き連れて屋台に顔を出してきたのだ。
「全員揃っているのね。ちょうどよかったわ」
一応昼休憩などの時間を外してはいるが、生理現象に関してはどうしようもない。
今は、たまたま全員が揃っていたので、ヤコミナは安心した顔になって頷いていた。
この時屋台の前でお客をさばいていたのは、研究室の中で一番人当たりがいいシンディーだった。
「皆さんお揃いですか」
シンディーは、そう応じながらヤコミナが連れてきたほかの面々の顔ぶれを見た。
その中には、初日にシゲルに対して謎の言葉を残していった女性――ミナも含まれている。
残る四人は全員が男性だが、皆がミナに対して気を使っているようにシゲルには見えた。
そしてその印象は、すぐに間違っていなかったことが証明されることになる。
シンディーの言葉に、ミナが五人の集団の中から一歩前に進み出て言った。
「いつも通りにすることが大切なのよ。それに、こういう時でないと皆が揃うなんてことはないじゃない」
「それもそうですね」
相変わらず微妙に緊張した様子でシンディーが頷づくと、ミナの後ろにいた男性陣の一人が言った。
「挨拶はそれくらいにして、研究室期待の新人を紹介してくれませんかね?」
男のその言葉に、ほかの三人もなにかを期待するような視線をシゲルに向けながらミナに向かって口々に同意する言葉を言ってきた。
その勢いに押されるように、ミナが半分苦笑しながらシゲルのことを男性陣に紹介をした。
ついでのようにシゲルにも男性陣の紹介をしていたが、おまけのように最後に「名前は追々覚えればいいわよ」と言っていた。
その言葉に男性陣からはブーイングのようなものが上がっていたが、ミナはどこ吹く風でやり過ごしている。
男たちは体格も性格もバラバラだが、ミナに対しては一定の敬意を払っていることが分かる。
冗談のようなやり取りが気軽にできているのも、ミナがそれを受け入れているからだということが初対面のシゲルにもすぐに察することができた。
ちなみに、ミナの紹介で判明したのだが、四人の男性は全員がヤコミナ研究室の修了生だった。
ミナが研究室の一期生であることを考えれば、男性陣の態度も納得できるものだ。
挨拶を終えてすぐに、男性の中の一人がシゲルに向かって口を開いた。
「君があの噂の新人ね。その秘密は胸ポケットにいる精霊ちゃんというわけかな?」
男が胸ポケットに収まっているリグを見ながらそう言うと、シゲルは曖昧に頷いた。
「はあ。どの噂のことかはわかりませんが、そう言うことになるのでしょうか?」
「いや。僕が質問をしているのだけれどね。聞き方が悪かったか」
小さく首を傾げているシゲルを見て、優男は苦笑をしながらそう言った。
シゲルには、意図的に広めたものを含めていくつかの噂が広まっている。
シゲル自身は、自らの噂を聞いたことはないのだが、フィロメナたちや研究室の面々から話を聞いていたのできちんと把握はしている。
ただ、男の言葉ではどの噂のことを指しているのかは分からなかったので、曖昧な返答になってしまったのだ。
優男もそのことは把握していたのか、改めて言い直してきた。
「君が精霊を育てることができるというあの噂だね」
「ああ、あれですか」
優男の言葉で、シゲルはすぐに精霊育成師のことだと分かった。
相変わらず視線をリグに向けている優男に、シゲルは少しだけの笑顔を浮かべながらさらに続けて言った。
「確かに私が育てているという側面はありますが、それで全てであるわけではありませんね」
「……というと?」
「少なくとも私が一方的に精霊を育成しているという感覚はありませんから。どちらかといえば、彼女たちに助けられている面も大きいですね」
自然体のままそう答えると、優男は真顔になってジッとシゲルを見てきた。
そのままの状態で二十秒ほどの時間が経過すると、やがて優男はフッと笑みを浮かべた。
「少し疑問に思うことはあるけれど……まあ、その子の様子を見ればそういうこともあり得るのかな?」
優男は、その子と言いながら視線を再びリグへと向けた。
優男からの視線を受けて、胸ポケットにいたリグがモゾリと動いたが、言葉を話すようなことはしなかった。
屋台を開いている間は、直接話をすることは控えるようにというシゲルの言いつけをきちんと守っているのだ。
リグのその様子に気付きつつ、シゲルは優男をまっすぐに見た。
「私が精霊を育てることができているのは、特殊な環境にあるからだというのが、常々友人から言われていることですね」
「その友人というのが誰かというのも気になるけれど……特殊な環境ね」
「勿論、その能力については秘密です。……あなたが契約している精霊の真名を教えてくれるというのであれば、考えなくもないですが」
そう言いながら意味ありげな視線を向けてきた優男に、シゲルは笑みを浮かべ返しながらそう答えた。
シゲルのその答えに、優男とその周囲にいた者たちが驚きの表情を浮かべた。
優男に契約精霊がいることは確かだが、シゲルと違って常に表に出しているわけではない。
さらに、通常は精霊と契約しているからといって、必ずしも精霊に対して名前を与えているというわけではないのだ。
シゲルの場合は、あくまでも特殊な例でしかない。
そんな事情があるため、契約精霊がいるということだけではなく、真名を与えているということを見破ったシゲルに対して驚いたというわけだ。
シゲルはシゲルで男たちの反応を見て、優男が契約精霊に真名を与えているということを知っていることを理解した。
精霊に真名を与えていることは、それが即弱点にもなりかねないことから他人に知らせることはない。
ミナも含めてそれを知っているということは、男たちがそれなりの深い関係性にあるということを示している。
当然だがシゲルは、真名に関しては必要以上には聞こえないように、小さめの声で話していた。
シゲルの言葉に驚いた表情を浮かべているヤコミナ研究室の面々を見て、優男は苦笑しながら首を左右に振った。
「――なるほど。どうやって分かったのかも気になるところだけれど……これ以上は止めておこうか。それこそ藪蛇になりかねないからね」
そう言いながら肩を竦めた優男に、今度はシゲルではなくヤコミナが言った。
「シゲルのことを甘く見たつけよ。だから止めておきなさいって言ったのに」
ため息交じりにそう言ったヤコミナを見て、シゲルは今までの会話が事前に打合せされていたことを知った。
何のために今の会話がされたのかは分からないが、少なくともシゲルにとっては知られて困るようなことは一つもない。
そのためシゲルは、謝るように少しだけ頭を下げてきたヤコミナに、苦笑しながら軽く首を左右に振るのであった。
ちなみにヤコミナは最後にあんなことを言いましたが、諸先輩方はシゲルのことを汲み易しと考えていたわけではありません。
必要があって、今回の会話をしています。




