(23)はぐれ
個人屋台の売り上げの計算を終えてアマテラス号に戻ったシゲルは、ほかの者たちがいる中で改めてラグにアーダムのことを聞くことにした。
「周りにいる精霊がおかしいっていう話だったけれど、どんな感じだったのかな?」
シゲルがわざわざアマテラス号に戻ってから聞いたのは、ラグが何やら考え込むような顔をしていたのと情報を皆で共有しておきたかったからだ。
そのシゲルの目論見通りに、フィロメナは勿論のことほかの女性陣もラグに注目をしている。
「感覚的なことなので言葉では説明しづらいのですが……」
そう前置きをしたラグは、アーダムと会ったときのことを思い出すように一度だけ天井を見てからすぐにシゲルへと視線を戻した。
「何かこう、無理やり従わされているような、言うことを聞きたくないのに聞かざるを得ないような状況に置かれている気がしたのです」
一言ずつゆっくりとそう言ったラグを見ながら、シゲルは眉をひそめてミカエラを見た。
シゲルのその視線を受けて、ミカエラは少しだけ考えるような表情になってから頷き返した。
「恐らく、同じことを考えていると思うわよ」
「やっぱりね。……できれば外れていて欲しいと思ったんだけれど」
「ただ、まだその可能性があるというだけで、絶対そうだと決まったわけではないけれどね」
盛大にため息をつくシゲルに、ミカエラは釘をさすようにそう付け加えた。
それに頷き返したシゲルが周囲を見ると、ほかの面々もシゲルとミカエラが何を言いたいのか分かっているのか揃って渋い表情を浮かべている。
ラグの言ったことからシゲルとミカエラが思い浮かべたのは、精霊を無理やりに従えて自らの力となす存在である。
それは、精霊使いとしては禁断の方法として知られているが、場合によっては普通に契約を行うよりも強い力を得ることができるために、どんなに国で規制をしたとしてもある一定数は存在していると言われている。
国としては表立って認めていないものの、裏ではこっそりと研究を続けているところもあると噂されているほどだ。
精霊を無理やりに従わせて契約させる方法がやっかいなのは、普通に精霊使いを得るよりも簡単に精霊使いを作り上げることができることだ。
しかも方法としては割と簡単にできるために、完全に根絶やしは不可能だとさえ言われている。
そんな厄介な精霊使いのことを、世間一般では『はぐれ』と呼んでいたりする。
『はぐれ』の精霊使いは、通常の契約を行っている精霊使いと比べても自己申告しない限りは見分けがつかないところがさらにことを厄介にしていたりする。
「アーダムが『はぐれ』だったとして、ミカエラは気付けなかったの?」
ミカエラであれば無理やり従わされている精霊が分かったのではないかと首を傾げるシゲルに、その当の本人は首を左右に振った。
「無理よ。直接戦ったりしたとかならともかく、どんな精霊を使っているのかも知らないんだから」
通常の精霊使いは、契約精霊をずっと表に出していることは珍しい。
シゲルのようにずっと表に出しているならともかく、単に精霊の気配だけで『はぐれ』かどうかを見分けることは、いくらミカエラでも不可能である。
そもそもラグに言われても自分は全く気付けなかったかと思い出したシゲルは、一度だけ頷いてから顎に手を当てて考える表情になった。
「うーん。そうなると、きちんと確認するにはアーダムが精霊を使うところを見ないといけないということか」
「そういうことね」
「それはそれで面倒だな」
ため息交じりにそう言ったシゲルに、フィロメナが面倒そうな顔をしながら言った。
「無理にこちらから接触する必要はないのではないか? ……あの様子だと、いずれはぶつかることになるような気もするが」
「やっぱり、そう思うよね……」
フィロメナの不吉な予言(?)に、シゲルはガクリと肩を落とした。
アーダムは、今のところ直接手を出そうというそぶりを見せることはないが、変にため込んでいる分、いつかは爆発してもおかしくはないというのがシゲルの感想だった。
学園内で会わないようにすればいいのだが、以前のようにばったりと遭遇するということは、いくらシゲルやフィロメナでも避けることはできない。
――と、そこまで考えたシゲルは、ふと思い出したようにラグを見た。
「そうか。周りを見張って貰って、近づいてくるようであれば逃げればいいのか」
「それなら大丈夫だとは思うが……本当にそんなことをするのか?」
フィロメナは、変な騒動を避けるという意味では正しいがこそこそと逃げ回るようにするのは性に合わないと言いたげに、顔を僅かにしかめた。
もっとも、シゲルも思い付きを言ってみただけで、実際にその場面を思い浮かべながら首を左右に振った。
「うん。まあ、さすがにそこまでアーダムに気を使う必要はないか」
ちょっかいをかけられたら返り討ちにするだけだと意識を切り替えたシゲルに、今度はミカエラが真顔になって言った。
「どちらにしても、『はぐれ』を放置するのは無理だと思うわよ? 今はいないみたいだけれど、土の大精霊もいるんだから」
ここ数日グラノームは姿を見せていないが、いつ何時ひょっこりとシゲルの傍に戻って来るかはわからない。
その時にアーダムが近くにいれば、グラノームはすぐに精霊の状態に気付くことができるはずだ。
そこまで考えたシゲルは、グラノームの今の姿を思い出しながら首を傾げた。
「あの状態で、そこまではっきりと見破ることができるのかな?」
本体ではなく現身だけを飛ばしているような状態だと、グラノームの力はかなり制限されている。
それは、女性陣が普通に接することができていることでも実証済みだ。
「それは分からないけれど、できると考えたほうがいいんじゃない?」
「それもそうか」
ミカエラの答えに、シゲルもすぐに頷き返した。
ここで、これまで黙って話を聞いていたラウラが、自分に注目が集まるように右手を上げながら言った。
「大精霊様の能力がどうであろうと、わたくしたちがどうするかのほうが重要なのではありませんか?」
自ら厄介ごとに突っ込んでいくのか、それとも降りかかる火の粉を振り払うだけでいいのか、それを決めるほうが大切なのではないかと言うラウラに、シゲルとミカエラは顔を見合わせてから頷いた。
「確かに」
「それもそうね」
そもそも、アーダムが『はぐれ』であるかどうかも今のところまだ決定していない。
そんな疑わしいという状態だけで決めつけて行動をすれば、余計に厄介なことになりかねない。
ラウラの言葉で先走りすぎていたと反省したシゲルは、少しだけ考えをまとめるように上空を見た。
「――うん。とりあえず、アーダムが『はぐれ』だと確定するまでは現状維持。もし向こうから何かしてきた時には、きっちりと反撃をする。――と、それでいいかな?」
シゲルは、最後にそう付け加えてフィロメナを見た。
今のところアーダムに一番目を付けられているのはシゲルだが、今日のことでフィロメナも目を付けられることになったはずだ。
アーダムは、勇者であるフィロメナに直接戦闘を仕掛けるほど馬鹿ではないと思いたいが、絶対にありえないと断言できるわけではない。
「私はそれで構わないぞ。わざわざ自分から出向くほど暇じゃないしな」
シゲルの確認に、フィロメナはあっさりと答えつつ頷き返した。
フィロメナは、降りかかる火の粉を振り払うことはするが、自ら火事場に突っ込むほど酔狂ものではない。
結局今までと何も変わらないという結論に至ったところで、シゲルたちはアーダムから別の話題へと移った。
『はぐれ』のことは気になるが、今はまだ自分たちが直接動くようなことではないと皆がそう判断したのであった。




