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(22)個人屋台二日目終了

 周りの視線を気にして引きさがって行くアーダムを意外な思いで見送っていたシゲルは、胸元から合図が送られていることに気付いた。

 今シゲルの胸ポケットには、小さくなっているラグが収まっている。

 屋台をやっている間は、大きくなっていても邪魔になるかお客から不思議な視線を向けられるために、敢えて小型化していたのだ。

「どうかした?」

 そう問いかけるシゲルに、ラグはジッとアーダムを見たまま答えた。

「あの人、なにかおかしいです」

「おかしい? ……って、あのことか」

 唐突なラグの言葉に、シゲルは少しだけ首を傾げてからすぐに昨日ミカエラが言っていたことを思い出した。

 

 ミカエラは、アーダムの精霊の扱いが悪いと言っていた。

 その扱いの悪さが、周囲にいる精霊に影響を与えているのであれば、ラグがそれを感じ取ったとしてもなんの不思議もない。

 ただ、別のことで疑問に思うことはある。

「前に会ったときには……って、そうか。あの時はラグはいなかったか」

 シゲルが直接アーダムと対面したのは、訓練場の近くであった時の一回きりだった。

 あの時にはラグはいなかったので、アーダムが纏っているおかしな気配とやらに気付けなかったのは当然だろう。

 

 シゲルは、改めてアーダムたちが立ち去った方向を見てみたが、既にかなり離れた場所にいたのでミカエラやラグのいう「おかしな気配」は感じることができなかった。

 そのため、先ほどまでの様子を思い出しながら、首をひねった。

「うーん。特になにか変わった気配があるようには思えなかったけれど……」

 シゲルがそう呟くと、相変わらず胸ポケットに収まったままのラグが首を左右に振った。

「違います。私が言いたかったのは、周囲にいる精霊の気配がおかしかったということです」

 シゲルがアーダム本人のことに言及したとわかって、ラグはそう訂正した。

 

 そのラグの言葉で、シゲルは自分が間違った認識でいたことに気付かされた。

 ミカエラの話を聞いた時もそうだったが、シゲルはあくまでもアーダム本人がおかしな雰囲気を纏わせていると思っていたのである。

「あ~、そういうことか。そっちはまったく気にしていなかったよ」

 シゲルはそう言いながらガクリと肩を落とした。

 場合によってはミカエラよりも優れているシゲルの精霊への感知能力だが、当人が意識をしなければ宝の持ち腐れでしかない。

 特に、人の近くにいる精霊というものになれていないシゲルは、精霊を意識の外に置いてしまうという悪い癖ができてしまっている。

 今までほとんど精霊使いに接することがなかった弊害が、こんなところで出てきたということになる。

 

 

 屋台の片付けをしながら微妙に反省を続けているシゲルに、フィロメナが近寄ってきて小さく首を傾げた。

「なにかあったのか? 特におかしなことはしていなかったと思うが?」

 シゲルとアーダムは多少離れたところにいたので、少なくともフィロメナの見ていた限りではなにかをされたということはなかった。

 ただ、魔法がある世界なので、目の見える範囲での距離だと裏でこっそりなにかが起こっていてもおかしくはない。

 実害の小さな嫌がらせのようなものであれば、いかにフィロメナであっても気付けないこともあり得る。

 

 少しだけ心配そうな表情になっているフィロメナに、シゲルは首を振りながら答えた。

「いや。別にアーダムになにかされたというわけじゃないよ。ただ、自分の未熟さを思い知ったというか……」

「ふむ……?」

 微妙に顔をしかめているシゲルを見てから、フィロメナはポケットから顔だけを出しているラグに視線を向けた。

 

 そして、そのラグが困った表情になっていることに気付いたフィロメナは、ことさらに笑顔を浮かべながら言った。

「なにがあったのかは後で聞くとして、さっさと片づけを終わらせてしまおうか。あとは私物をしまうくらいだろう?」

 すでに借りている屋台は綺麗になっているので、調理道具をアイテムボックスへと仕舞えば片付けは終わる。

「そうだね」

 シゲルもぐるりと回りを見回してから、頷きながらフィロメナにそう答える。

 

 ここで、屋台の前にある椅子やテーブルの片づけをしていたシンディーが首を傾げながら近寄ってきた。

「こっちは終わったけれど、何かすることはある?」

「あ、いや。あとは道具を片づけるくらいだから、もういいかな? ――あ、そうか。屋台の鍵とか返しに行かないとだめだね」

 シゲルたちが使っていた屋台は学園祭の実行委員から借りているものなので、鍵はきちんと返さないといけない。

 今までそうした事務的な手続きを行ってきたのは全てシンディーなので、シゲルはどこに鍵を返しに行けばいいのかも詳しくは分かっていないのだ。

 

「それは私がやっておくわよ。ほかにはない?」

「そうだね。あとは売り上げの清算をするくらいだけれど、それは研究室にでも行ってやっておくかな?」

 学園祭の名目が『お金を稼ぐこと』である以上、手伝いであっても給料のようなものはそれぞれに支払われる。

 敢えて人件費をギリギリまで少なくしたうえで報告するところもあるのだが、そもそも順位など気にしていないシゲルは、手伝ってくれたシンディーにはきちんと給料として払うつもりだ。

 もっとも、例え学園祭であってもある程度の相場というものが存在しているので、極端に多くの金額を出すわけにもいかない。

 その辺りのことは、経験者であるシンディーから既に話を聞いていた。

 

 シゲルから屋台の鍵を受け取ったシンディーは、きちんと施錠されていることを確認してから実行委員の元へと向かった。

 そして、それを見送ったシゲルは、道具の片づけを終えたフィロメナと共に研究室へと歩き始めた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 実行委員に屋台の鍵を返してヤコミナ研究室に入ったシンディーは、そこでシゲルたちが清算を行っているのを確認した。

 ちなみに、既に普通の人の大きさになっているラグを見て、内心で苦笑をしたがそれを口にすることはなかった。

 普通、契約精霊にそんな作業をさせることはないのだが、シゲルに関しては別枠だという認識ができているのである。

「どんな感じ? 結構行ったんじゃない?」

 ラグのことに関しては顔には出さないようにして、シンディーは敢えて机の上にまとまっている現金に視線を向けながらそう聞いた。

 

 幸いにしてシンディーの胸の内には気付かなかったシゲルは、机の上にあった一枚の紙を持ち上げながら答えた。

「どうだろう? 限られた材料で上手くやったとは思うけれど、ほかと比べるとよくわからないや」

 そもそもシゲルは、学園祭でどれくらいの稼ぐのことが一般的なのかがよく分かっていない。

 最初から一位を狙うとかであればその辺りのことも気にしたのだろうが、あくまでもトマト料理を知ってもらうことを目標にしていたので、金額のことに関しては二の次だった。

 

 そんなシゲルに苦笑を返しつつ、シンディーは紙に書かれた金額を見ながら頷いた。

「結構行ったわね。個人の一日の売り上げとしては、トップテンくらいには入れるんじゃない?」

 ここで個人と言っているのは、団体でステージなどを借り切って一度に多くのお客を受け入れているサークルなどにはかなわないからである。

 ただし、屋台部門と区切れば上位に入るのは間違いないとシンディーは考えている。

「あ、そうなんだ」

 シンディーの説明に、シゲルは嬉しそうな表情になって頷いた。

 あまり上位に入ることを意識していたわけではないが、結果として入れたのであればそれに越したことはない。

 研究生である以上、学園祭の成績が評価に直接影響されるわけではないのだが。

 

 最後の最後にアーダムが来るという余計なイベントが起こったシゲルの個人屋台だったが、結果としては大成功だったといえるだろう。

 最初の目的であるトマト料理を広めるということには、十分すぎるほどに結果を出すことができたといっていい。

 あとは最終日の研究室の屋台が残っているので、最後まで学園祭の雰囲気を楽しもうと、アーダムのことをすっかり忘れてそんなことを考えるシゲルであった。

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