(11)トマト
フィロメナに関する騒ぎが落ち着いて、以前の落ち着きに戻って何日か経ったある日。
シゲルはマリーナ、ラウラと共にアークサンドの街へと繰り出していた。
この場にフィロメナがいないのは、最近は学園でシゲルと一緒に活動していて遠慮したためである。
フィロメナも学園で常に一緒にいるわけではないのだが、そこはそれだとマリーナとラウラに言われていた。
とにかく、シゲルはまさしく両手に華の状態で街の中を散策していた。
デート気分でアークサンドの街を歩いていたシゲルたちだったが、なにか特別なことをしているというわけではない。
強いていえば、街にある店に入っては色々と物色をしているくらいだが、それもほとんどウィンドウショッピングで終わっていた。
基本的にマリーナとラウラは、散財して気分転換をするという悪癖を持っているわけではない。
吟味をしたうえで、必要な物だと思えばきっちりと購入するという決断力もある。
だからといって買い物の時間が短くなるといえばそういうわけではないのだが、それくらいのことはシゲルもわかっていたのできちんと付き合っていた。
昼食もしっかりと外で取ってデートも終盤になった頃になって、シゲルたちはいつも食材を仕入れている店に入った。
そこでシゲルは、とあるものを見つけて思わず足を止めてしまった。
「あら。こっちにもあったんだ」
「それは、なんでしょうか。果物……ではなく、野菜ですか?」
シゲルが手に取った赤くなっている食材を見て、ラウラは首を小さく傾げた。
ラウラは初めて見る食材だったのだ。
ラウラの疑問にシゲルが答えるよりも先に、たまたまほかの客がいなくて暇をしていた顔なじみのおかみが話しかけてきた。
「なんだい。あんたたちは初めてだったかい? それは最近広まり始めたもので、トマトっていうんだよ」
名前もそっくりそのままだったことで、シゲルは内心では苦笑をしつつおかみに向かって言った。
「やっぱり珍しいんだ」
「珍しいというよりかは、珍しかったというべきだろうね。最近ではこのあたりでも育てられるようになっているから、あと数年もすれば比較的簡単に手に入るようになるんじゃないか」
「なるほど。そうなんですね。それはありがたいです」
おかみの答えに、シゲルは感心した様子で頷いた。
そして、そのシゲルの答えを聞いたおかみは、楽しそうな表情になった。
「お前さんがそう言うってことは、なにか新しい料理でもできそうなのかい?」
シゲルは、この店で買い物をする際に、珍しい食材などを見つけた時には調理法なども教えてきた。
それがおかみにとってはありがたかったようで、新しいものを見つけた時などには、こうして探りを入れてきたりするのだ。
「そうですねえ。教えてもいいですが、やっぱりおまけをしてもらえるんですよね?」
「はっはっは。それは当たり前じゃないか」
冗談めかして言ったシゲルに、おかみは豪快に笑いながら頷いた。
おかみはきちんとレシピの重要性を分かっているので、ただで教えて貰えるなんてことは考えていないのだ。
ちなみにシゲルは、味噌と醤油の経験から新しい料理のレシピが高値で取引されることを知っているが、ここでは敢えて高額な取引はしていない。
その理由は単純で、おかみに教えているレシピは、これまである料理の延長程度のものでしかなかったからである。
さらにいえば、調味料とかならともかく、食材の利用方法に関しては金の払える者が占有するのではなく一般の者も知ったほうがいいと考えている。
その方が、より多くの料理が生まれるのではないかということを期待してのことだった。
というわけで、シゲルはトマトソースの作り方を口頭で簡単に教えた。
あくまでも口頭なので、細かい工夫をしていくのはおかみ次第ということになる。
そのおかみから店のお客に広まって、さらに広まって行けばなおいいというのがシゲルの目的になる。
「――というのが、基本的なスープの作り方かな。あとは、中に入れるものとか、薬味とか工夫すれば色々とアレンジできると思いますよ」
「ほー。なるほどね。生で食べるくらいしか知らなかったから、これは助かるよ」
シゲルの話を聞き終えたおかみは、感心した様子で何度か頷いた。
「それにしても、こんなに重要そうなレシピを教えて貰ってもいいのかい?」
さすがに今回のレシピは、これまでのものとは違っていると気が付いているようで、おかみが申し訳なさそうな顔になった。
「構いませんよ。いつものようにお客に伝えて貰えるのであれば。自分としては、食堂などでどんどん使われて、それぞれで工夫してもらったほうが嬉しいですね」
「はー。相変わらず無欲だね」
「いや、この場合は無欲じゃないでしょう。むしろ、色々な味付けで食べてみたいという欲にまみれていると思いますよ」
「はっはっは。それもそうか」
シゲルの答えに、おかみは笑いながら何度か頷き返すのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
最後にトマトをしっかりとゲットした帰り道で、ラウラがシゲルに向かって聞いていた。
「今回は随分と大盤振る舞いをしたようですが、きちんと理由があるのですよね?」
ラウラは、シゲルがおかみにトマトソースの作り方を教えている最中に、何度か視線を送っていた。
それは、シゲルが話しているレシピがかなり役に立ちそうなものだとわかったためで、本当にただで近い値段で教えて良いのかと確認をしていたのだ。
勿論シゲルはそれに気づいたうえで、おかみに話をしていた。
改めて言葉で問われたシゲルは、何度か頷いたうえで答えた。
「勿論。むしろ、アークサンドだからあそこまで教えたということもあるけれどね」
「というと?」
「もしほかの国であれば、王なり貴族なりが独占してしまう可能性もあるから。だったら、一応それらがいないアークサンドで根付かせてしまえばいいかなと思ったんだよ」
シゲルの言葉に少し考えるような表情になったラウラだったが、最終的には納得して頷いた。
ラウラ――というよりもこの世界では、流行は上から下に広めるものだという考えが根本にある。
そのためラウラは、シゲルの言っていることが一瞬理解できなかったのだ。
だが、きちんと考えればシゲルの言っていることも理解できる。
ただし、ラウラは勿論、シゲルも現在の流行の一般的な考え方を否定しているわけではない。
そもそも普通の一般の者から流行を広めるというのは、物が十分に行き渡っているからこそできることだ。
素材そのものが量産できているわけでもないのに、最初から全体に流行を広めようとしても、一時の流行りとして終わってしまう可能性がある。
料理のようなものを文化の一部として根付かせる為には、しっかりと技術や人材が育たないと意味がないのだ。
シゲルが店のおかみにトマトソースのレシピを教えたのは、アークサンドの特殊性とトマト自体が広まりつつあるという土壌があったからだ。
そのことを理解したので、ラウラはシゲルの言葉に同意したのである。
「それはわかったのですが、やはりもったいないと思ってしまいますね」
簡単に利権にできることをあっさりと手放したシゲルに、ラウラは為政者側の視点でそう言った。
「その気持ちは分からないではないけれど……まあ、トマトを使った料理は別にトマトソースだけじゃないからね」
「そうなのですか?」
そう言いながら期待するような視線を向けてきたラウラに、シゲルは「まあね」と頷き返した。
そしてその日の夕食で、シゲルがピザを作ってふるまうことになるのだが、やはりフィロメナが目を輝かせることになるのであった。
マリーナとラウラのデートと言いつつ、マリーナが出せなかった><
マリーナファンの皆さん(いるのか?)、すみません。
m(__)m




