(10)戦いの結末
「こ、これは……」
フィロメナが威圧を使ってすぐに、シゲルの隣に座っていたイヴァーノが呻くようにそう呟いた。
「勇者の威圧だね。さすがに学生相手ってことで、加減はしているみたいだけれど」
「か、加減? これで?」
「そりゃそうだよ。フィロメナが本気で使ったら魔王にだって影響があるんだから」
シンディーの驚きに、シゲルはあっさりとそう返した。
ちなみに、平然と話をしているように見えるヤコミナ研究室の面々だが、それは会話をすることだけで動けるかどうかとはまた話が別だ。
距離があることと椅子に座っていることから、平気そうに見えているだけである。
そんな中で、クリストフがシゲルを怪訝そうな表情で見た。
「シゲルは影響がなさそうだな?」
「そりゃあね。直接向けられているわけじゃないし、何度か戦っていれば逸らすこともできるようになるよ。……教えてって言われてもできないけれど。経験的なものだから」
こればかりは、言葉で説明をしろと言われてもできない。
結局のところ慣れと根性じゃないかと言われるとそれまでなのだが、実際にそうなのだから仕方ない。
そもそも威圧は、精神に影響を与えて動けなくするため口でどうこう説明できるものではないのだ。
シゲルたちがそんな会話をしていると、フィロメナからの威圧がさらに高まった。
この段階になるとヤコミナ研究室の面々への影響も強くなり、言葉を発することも難しくなっていた。
シゲル自身にはほとんど影響がないため周囲を見回してみると、二つ隣の席に座っていたテクラと視線があった。
「お。テクラは大丈夫なんだ」
ヤコミナ研究室の面々に比べてテクラが平然そうにしているのを見て、シゲルは感心した様子で頷いた。
「距離がある程度あって、座っているからですわ。もしフィロメナ様と対峙していれば、あそこのいる者たちと同じようなことになっていたと思いますわ」
「そうかな? 見たところ油断して近づいてきたところを反撃、くらいはできそうだけれど? それに、次からはもっとうまく躱せるようになるんじゃない?」
テクラが勇者パーティメンバー候補だったのは伊達ではない。
シゲルは、テクラを見ながら改めて実感していた。
シゲルの言葉に、テクラは苦笑しながら首を振った。
「それは別に誇れるようなことではありませんわ。同じようなことができるのは、わたくしだけではないようですから」
テクラは、そう言いながら観客席のいくつかの方向へ視線を向けた。
その視線の先には、今回の戦いには参加しなかった学園の上位者たちがいた。
「まあね。それに、今回はあくまでもフィロメナとの戦いを諦めさせることが目的だから」
実際その目的はほぼ達成されているようで、観客席に座っている多くの学生たちはフィロメナの威圧に言葉が出ない様子だった。
それを見る限りでは、模擬戦を申し込んでくるような者は限りなく減ったと考えて良いはずだ。
問題は、テクラのように威圧の影響を現時点でどうにかしている者たちだが、それは個別に対処すればいい。
今回模擬戦を行うことにしたのは、対処しきれないほどの数の申し込みが来ていたからだ。
この戦いで出した威圧に対処できないような者は、申込すら却下するという意味がある。
「そうですわね。これで少しはフィロメナ様の周りが静かになってくれればいいですわ」
「そうなってくれないと困るね。そのために、わざわざフィロメナがあの場にいるんだし。――あ。終わったね」
シゲルとテクラが会話をしている間に、フィロメナは最後の一人の首元に模擬剣を当てていた。
これで、すべての模擬戦参加者がリタイアしたということになる。
フィロメナが最後の一人にとどめを刺してすぐに威圧を収めると、それからやや遅れて審判が戦闘の終了を宣言した。
戦いとしてはほとんど見るべきところがないものだったが、模擬戦参加者と観客たちにとっては得たものは多かったはずだ。
それを理解できていない者は、今後周囲から白い目で見られることになるだろう。
勿論テクラのように実力に自信がある者は別だが、その数はさほど多いわけではない。
そういう意味では、今回の模擬戦はシゲルが言ったとおりに見事に目的を果たしたといえるのであった。
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模擬戦の終了後、フィロメナはすぐにシゲルのところに来た。
「――――どうだった?」
「うーん。まあ、ほとんど目的は果たしたんじゃない? テクラみたいに諦めていない人もいるとは思うけれど」
「それは最初から想定のうちだ。これで全員が諦めるとは思っていなかったからな」
シゲルの言葉に、フィロメナは満足げな様子で頷きながらそう返した。
フィロメナとしては、威圧を見せたうえでさらに戦いを申し込んで来るのであれば、それはそれで対処するつもりでいた。
もっとも、あの威圧に耐える実力を持つ者が、フィロメナとの実力差を感じられないはずがないとも考えているのだが。
「まあ、結果はともかく、テクラはご苦労だったな。これでどうにかいくらか熱も収まるだろう」
「は、はい。お役に立てて光栄ですわ!」
フィロメナから労いの言葉を掛けられたテクラは、僅かに頬を上気させた。
見ようによっては恋する乙女のようにも見えるが、当人にはそんな気持ちはまったくない。
あくまでもテクラは、フィロメナのことをあこがれの対象として見ているのだ。
テクラの様子に苦笑を返したフィロメナは、すぐにシゲルに視線を移し替えた。
「これで私の周囲も静かになるとは思うが、シゲルにも影響があるのではないか?」
「それはそうだろうね」
シゲルがフィロメナの旦那であることは、徐々にではあるが噂として広まりつつある。
今回の模擬戦で、その噂はさらに加速するだろう。
ただ、その影響がどう作用するかまでは今のところ全く読むことができない。
フィロメナが傍にいることで実力行使をしてくる者は減るだろうが、逆に変に突っかかって来る者が出て来る可能性もある。
それは、男女どちらかに限ったことではないだろう。
そんなことを考えていたシゲルは、ふと疑問の視線をテクラへと向けた。
「そういえば、テクラは嫉妬したりしないんだね」
「フィロメナ様が選んだ相手なのですから当然ですわ!」
「あー、うん。なるほど」
シゲル自身がというわけではなくフィロメナが選んだからという言い方に、いかにもテクラらしいとシゲルは苦笑しながら頷いた。
まあ、ここでテクラがシゲルのことを持ち上げたことを言ったとしても、素直に受け取るかどうかはまた別の話である。
シゲルのことはともかくとして、これでフィロメナに関しては大方の問題は片付いたと言っていいはずである。
「――これでも諦めないようなら、また別の方法を考えなければならないな」
シゲルとテクラの会話を笑いながら見ていたフィロメナが、そう言った。
「ほっといていいのではありませんか? あれを見てまだ突っかかって来るのは、見る目がないだけですわ」
「自分もそう思うよ。まあ、フィロメナが戦いたいというのであれば止めないけれど」
きっぱりと断言したテクラに頷きつつ、シゲルはそう付け加えた。
そのシゲルの言葉に、フィロメナは首を左右に振った。
「いや。私がそこまでの戦闘狂ではないことは、シゲルもよく知っているだろう? よほどのことがない限りは大人しくしているさ」
問題は、フィロメナが勇者であるだけに、そのよほどのことが起きそうだということだ。
フィロメナはそのことを口に出して言うことはなかったが、シゲルとテクラはきちんとそのことに気が付いて、同時に顔を見合わせるのであった。
な、何故か、シゲルとテクラがいいコンビに見えてきたのですが……?
今後、シゲルとテクラが……なんてことはまったく考えていません。(断言)
※明日の更新はお休みです。
次回は5/15からになります。




