(9)噂の解消に向けて
シゲルのテクラに対する評価の変化はともかくとして、フィロメナへの周囲の期待は日に日に高まっていた。
その期待とは、フィロメナが予想した通りに一度は直接戦える、あるいは戦うところが見ることができるのではないかというものだ。
一応戦闘系の教師陣は表向き中立的な立場を装ってはいるのだが、フィロメナだと気付くたびに向けられる視線でなにを期待しているのかは聞かなくてもわかるほどだ。
それらの声が高まっていき、ついにはフィロメナの研究室のメンバーにまでその期待が及んだところで、ため息交じりに当人が決断を下すことになった。
それまでの期間が一週間という時間だったのは、長かったのか短かったのかは立場によって変わって来る。
シゲルに話をした通りに、フィロメナは一対多で戦うことで納得してもらうことにした。
その意思を公表するや否や、学園内での期待の声がさらに大きくなったことは言うまでもない。
最終的には、あまり戦いには直接関係することのない文系の学生たちにまでその声が広がっていた。
世界的に勇者と認められている存在の戦闘が見られるのだから、そうなるのも当然である。
ちなみに、フィロメナが戦いをすると決めてから大活躍をしたのはその当人ではなく、ほぼ毎日のようにフィロメナの元を訪れているテクラだった。
テクラは、当日の会場の手配から実際に戦うメンバー、それらの情報をファンクラブのメンバーを使って各所に流すなど、シゲルの予想を超える働きをしたのだ。
そのおかげで、シゲルは勿論、フィロメナにも認められることになったのは、テクラにとっては最大のご褒美だっただろう。
テクラがフィロメナから褒められるところをシゲルは直接見ていたのだが、いまにも空を飛びそうなくらいに舞い上がっていた。
そしてフィロメナが戦いを見せるその当日、シゲルはヤコミナ研究室の面々と一緒に闘技場へと来ていた。
その席は、テクラが確保してくれた特等席だ。
シゲルたちが座っている横にはちゃっかりテクラがいるので、あの日の昼食時に話していたことを実行するつもりなのは見なくてもわかる。
席を確保してくれたお礼も兼ねて挨拶をしたのだが、その時のテクラの答えはほとんど生返事だった。
戦いの場には選抜された二十人が既にいるが、フィロメナはまだ姿を見せていない。
そのためまだ時間があるだろうと、シゲルは右隣の席に座っているイヴァーノに話しかけた。
「それにしても、こんなに広い闘技場もあったんだね」
「ああ。戦闘系は合同で集団戦も教わるからな。今は一部が観客席になっているが、その分を使えば百対百の大規模戦闘もすることができる」
イヴァーノのその答えに、シゲルは「なるほど」と答えつつ今一度闘技場を見回した。
シゲルたちがいる席は臨時で用意された椅子になっていて、戦うスペースを広げようと思えば広げられることはすぐにわかる。
周囲を見回しながら感心しているシゲルに、後ろの席にいたクリストフが話しかけてきた。
「随分と落ち着いているが、シゲルは戦うところを見たことはあるんだよな?」
「それはまあね。森の奥深くにある遺跡を調査するとなったら、やっぱり魔物はたくさん出て来るからね」
シゲルは既に、ヤコミナ研究室の面々には遺跡調査していたことを話している。
シゲルの答えにそれはそうかと頷いたクリストフは、期待するような顔でこう聞いてきた。
「じゃ、じゃあ。シゲルはこの戦いはどうなると思う? あ、単純に勝つとか言うのはなしで」
少なくともヤコミナ研究室の面々は、フィロメナが負けるとは欠片も考えていないようで、全員が頷いていた。
彼(彼女)らが興味を持っているのは、フィロメナがどういう勝ち方をするのかということだ。
「うーん。そう言われてもね。まず、戦いにはならないんじゃないかな?」
「やっぱり一瞬で倒していくとか?」
シゲルの答えに、クリストフは少しだけ首を傾げた。
シゲルは、首を左右に振って続けた。
「いや、そういうことじゃなく。そもそも戦いすら起きないんじゃないかな」
「どういうことよ?」
今度は、シゲルの後ろに座っていたシンディーがそう問いかけてきた。
「それはまあ、見てのお楽しみってことで。その通りになるかどうかも分からないし」
別にシゲルは、事前にフィロメナからどう戦うのかを聞いていたわけではない。
いちいち一人一人倒していくのは面倒なので、集団を相手に使える方法を試すのではないかと考えているだけである。
それをフィロメナが行うかどうかは、それこそその時になってみないと分からない。
そんな会話をシゲルたちがしていると、フィロメナが会場内に入ってきた。
その姿はいつもの全身鎧というわけではなく、普段の衣服に模擬剣を右手に持っているというスタイルだった。
それを見た選ばれたメンバーや会場からどよめきが上がったが、フィロメナは気にした様子もなく中央まで歩いていた。
そのフィロメナの様子に、シゲルは予想通りに進みそうだなんてことを考えていた。
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審判役の女性から諸注意を受けたフィロメナは、それが終わると視線を集まった二十人へと向けた。
中には、フィロメナの格好を見て憤っている者たちもいる。
「この格好に怒っている者もいるようだが、今回はまともに戦うつもりはなくてな。文句があれば私に一太刀でも浴びせてからにしてくれ」
その言葉に後半部はともかく前半部を正確に理解できた者は、残念ながら二十人の中にはいなかった。
それに気づいたフィロメナは、一度だけため息をついてから少しだけ離れた場所へと移動した。
フィロメナの移動を確認した審判は、一応選抜メンバーに確認を取った上で開始の号令をかけた。
そして、その声に従って選抜メンバー動こうとしたその瞬間にそれは起こった。
相対しているフィロメナからとてつもない圧力を感じたのだ。
それは、物理的な攻撃であるわけでもないのに、ほとんど身動きが取れなくなるほどの力だった。
普段は人には絶対に向けない威圧を使ったフィロメナは、感心した様子で選抜メンバーの一部を見た。
「ほう。これで動ける者がいるのか。流石は学園でも期待されているメンバーといったところか」
「くっ、な、なめるな!」
「いや、すまないな。さっき言ったとおりに、今回はまともにやるつもりはないんだ」
フィロメナはそう答えた後で、威圧のレベルをもう一段上げた。
いくら選抜メンバーといってもそこは学生の集まりでしかない。
先ほどまで使っていたレベルは、騎士団の一般騎士がどうにか動けるレベルでしかなかった。
現在は、その一般騎士は動けなくなり、階級持ちも影響を受けるレベルになっている。
さすがにその段階になると、学生レベルで動ける者は一人としていない。
それを確認したフィロメナは、威圧を継続したまま選抜メンバーへと近づいていき、悠々と終了判定となる首元へと模擬剣を当てて行った。
審判員の女性も威圧の影響を受けて動けなくなっているが、誰がどう見ても終わりの状況に反論する者はいなかった。
結局、最後の最後までフィロメナの威圧の影響を脱することができなかった選抜メンバーは、一太刀浴びせるどころか動くことすらできずに戦闘終了となるのであった。
あっさり終了。
今回は戦うことが目的ではなく、諦めさせることが目的なのでこんなものです。




