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(8)フィロメナの噂

 シゲルとテクラが出会って数日。

 アーダムが流しているシゲルの噂は、すでに下火になりつつあった。

 理由は単純で、アーダムが積極的に流していないということと、テクラがそれ以上にフィロメナに関する話をしているからである。

 というよりも、学園内で噂の中心にあったテクラがほぼ毎日のようにフィロメナのところに通うようになれば、そうなるのも当然である。

 加えて、そのフィロメナとシゲルが既に結婚済みということも一緒に噂として伝わるのだから、悪い方の噂が消えてしまうのもわかる。

 シゲルに対する悪意があるのであればともかく、そもそも学園に来てひと月も経っていない状況では、そんな感情を持っている者のほうが少ないのだ。

 勿論、そんな状況が根本的な解決にならないのは、シゲルも十分に理解している。

 ただ、フィロメナに言ったように、ヤコミナ研究室の面々が積極的に動こうとしない限りは、自分自身から動こうとはシゲルは考えていないのである。

 

 その日シゲルは、珍しくフィロメナと一緒に昼食を共にしていた。

 研究の合間に取る昼食はお互いに時間が合わなくて一緒に取ることが少ないのだが、この日はちょうどタイミングが合ったのだ。

 ちなみに、昼食は普通に学食で取っている。

 最初は弁当という提案もされていたのだが、結局学食に落ち着いていた。

 弁当の説明をしたときには目を輝かせていたフィロメナだったが、それだとシゲルの負担が大きくなるということでその案はお流れになっていた。

 

 そんな弁当事情はともかく、シゲルとフィロメナはその日の朝のうちに予定を聞いて、時間が合せることができそうであれば一緒に昼を取ることにしていた。

 といっても、なかなか時間を合わせられずに、毎日一緒というわけにはいかないのが現状である。

 そしてシゲルとフィロメナは、この日ほぼ一週間ぶりに一緒の昼食を取っていた。

「――んだけれど、たった数日で随分と仲が良くなった? ……のかな?」

 少し呆れたような顔でそう言ったシゲルの視線は、フィロメナではなくその隣に向けられていた。

 学食のテーブルでしっかりと向かい合った席を確保したのだが、フィロメナの隣には当然のようにテクラが座ったのだ。

 

 シゲルの言葉にフィロメナは苦笑を返して、テクラは誇らしげに大きく頷いた。

「当然ですわ! 勇者であるフィロメナ様の傍に、有象無象を近づけさせるわけにはいきません」

「あー。なるほど」

 確かに、学園にフィロメナがいるという噂が広まっている以上、繋がりを持ちたいという者たちが隙を見て近づこうとすることは十分に考えられる。

 ただ、その中の一人にテクラも当てはまるのだが、当人は気付いていないのか無視しているのか、その態度からは読み取ることはできなかった。

 シゲルとしては、フィロメナが許しているのであれば構わないというスタンスだ。

 そもそもフィロメナはテクラを防波堤として利用している側面もあるのだと分かっているので、シゲルからどうこう言うつもりはない。

 フィロメナであれば一緒にいるのが嫌なら嫌と言うはずなので、敢えてシゲルが忠告する必要もないのである。

 

 実際、いまにもフィロメナの元に来そうな感じで、こちらをちらちらと見ている者たちがいる。

 席に着く前からそのことに気付いていたシゲルは、フィロメナへと視線を向けた。

「色々と大変だねえ」

「まあ、予想できたことだからな。それに、シゲルも似たようなものだろう?」

「自分の場合は、そもそも噂自体が沈静化しているからね。まあ、最初から大きくなってなかったというのもあるけれど」

 シゲルの噂が広がる前にフィロメナの噂が広がったので、あまり実害らしきものはなかった。

 ちなみに、シゲルが自分に関しての噂を知っているのは、研究室の面々からの情報である。

 

 シゲルの答えに頷いているフィロメナに、シゲルはさらに続けて聞いた。

「それはともかく、フィロメナはどうするの?」

 シゲルは敢えてなんのことかは具体的に言わなかったが、フィロメナにはすぐに伝わった。

「今のところ無理に近づいてくる者もいないからな。基本的にはシゲルと同じように無視でいいだろう」

「基本的には?」

「半分はそれでいいが、聞いたところによると残り半分は、私の実力を見たいという者らしいからな。最初のうちに対応するのも悪くはないと考えている」

「なるほどね」

 フィロメナの答えに、シゲルはそう答えながら頷いた。

 

 現在フィロメナに注目している者たちの半分は、勇者と繋がりを持ちたいという者たちである。

 だが、残りの半分はフィロメナの力を見たいという者たちなので、さっさと圧倒的な力を見せつけてしまえば沈静化するというのがフィロメナの言い分だった。

 ただしその力の見せ方を間違えると次々に模擬戦を申し込まれる事態になりかねないので、どう対応するかのさじ加減は重要になってくる。

「どうするのかは決めているの?」

「さて。一対一で圧倒的に勝つか、一対多で最初のうちに叩いてしまうか。どちらにしても手加減が難しいところだな」

 一対一の場合は、圧倒的な力を見せなければならないのに相手の怪我を考慮しなければならない。

 一対多の場合は、単純に人が多いのでそれだけの数を手加減するのが面倒だ。

 どちらも一長一短があって選べないというのが、今のフィロメナの悩みである。

 

 一対一の場合は是非私と――という顔をしているテクラを視界に入れつつ、シゲルは頷きながらフィロメナを見た。

「多数で戦う場合は、どうやって選別をするの?」

「単純に、上から順番でいいんじゃないか? どうやら学園では、ランク付けがされているみたいだからな」

 学園には、ほかの街で言うところの闘技場もしっかり完備されている。

 それらの施設を使って、毎年それぞれの分野でのランク付けがされているというのだからそれを参考にすればいい。

 

 そう付け加えて説明をしてきたフィロメナに、シゲルは再度頷いた。

「へー。学園といっても、その辺はしっかりしているんだ」

 ランク付けをすれば学生たちにとっては目標になるので、向上心を持たせるには一番いい。

 戦闘系の場合は、実際に戦いで結果が出るために変な力が働きにくいということもある。

 勿論、絶対に裏で八百長の取引をしていないとは限らないのだが。

 

 とにかく、ランク上位を集めて実際に戦って見せるというのは、一定以上の効果が見込まれる。

 それは、フィロメナの隣で戦っているところが見られると目を輝かせているテクラを見れば一目瞭然だ。

「一対多で圧倒するところを見せつける。素晴らしいですわね。是非ともじっくり見てみたいですわ」

「あら。自分が戦いたいとは言わないんだ」

 てっきりそっちだろうと思っていたシゲルは、不思議そうな顔になってテクラを見た。

 

 テクラは、そのシゲルに首を左右に振った。

「ただ見せつけるためだけの戦いに参加しても、なんの実りもありませんわ。わたくしが戦うのであれば、一対一でお願いしたいところです」

 テクラは、期待を込めた視線をフィロメナに向けたが、フィロメナは首を左右に振った。

「それをすると、それこそ際限がなさそうになるからな」

「ですわね」

 あまり期待はしていなかったのか、テクラはフィロメナの答えにあっさりと同意した。

 今この段階でテクラと模擬戦をしたとしてもほかからの申し込みが殺到するだけで、フィロメナにとってはなんの意味もない。

 

 自分のところ突進してきた時には自分だけを優先するように見えたテクラだったが、どうやらフィロメナに限って言えばそれは当てはまらないようだとシゲルは考えを改めた。

 今のところはフィロメナに対して顕著にそれが出ているようだが、ほかにも見るべきところはあるかも知れない。

 そう考えると、やはり第一印象だけで決めつけをするのはよくないことだなと、シゲルはテクラを見ながらそんなことを考えるのであった。

最初はアーダムと一緒にシゲルにいちゃもんを付けてくるキャラだったはずのテクラ。

……どうしてこうなった。( ゜Д゜)

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