(5)古い神?
フィロメナが成果を発表した後は、まずミカエラに注目が集まった。
ミカエラもなにを要求されているかわかっているので、すぐに話し始めた。
「私は今のところ大した情報は集まっていないわよ? ただ、思っていた以上に、というよりも、今よりも精霊の扱いは上だったみたいね」
ミカエラがそう言うと、フィロメナが首を傾げた。
「扱いが上とはどういうことだ?」
「うーん。どういえばいいのかしらね? 今は精霊神が神の一部として扱われているけれど、もっと自然自体を敬う風潮があったように思えるのよ」
ミカエラの説明を聞いたシゲルは、すぐに自然信仰を思い出した。
それが基本にあれば、自然そのものの発現と言われている精霊がいまよりも扱いが上になるのは、それこそ自然な流れに見える。
シゲルがそのことを説明をすると、ミカエラとマリーナが顔を見合わせた。
「なるほど。確かにあり得るわ」
「興味深い考え方ね。……どちらかといえば、エルフたちが信仰しているオーラ教に近い考え方ということかしら」
マリーナは、そう言いながらさらに続けて言った。
「私の調査とも重なるのだけれど、当時はソルスター教のような一つの神を頂点とする教えを信ずる者は、少なかったようですね。全くいなかったわけではないとは思うけれど」
これも当時の記録や書籍を調べてわかったことだ。
水の町が普通に都市として機能していた当時は、一柱の万能の神がいるという考え方は少なく、自然の力そのものを畏れ、敬っていたという記録が多かったのである。
勿論、以前マリーナが教会に出した資料のこともあるので、一神教の考え方が全くなかったわけではない。
創造神のような一柱の神が存在をしていて、その神が世界や精霊たちを創り出したという教えは当時もあった。
そうした教えと自然信仰の教えが混ざり合って、フツ教のような考え方ができたのではないかというのがマリーナの現時点での推測だ。
さらにマリーナは、別の興味深い事実も発見していた。
「もう一つあるのだけれど、当時は今にはない別の宗教のようなものがあったみたいね」
今でも三大宗教と言われているように、それ以外の信仰というのは存在している。
ただ、それらすべてを含めても、似たような考え方の教えをもとにしたものがほとんどなのだ。
ところが、今回マリーナが見つけたのは、全く違う系統の教えをもとにした宗教だった。
マリーナの言葉に興味を覚えたシゲルが、視線を向けながら聞いた。
「へー、それは?」
「創造神とは全く真逆の性質を持った神様を信仰している団体ね」
マリーナがそう言うと、シゲルを除いた他の面々は、不思議そうな顔になった。
「創造神の逆? なんだ、それは?」
フィロメナが首を傾げながらそんなことを言っていた。
そもそもそういう考え方がない世界で育つと、そんな感想を持つのも当然なのかもしれない。
そんなことを考えたシゲルは、マリーナを見て言った。
「邪神とか魔神とか、そんな感じ?」
シゲルがそう聞くと、マリーナは一瞬驚いた後で、苦笑しながら頷いた。
「全く……シゲルがいた世界がどんなところだったのか、もっと話を聞いてみたいわね。――その通りよ。どうやらその信仰では、魔神と呼んでいたみたいね」
シゲルにしてみれば、なんとも定番の考え方だなとしか思わないことだったが、ほかの面々からしてみればそれどころではない。
なにしろ、世界を創る神の反対の存在がいるとされていたのだというのだから、驚かないはずがなかった。
ちなみに、この魔神だが、現在いる魔族たちとは全く関係がない。
そうでなければ、そもそもフィロメナを含めて、その存在自体知らないということにはならないはずである。
信仰するかどうかは別にして、考え方自体は伝わってきてもおかしくはないのだ。
ところが、現在の魔族たちは、人族が信仰している三大宗教と同じような信仰をしている。
人族と魔族の争いは、そうした宗教とはまた別のものとしてとらえられているのだ。
逆に、シゲルからすれば、なぜそれで世界を二分するように争うのかわからないと言いたいが、この世界で生まれた者たちにとっては、それが当たり前の常識なのだ。
マリーナの言葉を聞いたミカエラが、首を傾げながら言ってきた。
「わからないわね。折角ある世界を壊したら、なんにもなくなると思うのだけれど? そんな神を信仰してどうするの?」
「それは…………わからないわね」
マリーナが調べた限りでは、そこまでは書かれていなかった。
そういう団体がいるということだけが、その書物に書かれていたのだ。
マリーナが分からないと答えたことで、視線がシゲルに集まった。
もしかしたら魔神のことを知っていたシゲルであれば、答えを持っているかもしれないと考えてのことだ。
「あー。一応、一つの考え方としてなら話は出来るよ? でもこっちで考えられていたものと全く同じだとは思わないでね?」
シゲルが話すことで、その考え方で固定されてしまって、本来のものとかけ離れてしまっては意味がない。
「勿論だ。あくまでもシゲルの世界での考え方だと覚えておけばいいのだろう?」
念を押すシゲルに、フィロメナが頷きながらそう言った。
シゲルは、全員がフィロメナと同じような顔になっているのを確認してから話始めた。
「例えばだけれど、破壊は創造と表裏一体という考え方で、今ある世界を壊して新しい世界を創る。その最初の役目をするのが魔神だとかかな? もしくは、魔神の元で、全く新しい秩序を創り出すとか。他にもいろいろあるけれど、基本的には、今の世界が嫌だから一度まっさらにして新しく作り直すというのが元にあると思うよ」
シゲルの説明を聞いた一同は、うーんと唸った。
「言いたいことは分からなくもないが、そもそも魔神とやらが、その信者たちを新しい世界で重用するとは限らないのではないか?」
もっとも根本的で、本質をついたフィロメナの言葉に、ほかの面々も頷いていた。
その様子を見ていたシゲルも苦笑しながら頷く。
「まあね。でも、これはどの宗教もそういう傾向があると思うけれど、信仰さえしていれば、自分は救われるというのが普通じゃない?」
「確かにそういう面があることは否めないわね」
シゲルのぶっちゃけ話に、マリーナも苦笑しながら同意した。
いささか乱暴な言い方ではあるが、信仰を盾に自分は大丈夫だから何をやってもいいという極端な考え方をする者は必ずいる。
その数が多いか少ないかは、また別問題であるが。
とにかく、どういう考え方かは今のところ不明だが、魔神を信仰する宗教があったということは紛れもなく事実である。
その宗教が、なぜ現在では廃れてしまった、あるいは完全に消滅してしまったのかは、今のところ不明だ。
それは、これから調査を進めていくしかない。
とはいえ、マリーナも魔神のことだけを調べるわけではないので、おいおい分かっているはずである。
魔神の話がひと段落したところで、シゲルが最後の報告とばかりに話し始めた。
「そういえば、ディーネから皆に伝言があったんだ」
シゲルは、結晶石を貰ってからも何度かディーネと会話をしている。
その内容の多くは、エアリアルとどうでもいい話をしたとか、愚痴に近いようなものなので、一々報告するようなことではない。
ただ、今回は一つだけフィロメナたちにとっては、朗報になることをディーネから言われたのだ。
シゲルがディーネからの話と言った瞬間、その場に緊張感が漂った。
その様子に内心で苦笑しつつも、シゲルは首を振りながら言った。
「いや、大したことではないから。この町に複数あるような本で、写本とかしたいのであれば、各自数冊ずつ貸し出すのは構わないってさ」
以前、シゲルはアビーの日記を借りていた。
その際に、全く損傷なく返したので、皆に対する信用ができたのだ。
シゲルの言葉を聞いた一同の顔が、すぐに明るいものになった。
今回は長期間の滞在を予定していたが、それでも写本をするための時間はなかったのだ。
写本を始めてしまえば、一週二週単位で時間がとられてしまう。
そのことを考えなくてもよくなったというのは、調査を進める皆にとっての朗報なのであった。




