(2)精霊の結晶石
初期精霊たちの進化の条件が分かってから数日後、シゲルたちはノーランド王国にいた。
正確には、ノーランド王国内のオモニ湖にある水の町で、再調査を行っているのだ。
もう一度水の町に来たいというのはフィロメナたちの希望で、さらにラウラが一度も訪れたことがないということもあった。
今回の調査は長期間の滞在を予定している。
それは、アマテラス号という自由に移動できる拠点ができたために実現できていた。
ただ、一応ディーネが水の町を隠したがっていることは分かっているので、出入り口のすぐそばに泊めることはしてない。
ある程度の距離を離しておいて、なるべくわからなくしてあるのだ。
もっとも、水の町への出入り口は魔法的に隠蔽されているので、出入りするところを見つかったとしても、大した問題にはならないと考えている。
そんなこんなで、皆と一緒に水の町の再調査を始めたシゲルだったが、その途中でディーネが来て予想外の提案を受けることとなった。
「シゲル、今リグから聞いたけれど、結晶石が必要なんだって?」
「え? あ、はい。彼女たちが進化するのに必要なようでして……」
「なぜそのことをもっと早く言わないの。結晶石だったら私が用意できるわよ?」
「あ……」
ディーネから言われて、シゲルはようやくそのことに気付いたという顔になった。
契約精霊たちが、時間がかかるにせよ、当たり前のように作れる物を大精霊であるディーネが作れないはずがない。
ただ、シゲルの中に大精霊を便利に使っては駄目だという考えがあるため、そもそも聞くことすら思いつかなかったのだ。
今はリグを探索要員として使っていたため、その際にディーネと話をする機会があったようだ。
「す、すみません。すっかり忘れていました」
素直に忘れていたことを謝ったシゲルに、ディーネは右手をひらひらと振った。
「別に謝ってもらうほどのことでもないわ。ただ、シゲルの場合は、もう少しくらい私たちに頼ってもいいとは思うけれどね。……シゲルの考えは分からなくはないから、無理強いをするつもりはないけれど」
シゲルが大精霊たちにあまり頼らないようにしているのは、他の契約精霊とはやはり違う存在だと認識していることがある。
他の契約精霊は、『精霊の宿屋』の力を使って契約したという意識を持っているが、大精霊たちに関しては、名前を付けただけという思いが強い。
勿論、名づけが重要なことだというのは今はきちんと理解しているのだが、それでも棚ぼた的な契約だという認識がある。
そのためシゲルは、あまり自分が自由に利用していいわけではないと考えているのだ。
ディーネの言う通りに、便利に大精霊たちを使うようになれば、それに慣れてしまうというのも怖い。
そんなことを考えていたシゲルに、ディーネが苦笑しながらさらに続けた。
「そんなに深く考えなくてもいいわよ。ただ、もう少し私たちのことを思い出してほしかっただけだから」
「はあ……」
ディーネの言葉に、なんと返していいのかわからずに、シゲルはそう答えることしかできなかった。
シゲルのその反応に、ディーネはため息をついてからさらに続けて言った。
「全く……まあ、それはいいわ。それよりも、結晶石のことよ。いくつ必要なの?」
進化に必要だと分かってから作り続けているが、それでもまだ木、風、土、水の四つしかできていない。
そして、現在は木と土が作成中になっている。
「水はあと二つ必要ですね」
「そう。それじゃあ、これ。……と、言いたいところだけれど、ただで渡すとシゲルのことだから気にするわよね?」
ディーネがそう問いかけると、シゲルはコクリと頷いた。
それを見たディーネは、それじゃあと前置きをしてからさらに続けた。
「――もとになる精霊石をいくつかちょうだい。加工費は適当に色を付けてくれればいいから」
「なるほど、それはいい提案ですね」
ただでもらうのには気が引けるシゲルでも、精霊石で払って交換するというのであれば、十分商売として成り立つ。
それであれば、シゲルもなんの気兼ねもなく結晶石を受け取ることができる。
どのくらいの精霊石で交換するかは、シゲルとディーネの間で何度かやり取りをした結果、二個分の結晶石に対して二十五個の精霊石を渡すことで決着がついた。
当初、シゲルは三十個だと言っていたのだから、落ち着くべきところに落ち着いた結果である。
そして、精霊石と結晶石を交換して満足げに頷くシゲルに、ディーネが続けて言った。
「さすがに忘れていないと思うけれど、この後で他の子たちとも交換をするのでしょうね?」
「あ、はい。ディーネだけと交換すると、いろいろと言われるでしょうから」
「その通りよ。文句は私のところにも来るんだから、絶対に忘れないでね」
そう念を押してくるディーネに、シゲルは苦笑を返すことしかできなかった。
他の大精霊にも話を通すように言われたシゲルは、気になったことがあったのでそれを聞くことにした。
「ここに大精霊を呼んでも大丈夫なのですか?」
「それは問題ないわ。契約のしていない精霊を呼ぼうとするのはちょっと問題だけれど、シゲルの場合は契約も済ませているから」
「そうですか」
ディーネの答えを聞いて安心したシゲルだったが、そのセリフの中に少し引っかかることがあって首を傾げた。
少ししてその引っかかりがなにかわかったシゲルは、ディーネを見てさらに聞いた。
「――もしかしなくても、ほかの大精霊も呼び出して契約ができるのですか?」
「もちろんよ。大精霊もそれ以外の精霊も変わらないもの。それに、今のシゲルだったら契約していない大精霊を召喚することもできると思うわよ? 召喚の仕方は……私から聞くよりも自分で調べた方がいいわね」
あっさりとそう言ったディーネに、シゲルはそうなのかと考えるような表情になった。
これまでのシゲルは、流れに身を任せて大精霊と契約していた。
それが、自分の意志で契約ができるとなれば、また意識が変わってくるはずだ。
ただ、それでも『精霊の宿屋』を介して契約をした精霊とはまた違った意識になるとは思うのだが。
とにかく、今は大精霊との契約よりも結晶石を手に入れることが先である。
ディーネからの情報で、初期精霊たちがより早く進化できるようになったのは、シゲルにとってもありがたいことである。
というわけで、ディーネとの会話を終えたシゲルは、さっそく他の大精霊を呼び出すことにした。
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「――で? その結果がこれか?」
簡易テーブルの上に乗っている各種結晶石を見て、フィロメナがそう聞いてきた。
若干ジト目になっているのは、シゲルの気のせいではないはずだ。
「そういうことだね」
一応平静を保ちつつシゲルがそう返すと、他の面々は頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てた。
唯一、笑いをこらえるような顔になっているラウラが、怒りだしそうなミカエラよりも先に言った。
「まあまあ、皆さん。精霊のことに関しては、シゲルさんは常識が通用しないということを理解しましょう?」
「だからって、限度があるわよ!」
シゲルを庇うような発言をしたラウラに、ミカエラが爆発した。
本来精霊の結晶石という物は滅多に見つかるようなものではなく、その質によっては莫大な値がつけられる。
精霊石のように力のある石として使うこともできるのだが、どちらかといえば宝石としての価値のほうが高くなっている。
その値段は、天井知らずと言われていて、どこかのオークションに掛けられるとそのたびに過去最高高値がつけられるというほどの価値がある物なのだ。
その結晶石が全部で八個、テーブルの上に乗っているのだから、ミカエラでなくとも怒鳴りたくなるのは当たり前だと言えるだろう。
皆に話をしていて、さすがにやばいと理解していたシゲルは、そのミカエラに向かって言った。
「これは、『精霊の宿屋』のために使うのであって表には出さないから、騒ぎになることはないよ」
「当たり前よ!」
シゲルのフォロー(?)も役に立たなかったのか、怒れるミカエラはまだ落ち着くことはなかった。
諦めたのか受け入れたのかわからないが、既に落ち着きを取り戻したマリーナがミカエラの肩を叩いて言った。
「もうシゲルのやることだからと認めるしかないわよ。それに表に出さないと言っているのだからいいでしょう」
その言葉でようやく落ち着けたのか、ミカエラが肩を落としながら言った。
「シゲルだからという言葉だけで認めていいようなことではないと思うんだけれど……?」
「仕方あるまい。シゲルだからな」
なぜか笑顔になりながらそう念を押したフィロメナに、ミカエラは大きくため息をつくのであった。




