(9)先入観
何気ない会話の中に様々な情報を仕込ませて会話をするというテクニックを披露していたラウラは、すぐに外交官との話を打ち切った。
「それでは、わたくしたちはこの後の予定もございますからこの辺で失礼いたします」
「いえ、せっかく姫にご来城いただいたのですから、もっとお話でも……」
「そんなわけにはまいりません。それに、いまのわたくしは、ホルスタットの姫ではなく、シゲル様の付き添いで来ておりますから、そちらを優先いたします」
話をするのなら自分ではなく、シゲルに言ってねと言外に告げるラウラに、今度こそ外交官は黙ってしまった。
シゲルのことは当然知っているが、大精霊が絡むため不用意に手を出していい相手ではないことも伝えられているのだ。
その隙を縫うように、ラウラは外交官に向かって頭を下げた。
「それでは、また」
「あっ……」
ラウラにも外交官のその小さな呟きが届いていたが、聞こえなかったふりをして踵を返した。
そしてラウラは、シゲルたちに視線だけで外に出ましょうと促してきた。
シゲルたちはラウラのその判断に任せて、無言のまま歩き始めた。
余計なところに行かないようにと、案内が着いているのだが、その人物は本当にいいのかとチラチラと後ろを振り返ったりしていた。
勿論、シゲルたちはそのことに気付いていたが、揃って気付かないふりをしていた。
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城を出て近くに監視がいないことを確認したフィロメナは、ラウラを見て聞いた。
「あれでよかったのか?」
「ええ。十分です。あれ以上いても面倒な相手が増えるだけでしょうし、伝えたいことは伝えましたから」
この時点でゲルリオン帝国に伝えたかったことは、遺跡の話とラウラがシゲルと行動を共にしているという事だけだ。
それ以外のことは聞かれても答えられないし、変に長居するとぼろが出る可能性もある。
今のラウラは、ホルスタット王国のことは知らぬ存ぜぬで返してもいい立場にあるので、相手に無駄に時間を使わせるだけで終わる可能性が高いのだが。
ラウラの説明を聞いたマリーナが、何故か意味ありげな視線をシゲルへと向けてきた。
「なるほど、面倒な相手、ね」
「ええ。面倒な相手です」
マリーナの言葉に、ラウラが小さなため息をついて答えた。
シゲルもさすがにそこまでされれば、自分に関係する相手が来ることが予想されていることは分かる。
ただし、その面倒な相手というのが、どういう人物なのかが分からずに首を傾げた。
「面倒な相手って、誰?」
シゲルのゲルリオン帝国の入国は今回が初めてで、知り合いがいるわけでもない。
特に今のところ敵を作ったという覚えもないので、誰のことかが分からなかったのだ。
そんなシゲルに対して、フィロメナが少しだけ呆れた視線を向けてきた。
「おいおい。シゲルは、本当にこの件に関しては、頭が働かないんだな。私でもすぐにわかったぞ?」
「それはもう仕方がないんじゃない? それに、フィーはともかく、マリーナとラウラ姫がいれば、フォローできるでしょう?」
ミカエラがそう答えると、フィロメナは顔をしかめた。
「いや、私はともかくって……」
「事実だから仕方ないじゃない」
フィロメナの抗議に、ミカエラは肩を竦めながらあっさりとそう答えた。
フィロメナとミカエラのやり取りを笑いながら見ていたマリーナは、置いてきぼりになっているシゲルを見た。
「前回、ホルスタットの城でされたことを思い出せばすぐに分かると思うわ。あの時と同じことをされる可能性だってあったのよ?」
「あ。あー、そういうことね」
意味ありげにラウラに視線を向けたマリーナに、シゲルはなるほどという顔になった。
利益を得るために、結婚もその道具にするという意識が低いシゲルは、どうしてもそちら方面に意識が向きにくい。
もっとも、元の世界でもハニートラップという言葉があるくらいだから似たような事例はいくらでもあるのだが、少なくとも身近ではそんな話は聞いたことが無かった。
シゲルの顔を見て、ラウラは不思議そうな顔になって言った。
「わたくしが言うのもなんですが、普段はそうでもないのに、こういう話は本当に察しが悪いのですね」
「ぐっ!」
「まあ、そう言ってあげないで。私たちの世界でも跡継ぎに関わらない人は、割と関係なく過ごしているせいで鈍かったりするわよ?」
「そうなのですか」
マリーナの説明に、ラウラは初めて知ったという顔になった。
この大陸では、貴族を除く身分の者たちの長男以外になると、割と自由に恋愛を楽しんでいたりする。
それを考えれば、むしろ貴族の結婚観のほうが珍しい考えともいえなくはない。
ただし、シゲルとは違って、貴族という存在がより身近にあるために、気付きやすいということもある。
とはいえ、いつまでもこのままでいていいわけではないと考えたシゲルは、一度だけため息をついた。
「意識の切り替えが大変だけれど、ちゃんとしておかないと、いつか大変なことになりそうだ」
「そうだな。ずっとマリーナとラウラがついていてくれるわけじゃないからな」
したり顔でフィロメナがそう応じると、ミカエラが揶揄うような視線を向けた。
「あら。それでも何とかなってきたのが、フィーじゃないの?」
「ミ~カ~エ~ラ~!」
混ぜっ返してきたミカエラに、フィロメナがそう言いながら低い声を出すのを聞いて、他の面々は笑い声を上げるのであった。
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既にラウラ姫が帝都を出たという報告を聞いたダフィズは、その場でため息をついた。
「完全にしてやられたか。大精霊が関わっているから変につつかない方がいい考えたのが、完全に裏目に出たな」
「はい。申し訳……」
頭を下げようとした報告者を、ダフィズは手を振ってとめた。
「よい。会わなくてもよいと最後に決めたのは私だ。あの時点でラウラ姫がいると考えるほうが無理がある」
本来であればすべての可能性を考えなければならないのが政治だが、考えすぎて身動きが取れなくなるということもある。
手元にある情報で最善の選択をして行くのが、政治でもあるのだ。
「それにしても、よりによってラウラ姫が噂の人物と、か。よほど嫌われていると考えるべきだろうな」
敢えて誰のことかを言わなかった皇帝に、報告者は言葉を詰まらせた。
「はっ。それは……」
「あの馬鹿どもに教育を任せた私にも責任はある。……あるのだが、あんな人物に育て上げて、本当に後継者に指名されると考えているのか、あ奴らは」
ため息交じりにそう言ったダフィズに、頼れる側近である報告者が一瞬答えるべきかと考えてから口を開いた。
「自らも似たような育ち方をしているので、気付きにくいのではないでしょうか?」
「…………それはそれで頭が痛い所だな」
そう言いながら実際に頭を押さえたダフィズに、側近は何とも言えない表情を向けた。
ダフィズにとっても皇子の問題は頭が痛い所なのだ。
人々の噂に上がっているように女癖が悪いという問題はあるが、権力に任せて法を犯すような真似をしているわけではない。
乱雑で強引な性格も、為政者という立場からみれば、完全に悪いことでもない。
それを諫められる者が周囲に居れば、場合によってはその決断が国を高みに上らせることも可能だろう。
皇子の問題は、それを出来る者がほとんどいないということにある。
それゆえに、近年特に暴走しがちになっていることは、ダフィズも気にはなっていた。
いっそのこと法を犯してくれたほうが話が早いのだがとさえ考えていたダフィズは、側近に向かって言った。
「まあ、いい。それよりも、ラウラ姫のことは、きちんとあやつに伝わるようにしておけ」
「はい」
「問題は、この話を聞いた馬鹿どもがどう出てくるかだが……まあ、それはそれで利用できるか」
最後の方は独り言に近くなっていたダフィズの言葉に、側近は応じることはなかった。
ダフィズの独り言に近い呟きはよくあることなので、反応しないのが正解だとわかっているのだ。
この時すでに、ダフィズの頭の中からラウラ姫との婚約話のことは完全に消えていた。
その代わりに、これを利用して国内の問題をどうにか片付けられないかと、思考を巡らせ始めるのであった。




