(8)遺跡の話と外交官
古代遺跡の話を持って行ったシゲルたちが案内されたのは、学術を統括する部門が使っている来客用の場所だった。
それも部屋として孤立しているわけではなく、パーテーション(のようなもの)で区切られているだけのところだ。
それだけで、遺跡の話がどういう扱いになるかはわかりそうなものだが、シゲルたちは不満を顔に出すことはしなかった。
むしろ、そんなものだろうと考えていた程度だ。
これでいきなり一国のトップと会えるほうがおかしいのである。
いくらフィロメナが勇者とはいえ、国を揺るがすような強力な魔物が出たわけではないので、皇帝が対応する必要もない。
ついでにいえば、そもそも遺跡を扱っている部門は、学園を仕切っている部門とは違って閑職に近い扱いなのでそこまで立派な部屋が無いという裏事情もある。
結果として、勇者パーティを迎えるにはあり得ない場所での対応となっていた。
もっとも、フィロメナたちにとっては、話をする部屋なんてどうでもいい。
むしろ、変な貴族たちがいないだけ楽だとさえ考えていた。
ちなみに皇帝は、学術部門の遺跡担当の部署が、こんな扱いになっているとは知らず、フィロメナたちがそんな部屋(?)に通されたことも知らない。
というよりも、皇帝の側近たちもそこまで詳しくは事情をしらなかった。
古代遺跡で見つかる魔道具は、国にとっても重要な物ではあるのだが、研究よりも発掘の方に重点が置かれているので、冒険者育成のほうに力が入れられているのだ。
とにかく、そんな部屋に通されたシゲルたちは、淡々と話を進めていた。
担当者として紹介された者も、最初からいきなり国としての方針が決まるわけではないと言っていたし、フィロメナたちもそれを了承していた。
あのホルスタット王国でさえ、決定するのに何日もかかったのだから、帝国でのこの対応もおかしいことではない。
さらに、似たような話をいくつも受けているのか、その担当者も慣れた感じで話を進めていた。
ちなにもその担当者は、人当たりが非常にいい感じで、フィロメナたちも何の隔意もなく話ができていた。
「――というわけで、この世界の歴史は、一度の大きな文明が滅んだだけではなく、少なくとも二つ以上の文明があったと私たちは考えている」
「なるほど。確かにあの船という明確な証拠があれば、否定しづらいことはたしかですね」
フィロメナの説明に、担当者は何度か頷きながらそう答えた。
「ただ、私の心情としてはすぐにでも認めたいですが、やはり組織として認めるとなると、時間がかかるもので……」
「それはそうだろうな。私たちも何が何でも認めろと無茶を言うつもりはないさ」
フィロメナの答えを聞いた担当者は、ホッと安心したように息をついていた。
対面しているのが勇者だけに、そういった無理を言われると考えていたので、あっさりと引いてくれて安堵したのだ。
担当者の態度を見て内心で苦笑をしていたフィロメナだったが、それを顔に出すようなことはしなかった。
「私たちの主張は以上だが、他に何か聞きたいことはあるか?」
フィロメナがそう聞くと、その担当者はいくつか質問をして来た。
さすがに専門の部署の担当者だけあって、その質問は的確なものばかりだった。
そういう意味では、ホルスタットの謁見の間でのやり取りよりは、はるかに充実していたと言える。
結果として、この場での話し合いは、フィロメナたちにとっても実りのあるものとなっているのだ。
最後に担当者が、これまでの話を締めくくるように言った。
「これで質問は以上です。……ああ、そうだ。結果を知らせるのはどのようにしますか? 面会を希望されるのであれば、その日を知らせた手紙を郵送しますが?」
「ああ、特に会って話をするようなことでもないだろう? 郵送で済ませられるのであれば、郵送だけで構わない」
「そうですか。まあ、あとは上がどう判断するかなので、私は何とも言えませんが……とにかく、何かあれば郵送するということにします」
「そうしてくれるとありがたいな」
これからあちこちを飛び回ることになるのは目に見えているので、郵送されてもすぐに見れない可能性もある。
ただ、だからこそ、郵送で知らせるのが、一番確実な方法でもあるのだ。
最後に連絡方法を確認したところで、その担当者との話し合いは終わった。
だが、担当者と握手を交わして、パーテーションで区切られた部屋を出たところで、ちょっとした問題が起こった。
「な、なぜ貴方がここに……!?」
男性の驚いたような声が、遺跡担当の部署に響いたのだ。
その男性の反応に、その部屋にいた者たち全員が、注目するほどだった。
シゲルが声のしたほうを見ると、部屋の奥の方で、一人の派手な衣装を着た男性がラウラを見て驚いていた。
勿論、シゲルは会ったことも見たこともないので、その男性がどういう人物かは全く分からない。
それは、フィロメナ、ミカエラ、マリーナの三人も同じようで、視線をラウラへと向けていた。
そして、その当の本人は、少しだけ考えるような顔をしてから頷いた。
「確かあなたは、以前に国にいた外交官でしたね」
仲が悪い国同士とはいっても、領事館のようなところはホルスタット王国の王都に置かれていた。
その領事館に務める者として、以前に紹介されたことがあったのをラウラは覚えていたのだ。
勿論、ラウラは全ての外交官を覚えているわけではない。
ただ、敵国に近い国の外交官ということで、記憶の片隅に残っていたのだ。
そんなことをおくびにも出さずに微笑んでいるラウラに、その男は慌てた様子で近寄ってきた。
「まさか、貴方様がこちらにいらっしゃるとは思っておらずに失礼いたしました。して、何ゆえにフィロメナ殿と我が国へ?」
さすがに外交官だけあって、紹介をされずともその男はフィロメナのことをきちんと認識していた。
直接対面した記憶はフィロメナにはなかったが、謁見の間などで姿を見たことがあるのだろうと考えていた。
ここでフィロメナたちが口を挟むつもりはない。
相手もラウラのことを「隣国の姫君」として対応しているのだから、そうなるのは当たり前といえるだろう。
「貴方も、フィロメナが発表した古代文明についての話は聞いていらっしゃるのではありませんか? その話をしに来たのです」
「はあ、姫自らですか?」
外交官のその発言に、遺跡担当の担当者は目を向くようにして驚きながらラウラを見てきた。
自己紹介の時には、ラウラは自らホルスタットの姫だという事は名乗らなかったのである。
それをしなかったために、シゲルと一緒に行動していると知らせる目的を達成できなくなるところだったが、外交官のお陰で何とかなりそうだと内心で喜んでいた。
外交官の男はそう言いながら首をひねっていた。
その外交官は、二つの意味で疑問を持っていた。
一つは、なぜそんなことの為に、姫自ら動いているのかということで、もう一つは、なぜラウラ姫がフィロメナたちと行動を共にしているのかということだ。
どちらも外交官が持っている情報では、あり得ないことなのである。
ラウラは、疑問の顔になっている外交官に、何気ない様子で話を切り出した。
「ええ。私はシゲル様と行動を共にすることになりましたから」
さりげなく出されたラウラの爆弾に、流石外交官と言うべきか、表情を変えることなく頷いていた。
先ほどの不思議そうな顔は、半分以上わざとでもあったのだ。
ちなみに外交官は、ラウラがわざとフィロメナの名前ではなく、シゲルの名前を出した意図に気付いている。
「……なるほど。行動を共に、ですか」
「はい。シゲル様は、今まで会ったことがないお方で、私にとってはとても好ましいですね」
「そうですか」
笑顔になっているラウラに対して、外交官も笑顔を返してきた。
この短いやり取りの中でも、様々な情報が入っている。
たとえば、そもそもラウラ姫がシゲルの元にいるというだけでも大事になりかねない情報であるし、そのシゲルに対してラウラが好ましいと言ったことも重要な話だ。
何しろゲルリオン帝国は、ラウラ姫に対して婚約の打診をしているのだ。
その一つをとっても外交部にとっては、重要な情報になる。
その上で、さらにはシゲルに対しても同じような手を使えないかという考えも浮かんでいた。
そうした考えができるからこそ、外交官としてホルスタットという重要な国に赴任することが出来ていたのだ。
笑顔の中に見えない刃を隠してやり取りをする両者を見て、シゲルは驚いていた。
普段はおっとりとしているラウラも、こういった場ではやはり姫としての格が表に出てくる。
そして同時に、自分ではとても対応しきれないだろうなと考えているのも事実なのであった。




