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(10)ラウラの気持ち

 次の国の訪問の前にフィロメナの家に戻ってきたシゲルは、ふとした時にミカエラから質問をされていた。

「不思議なんだけれど、シゲルはなんでラウラ姫は受け入れないの?」

 フィロメナの時もマリーナの時も、シゲルは割とあっさりと受け入れていた。

 それを考えれば、ラウラに関しては、何故かグダグダとしているように、ミカエラには見える。

 優柔不断だからといえばそれまでだが、前例に従えばそこまで放置しているのは、少し不思議に見えるのも確かだったからこその問いかけだった。

 ちなみに、今この場にはミカエラとシゲルしかいない。

 敢えて誰もいない時を狙って、ミカエラは話しかけてきたのである。

 

 ミカエラの質問に、シゲルは苦笑しながら答えた。

「何故もなにも、ホルスタットの王城で言った通りだよ?」

「王城でって、あのお友達からとかってやつ?」

「いや、それもそうなんだけれど……ああ、もしかして、他の人たちも気付いていないのかな?」

 シゲルがそう呟くと、ミカエラは首を傾げた。

 

 それを見て、あの時自分が言いたかったことが通じていなかったと理解したシゲルは、これは言っておいたほうが良いだろうと考えて話し始めた。

「フィロメナもマリーナもそうだけれど、二人を受け入れたのは、自分のことを本当に好きだと思ってくれていると考えたからだよ。でも、ラウラは違うよね?」

 勿論、シゲルもラウラが打算だけで近付いて来たとは考えていないが、自分を人として好きになってくれているという確信が持てていなかった。

 あの場で言っていた「好ましい」というのと、好きであるというのでは、全く違っているというのがシゲルの考えだった。

「フィロメナとマリーナを受け入れておいて何だと思うかも知れないけれど、さすがに自分のことを好きだと思っていない人を相手にアタックできるほど、無節操ではないつもりだから」

「無節操って……確かに、言いたいことは理解できなくはないわね」

 シゲルの説明に、ミカエラは少しだけ呆れた顔をしつつも、ある程度納得していた。

 むしろ、フィロメナとマリーナとの時と違いが分かって、スッキリとした顔になっている。

 

 シゲルの言う通り、今のラウラは王から言われた婚約(仮)に従っているという態度が見え隠れしている。

 勿論、大部分はシゲルのことを好ましいと思っていることは確かだろうが、それが恋や愛になっているかといえば、微妙なところだ。

 鈍くはないシゲルだからこそ、ラウラのことを簡単に受け入れることは出来ないとしているのは、理解できるといったところだ。

 

 そんなことを考えて何度か頷いていたミカエラは、ふと椅子に座っていたシゲルの後ろ側に声をかけた。

「そういうことみたいよ?」

「えっ?」

 そう言って後ろを振り返ったシゲルは、椅子の背に隠れるようにしてしゃがんでいたビアンナを見つけた。

「エ、エート……そこで何をしていらっしゃるのでしょうか?」

 まさかそんなところにビアンナがいるとは考えていなかったシゲルは、思わず敬語になりながらそう問いかけた。

 

 もう隠れていても無意味と考えたのか、ビアンナは立ち上がりながらそれに答えてきた。

「失礼いたしました。ラウラ様の為にも、私が一肌脱ごうと考えたのですが、自分自身が動いても警戒されると思い、ミカエラ様に頼んで聞き出してもらったのです」

 それを聞いたシゲルは、パッとミカエラへと視線を向けた。

 その視線を向けて、ミカエラは首を振った。

「別にビアンナから頼まれたからだけではないわよ? 前から不思議だったのも確か。ちょうどタイミングが良かったから聞いてみただけよ」

「そう。まあ、そういうことなら別にいいか」

 シゲルとしても隠しているつもりはなかったので、その程度の感想しか持たなかった。

 むしろ、ビアンナから自分の考えがラウラに伝わるのであれば、それに越したことはない。

 さすがに自分からは、恥ずかしさが先に立って言うことはできない。

 

 ビアンナはシゲルに向かって頷きながら言った。

「シゲル様からそう仰っていただいて安心いたしました。怒られることも覚悟していたのですが……」

 自分はそこまで心は狭くないと答えようとしたシゲルよりも先に、ミカエラがビアンナに向かって言った。

「だから大丈夫だって言ったじゃない。とにかく、今の硬直した状態からは動けそうだから、十分よね?」

「はい。シゲル様の考えが分かって、安心いたしました」

 ミカエラの問いに、ビアンナは頷きながらそう答えた。


 ビアンナとしては、完全に拒否されていることも考えに入っていたのだが、そうではなくむしろラウラ側の問題だとわかって納得していた。

 相手が好きになってくれなければ自分が受け入れることはないというのは、何様だと考える者もいるだろうが、少なくともビアンナはそうは思わなかった。

 むしろ、これまで見てきたシゲルの性格や行動を見ていれば、そう考えるのは自然だと思われる。

 ついでにいえば、ラウラがはっきりしていないというのも理解できることだったので、ビアンナにはそちらに思考が向いていた。

「……確かに、シゲル様の仰ることは、一理も二理もあります。となれば、どうラウラ様に伝えるかですが……」


 ビアンナは、何やら考え込むような顔になってブツブツとそんなことを言い出していた。

 それを見たシゲルは、どうしたものかとミカエラを見たのだが、そのミカエラは肩を竦めた。

「放っておいていいんじゃない? 自分の考えに没頭しているみたいだし」

「そう? ……まあ、いいか」

 ミカエラが何かを言っても反応が無かったビアンナを見て、シゲルも応じるのであった。

 

 ちなみにビアンナは、その様子のままで歩きだしていき、自分にあてがわれている部屋へと入ってしまった。

 それを少し呆れながら見送ったシゲルとミカエラは、そのまま精霊に関する話に話題を移したのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 自室で寛いでいたラウラは、部屋に入ってきたビアンナの顔を見て、嫌な予感に襲われた。

 長い間自分の侍女として働いてくれているので、ビアンナがこんな顔をしている時は、自分にとって耳が痛い忠告をしてくれるということを、本能レベルで理解しているのだ。

 とはいえ、自分にとっては必要な忠告だという事も理解しているので、ラウラには聞かないという選択肢は取れない。

「ビアンナ、随分と怖い顔をしていますが、何かあったのですか?」

 自分に被害が及ばないようにと、ラウラは出来るだけ優し気に聞いた。

 

 そんなラウラに向かって、ビアンナは一度だけため息をついてから言った。

「何かなにも、この状況で私が姫様にいう事はひとつしかないではありませんか」

 そう言われたラウラは、すぐにシゲルとのことだと理解した。

「そうはいっても、シゲル様があのような態度では…………」

「そうですね。私も先ほどまではそう考えておりました」

「先ほどまで?」

 間髪入れずに返してきたビアンナを見て、ラウラは首を傾げた。


 そのラウラに向かって頷いたビアンナは、ズバッと切り出した。

「そうです。私も今の今まで気付いていなかったのですが…………ラウラ様、いつまでシゲル様に甘えていらっしゃるのですか?」

「甘え? ……わたくしが?」

 ビアンナの言葉に、ラウラは驚いたような顔になった。

 まさかビアンナの口からそんなことを言われるとは考えてもいなかったという顔だ。

 

 そのラウラに向かって、ビアンナはさらに続ける。

「そうです。甘えです。先ほど姫様はシゲル様の態度がと仰っていましたが、姫様ご自身はどうなのですか?」

「ですから、わたくしは……」

 受け入れているつもりですと答えようとしたラウラだったが、そこまで言ってからビアンナが何を言いたいのかに気付いた。

 

 王族が自身の感情に寄らずに婚約、結婚をするのは珍しいことではない。

 また、だからこそ、お互いにその関係が上手くいくように努力をしていくものだ。

 当然、その中から生まれてくる感情という者もある。

 結婚当時はお互いに何とも思っていなかった者同士が、時を経て仲睦まじい夫婦だと言われるような関係になることもごく普通にあり得る。

 そうしたことを、ラウラはしっかりと母親である王妃からきちんと教えられていた。

 

 ビアンナの言った「甘え」というのがどういうことなのか、それを理解したラウラはため息をついた。

「そうですか。……わたくしはシゲルさんに甘えていたのですね」

 シゲルの態度がはっきりしないからということを言い訳にして(勿論それも事実ではある)、ラウラはいまの関係を壊さないようにと逃げている。

 いつまでもそんな関係でいていいはずもなく、ビアンナはそのことをラウラに指摘したのだ。

 

 だが、そんなラウラの心情を敏感に察知したビアンナは、首を左右に振りながら言った。

「そういうことではなく……いえ、それもあるのですが、とにかく、姫様自身はシゲル様のことをどう思われているのでしょうか?」

 そうはっきりと聞いて来たビアンナに、ラウラはハタと動きを止めて、キョトンとした表情を向けた。

「わたくしが……? わたくしは、それは……」

 それだけを言ったラウラは、すぐに口を閉ざしてしまった。

 

 そのラウラの様子を見ていたビアンナは、それ以上のことを自分から言う必要はないと判断して、部屋から出て行った。

 耳まで赤くなったラウラを見れば、誰でもそう判断するだろう。

 自分の感情を殺すことに長けているラウラが、そんな反応をしたのだから、あとは当人に任せればいいと考えるのは当たり前のことであった。

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