(4)エルフの常識
ラウラへのフォローはマリーナに任せて、シゲルはミカエラとエバエルを見比べながら聞いた。
「それで? 自分とエバエルさんを会わせて、何をさせるつもりだったの?」
「あらん、もっと親しみを込めてエバと呼んで――」
「いったじゃない。エバエルには上級精霊がいるって」
エバエルの言葉を無理やりに遮ったミカエラは、さらに続けて言った。
「シゲルには、自分以外の上級精霊を見てもらって、どれくらい違うかを感じてほしいのよ」
「あ~、なるほど」
ミカエラの言葉に、シゲルは納得の顔で頷いた。
だが、逆にエバエルは不思議そうな顔になって聞いて来た。
「違いを見比べるの? そんなに違っているとは思えないけれど?」
「それは良いからあなたはシゲルに契約精霊を見せてあげて」
「あらん。随分と冷たいのね」
そんなことを言いつつも、エバエルは素直に自身の契約精霊を呼び出した。
それを見ていたシゲルは、なんだかんだ言いながらも素直な性格じゃないかいと、少し的の外れたことを考えていた。
エバエルが呼んだ契約精霊は、男性型で何故だか執事のような服を身にまとっていた。
「いい男でしょう? これが私の精霊で、セバスというのよ」
エバエルがそう紹介すると、セバスは丁寧に頭を下げてきた。
「エバエルが言うように、特に変わったところはないと思うけれど?」
セバスを見ていたシゲルは、首を傾げながらミカエラを見た。
そのシゲルに、ミカエラは呆れたような顔になっていた。
「何を言っているのよ。決定的な違いがあるでしょう?」
ミカエラからはっきりとそう断言されたシゲルは、改めてセバスを見直した。
だが、どこをどう見てもただの上級精霊にしか見えない。
ちなみにシゲルは、ずっと精霊たちを目の当たりにして来たお陰か、精霊の区別は見ただけで出来るようになっている。
「うーん。まったく分からないんだけれど?」
しばらくセバスを見ていたシゲルだったが、最後にはそう言いながら両手を上げて降参を示した。
ついでに、エバエルも同じなのか、分からないという顔をしている。
その二人を見て、ミカエラはため息をついた。
「あのねえ。セバスは、ラグやリグのように、話をしたりしていないよね?」
ミカエラがそう言うと、シゲルとエバエルはほぼ同時に驚いた顔になった。
どちらもそのことに気付いていなかったために驚いたのだが、その種類は全く正反対のものだった。
「大精霊とかならともかく、契約精霊が話をするなんて聞いたことが無いわよ!?」
「あ、やっぱりセバスって話せないんだ」
エバエルの言葉に、シゲルが思わずといった様子でそう反応した。
そのシゲルの素の表情に、エバエルは思いっきり納得した顔でミカエラを見た。
「なるほどねん。これはミカエラがシゲルを私のところに連れて来るわけね」
「納得してもらえてよかったわ。それからシゲル、あの時、私はきちんと驚いていたわよね?」
ラグたちが上級精霊になって話ができるようになった時、ミカエラは確かに驚いていた。
さらにいえば、大精霊から言葉を教えて貰ったということまでラグたちが話をしていた。
その上でその反応はどうなんだという顔をしているミカエラはなにも間違っていない。
間違っているのは、シゲルの反応だ。
ついと視線を逸らしたシゲルを見て、ミカエラは一度ため息をついてから続けた。
「正確に言えば、契約精霊は話ができない、よ」
「そうよ。少なくとも今まではそう思われていたのだけれど……ね」
エバエルは補足するようにそう言いながらラグを見て、小さくため息をついた。
「まさか、こんな可愛い彼女が、そんな高度な技術を持っているなんてね」
数多くいる精霊の中でも話が出来る存在は、それだけ力が強いとされている。
そのため、そこまで力のある精霊とは契約が出来ないというのが、これまでの通説だった。
エバエルの言葉を聞いて、納得しかけたシゲルだったが、ミカエラを見て首を傾げた。
「ミカエラは、ラグたちが話ができる理由をきちんと聞いていたよね?」
「もちろん、でもあれは特殊すぎる例だって、ラグたちが話していたでしょう?」
どうしてそっちに気付かないんだという顔をしているミカエラに、シゲルはそういえばそんな話もしたかと思い出していた。
シゲルとしては、確かに大精霊から直接教わったラグたちは特殊な存在だと理解していたが、言葉自体はほかの精霊から教われば話ができると聞いていたので、あまり重視していなかったのである。
勿論、中級精霊以下の精霊が話ができないということは、きちんと覚えている。
話ができる精霊が非常に珍しい存在だということは頭の中では理解していたが、それが実感として沸いていなかったのである。
ここで、エバエルは恐ろしいものを見たという顔をして、恐る恐る聞いて来た。
「ねえ……。もしかして、ここに来る途中で、ラグと話をしたなんてことは……」
「あー、どうかしらね? ラグは落ち着いている性格をしているから、そうそう頻繁に話をしたりはしていなかったと思うわよ」
シゲルは勿論、フィロメナたちもラグやリグが話をすることが当然になっているので、どこでどのくらい話をしたなんてことは一々覚えていない。
ただし、里に入ってから一度も話をしなかったことはないとは、断言することが出来る。
頻繁ではなかったが話をしていたということを聞いたエバエルは、盛大にため息をついた。
「……今頃、他では大騒ぎになっているんじゃない?」
「……そうかもしれないわね」
エバエルの言葉に、ミカエラも少し間を空けてからそう答えた。
ちなみに、言葉を話す精霊を連れていることでそれほど騒がれるのは、エルフの里だからということもある。
やはりというべきか、精霊使いはエルフの中に多く存在していて、一般的に伝わっている情報も多くなっている。
シゲルは、ホルスタットの王の前でラグやリグと会話をするところを見せているが、王たちはさほど驚いていなかった。
それは単に、上級精霊は話が出来ると考えていたためで、話が出来る上級精霊と契約できるということがどれほどの事なのか、実感としてあまり湧いていなかったのだ。
エルフ以外では、話ができようができまいが、上級精霊はすごい精霊としてひとくくりで見られているのである。
里の中で騒ぎが広がっていることを予想したエバエルは、そんなことを予想もしていないという顔をして立っているシゲルを見て言った。
「貴方がシゲルをここに連れてきた理由はよくわかったけれど、私程度じゃ役に立てる気がしないわね」
「そんなことないわよ。少なくとも、私が知る限りの最高の精霊使いを見せることが出来たんだから」
「……私にも多少のうぬぼれはあったけれど、シゲルを前にしたらそんなこと恥ずかしすぎて、とても言えないわね」
エバエルはそう言いながら、本日何度目かになる深いため息をついた。
そんなふたりの様子を見ていたシゲルは、フィロメナを見た。
「なんか随分と驚いているみたいだけれど、こんなもん?」
「こんなもんだな。私たちはいい意味でも悪い意味でも、規格外の存在の前に立つのは慣れてしまっているからな。ここまで素直な反応を示されるのは新鮮だろう?」
「それはまあ、ね」
フィロメナの言葉に、シゲルは苦笑しながら頷いた。
シゲルがこれまできちんと契約精霊を見せてきた相手は、王族くらいしかいない。
その王族たちは、他者の前ではあまり大袈裟な感情を見せたりしないようにしているので、エバエルのような反応を示したりはしていなかった。
そのことが、シゲルがいつまでも実感が伴わない状況にさせていたのだ。
その一点をとっただけでも、今回ミカエラがエバエルの前に連れてきた意味があったと言えるだろう。
苦笑しているシゲルの顔を見て、フィロメナはそんなことを考えているのであった。




