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第19話 新年会

十二月の半ば、地元の同級生から新年会の連絡が来た。


一月の金曜日。駅の近くの居酒屋に、十人ほど集まるという。


直人は参加すると返した。年末になってもその晩の予約は入っていなかったので、宿を休みにした。


当日は、いつもより少し早く風呂の掃除を済ませた。


しばらく会っていない顔もあった。何をしているのか、聞いてみたかった。


着替えて、迎えに来たタクシーに乗った。


店の引き戸を開けると、奥から名前を呼ばれた。


「直人、こっち」


座敷に上がると、空いている席を示された。隣は修司だった。父親の自動車整備工場を継いでいる。


「久しぶり」

「宿、今日いいの?」

「休みにした」

「悪いな」

「いや、もともと予約なかったから」


上着を脱いでいる間に、ビールが来た。


十人がそろい、誰かの短い挨拶で乾杯した。


向かいの男は、以前勤めていた会社を辞めていた。別の同級生は、今も同じ店で働いているという。


「お前、外国はもう行かないの?」

「今のところね」

「いろいろ行ってたよな」

「仕事でね」


話しているうちに、中学の担任の名前が出た。


怒ると眼鏡を外す先生だった。


「それで、こいつが『見えなくなりますよ』って」

「俺じゃないって」

「お前だよ。俺、隣にいたもん」


直人も笑った。


その先生は、出席簿の角で教卓を叩いた。眼鏡を外す前から、怒っていることは分かった。


話は、一学年上の先輩が乗っていた赤いバイクに移った。誰が後ろに乗せてもらったかで、何人かが盛り上がった。


直人は、その先輩の名前しか知らなかった。


刺身の皿が空き、唐揚げが運ばれてきた。


会話はいつの間にか三つに分かれていた。直人の向かいでは、中学のときに誰が誰と付き合っていたかを確かめている。校門で何時間待ったかで、言い合いになった。


直人は唐揚げを一つ取った。まだ熱かった。


隣の話を聞いていると、向こうでまた担任の名前が出た。


「だから、言ったのは俺じゃないって」


さっきと同じ声に、直人も笑った。


箸を置いて、壁の時計を見た。


まだ七時を少し過ぎたところだった。


空いたグラスを見つけた同級生が、瓶を持ち上げた。


「直人、飲んでる?」

「飲んでるよ」

「じゃあ、ほら」


グラスを持つと、ビールが注がれた。


「昔、もっと飲んでたじゃん」

「そうだっけ」

「飲んでたよ」


新人のころ、飲み会で学ぶこともあると先輩に言われた。


誘われれば行った。バングラデシュに三か月いたときは、帰る前に数えてみると三十回あった。


何を話したのかは、あまり覚えていない。教えてもらったこともあったし、ただ笑って帰った夜もあった。


家族ができると、帰る理由ができた。


教員をしていたころは、金曜日になると家族のいる東京へ帰った。必然的に、飲み会にはほとんど出なかった。


子どもが待っていると言えば、それ以上はあまり誘われなかった。


それは本当だった。


上司の話に相槌を打ちながら、会費のことを考えていた夜もある。


こういう席でないと本音は話せない、と言われたこともあった。直人は、その人が昼間に言ったことを思い出していた。


家族がいなくても、行かなくなっていたかもしれない。


「お前、覚えてる?」


直人は顔を上げた。


体育館の窓を割って、皆で逃げた話になった。直人も覚えていた。割れた音も、そのあと皆で走ったことも。


誰かが立ち上がって、逃げたときの格好をしてみせた。直人も笑った。


笑ってから、また時計を見た。


自分から何人かに声をかけて、飲んだこともあった。


今の仕事や、これからやってみたいことを話した。その晩は、店を出てからも話していた。


今日はもう、帰りたかった。


「次、何飲む?」


修司が聞いた。


「ウーロン茶」

「俺、もう一杯ビールにするわ」


修司は店員を呼んだ。


テーブルの向こうでは、また先生の話になっていた。


「眼鏡外したら、何も見えねえだろ」

「だから、そう言ったんだって」


さっきより大きな声で笑っていた。


直人は、取り皿の端に残ったキャベツを箸でまとめた。


ほかに話すことはないのかと思った。


向かいの男が、笑いながら目元を拭いた。隣の男は、その肩を叩いている。この話で、来年も笑うのだろう。そのときも、誰が言ったかでもめるのだろう。


直人には、次に誰と何を話しているのか、うまく思い浮かばなかった。


ウーロン茶が来た。


冷たいグラスを持つと、指に水がついた。


楽しみに来たのに、もう帰りたがっている。


向かいの男が笑う顔を見て、直人は自分のグラスに目を落とした。


「宿、どう?」


修司が聞いた。


「どうって?」

「慣れた?」

「少しは」


修司は瓶に残ったビールを、自分のグラスに注いだ。


「うちも今年、一人入れたいんだけどな」

「工場?」

「うん。親父、もうあんまりできないから」

「整備できる人を?」

「できれば。でも、なかなかね」

「若い人に教えるとか?」

「それも考えてる。教えてる間、俺の仕事が止まるけど」


直人はグラスを置いた。


「お父さんは教えられないの?」

「教えられるけど、全部自分でやっちゃうんだよ」

「ああ」

「見て覚えろって。俺もそうだったから」

「それで覚えた?」

「怒られたことのほうが覚えてる」


直人は笑った。


修司も笑い、唐揚げを一つ取った。


「宿も、そのうち人入れる?」

「どうだろう。もう少し客が増えたら」

「先に増えないと雇えないか」

「でも、増えてから探したら間に合わないかもね」

「そうなんだよな」


修司は少し黙って、唐揚げを食べた。


直人は、工場にある作業台を思い浮かべた。中学のころ、自転車のブレーキを直してもらったことがある。


「あの工場、まだ奥に——」


「修司、お前もいただろ」


テーブルの端から声がした。


「何?」

「こいつが原付で田んぼ落ちたとき」

「いたいた。引っ張り上げたの、俺だから」

「そうだっけ」

「泥だらけになったんだよ」


修司は体をそちらへ向けた。


焼き魚が運ばれてきた。


店員が置く場所を探していたので、直人は空いた皿を重ねて渡した。


修司が振り返り、何か言いかけたが、また向こうから呼ばれた。


「ちょっと待って。そこ違う」


修司は笑いながら、話を直し始めた。


直人は魚の身をほぐした。修司には、どちらの話も楽しいのだろうと思った。


会計のころ、誰かが二次会の店に電話をかけた。


直人は上着を取った。


「俺はここで」

「もう帰るの?」

「うん」

「そっか。またな」


会費を渡して、靴を履いた。帰ると言えば、それで済んだ。


外へ出ると、頬が冷えた。


店の中より静かだった。直人は息を吐き、上着のファスナーを上げた。


後ろから修司が出てきた。


「暖かくなったら、朝飯食いに行くわ」

「七時だよ」

「早いな」

「整備工場は?」

「八時半」

「間に合うね」


修司は笑って、あとから出てきた皆のほうへ歩いていった。


タクシーが来た。直人は後ろの席に乗り、宿の場所を伝えた。


車が動き出すと、スマートフォンが震えた。


新年会のグループに、写真が届いていた。乾杯のあと、店員に撮ってもらったものだった。


十人が、少しずつ体を寄せている。


直人は修司の隣にいて、笑っているように見えた。


スマートフォンをポケットに戻した。


明日の朝は、何を食べよう。


マフィンは冷凍庫にある。卵も、バターもあった。


エッグベネディクトでも作るか。


焼いたベーコンと半熟の卵に、バターとレモンのソースをかける。きっと、うまい。


直人は背もたれに体を預けた。


明日の朝食は、腹が減ってからでよかった。


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