2「少女性」
蛇口を捻る。ぬるい水が流れ出て、大皿の中へどぼどぼと流れ落ちていく。私はスポンジを水に濡らしてからぎゅっと潰す。洗剤をスポンジの上に吹きかけて、大皿を洗っていく。皿にこびり付いていたカレーの黄土色がスポンジに付着する。
私の心がまた痺れを訴える。
美音の口の中を想像する。熱を孕んだ湿った舌が、ねっとりとスプーンを舐める。ざらざらの舌の上に乗せられ、歯の元へ運ばれたカレーとご飯の粒が磨り潰され、咀嚼音を奏でる。
私が先ほど口付けた美音のスプーンが、大皿の中にできた水溜まりでぷかぷかと浮かんでいる。それを見つめていると、どこからか体へ熱気を感じる。やけに暑くて汗を掻いてしまいそうで私は風呂に入りたくなる衝動に駆られる。そこでふと、風呂場の方から扉の開く音が聞こえてきた。
美音が丁度今風呂を上がったのだろう。私は急いで皿を洗い進めて、乾燥機にかけた。
しばらくしてドライヤーの音がする。私は座卓の方に戻りテレビを観ていた。居心地が悪い訳でもないのだが、何度も足を組みかえて座り方を変える。最終的には胡坐へ落ち着いた。
居間へ美音が戻って来る。髪を乾かしたばかりの彼女の艶やかな黒髪が目に入る。私と差し向いに座って、彼女はテレビへと目をすいと動かしていく。
「ちょっと髪伸びたかもな」
美音は前髪を掻き上げながら言う。
「明日にでも髪切りにいこうかな」
「お金なら貸すよ」
「大丈夫大丈夫。お年玉が残ってるから」
正直私がお金を出してやりたかった。両親からのお小遣いは期待できない。旅行に出かけているからというのもあるが、お小遣いの金額が床屋へ行けるほどに満たないというのもある。
美音はテレビを観ながら、「美味しそう」と呟く。私もテレビを観る。丁度、豪勢な料理が映っていたシーンだった。
「私もお風呂入って来る」
そう言って私は立ち上がる。
心臓がばくばくと鳴り出した。
居間を出て廊下を進む。便所と同方向にある風呂場へ、軋む床の音を聞きながら、私は歩いていく。
脱衣所の扉を開けるなり、風呂場から漏れ出た湯気や熱気の類が私の体を包んでいった。私の心臓の鼓動がさらに激しさを増していく。
私の視線は自然と洗濯機の方へ。洗濯機の中を覗き込むようにして確認すると、やはり、美音が身に着けていたものであろう下着が底の方にあった。少女性を表したかのような上下とも白の下着だった。
洗濯は今日したばかりなので他の衣服は入っていない。私は底の方に手を伸ばして、美音の下着を手に取ろうと藻掻く。
その瞬間だった。唐突に床の軋む音が聞こえてきた。同時に裸足特有のぺたぺたという足音もまた鳴っている。
どうやら足音は脱衣所の方にまで近付いてきているようで、私は慌てた。
勢いよく洗濯機の方から体を離したものだから、勢い余って、その場に尻餅をついてしまった。物凄い音がしたからだろう、脱衣所の扉が大きく開かれた。
「大丈夫、お姉ちゃん? 凄い物音がしたけど」
「ちょっと足を滑らせただけだよ」
私はなんとか言い訳を絞り出した。
「それで、美音はどうして戻って来たの」
「あ、えっとスマホを忘れちゃって」
脱衣所にはバスタオルの入る籠があるのだが、その籠は棚に入れられている。親用と、私と美音用に、二つの籠に分けられている。棚の上にも籠があり、洗顔フォームやら化粧水やらクレンジングオイルやらと並べられたその中に、不自然と言われれば不自然に映って見えるのだが、カメラのレンズをこちら側に向けたスマートフォンが入り込んでいた。
美音はスマートフォンを取り出して、「それじゃ」とそそくさと脱衣所を出ていった。私はゆっくりと洗濯機の中を覗き込む。彼女の下着を取る気にはなれなかった。
私の行動は、もしかすれば美音に見られていたのかもしれない。彼女の置き忘れたスマートフォンだったが、敢えてカメラのレンズをこちらに向けていた可能性がある。
私が脱衣する様子を見るために置いていたわけではないだろう。なにせすぐに回収しに来た。
それ以上何も考えず私は身に着けていたものを全て脱いで、風呂へ。湯を沸かしていたから、湯気がすぐに顔へぶつかってきた。
美音の入った湯。考えただけで、私はつうっと体から迸っていく熱気を感じた。
私は急いで髪と体を洗い、風呂へ入る。全身を美音に包まれているような感覚になって、どこか心の渇きが満たされていく気がする。
美音の下着を取れなかったのは残念だが、それでも良かった。どうせこうして彼女に包まれるのだから。
浴槽に体を沈ませながら、私はただぼうっと時間の流れなど忘れて過ごす。段々と眠気が迫って来たので、私はすぐに風呂を出た。
バスマットの上に両足を乗せ、手を伸ばしてバスタオルを取り出し、体を拭いて行く。
最初からバスタオルを取り出していれば良かったのだが、脱衣の時、美音が来たこともあって私の心は落ち着いていられなかった。後から取り出したせいで、脱衣所の床が広く濡れてしまった。
私はもう一度、棚の上の籠を見やる。かつて美音のスマートフォンが入っていたそこからは、丁度私の体がレンズに捉えられそうだった。




