9話 赤ちゃん生活満喫中
次は、獲得したスキルについてだ。
少し前までは《身体》のスキルを重点的に獲得していた。これははっきりとした獲得条件がわかっていなかったのもあるが、体が動かな過ぎて不便だったという理由もある。
しかし、これ以上《身体》のレベルを上昇させてしまうと、流石に動けすぎてしまい、異常な感じになってしまうため、それ以外のレベルをあげることにした。
特にあげていたのは《癒し》のスキルだ。
前世の記憶でこのスキルはそこまで詳しく知っている訳では無いが、医者などが獲得するスキルとして《治療》というものがあったはずだ。
そっちは病気や怪我などを治すといった内容のスキルであるため、《癒し》はそういう物理的なものではなく、もっと精神的なストレスなどを癒す効果があるのだと推測した。
お母さんは初産のうえに父親も居らず、負担は大きいだろう。産まれてから少し時間が経った今でこそ俺のお世話がかなり上手になってはいるが、それでも初めてのことに苦労しているのを何度も見ていた。
そんなお母さんに俺ができることといえば、できる限りいい子にし、そのうえで目一杯可愛く振る舞うことだろう。
前世でもネットなどでこの子の可愛い姿を見たら疲れが全部吹っ飛ぶなどという投稿をよく見ていた。
それならばとお母さんが構ってくれる時は全力でかわいい赤ちゃんを演出し、それ以外の時はできる限り静かにする。いい歳したおっさんがやっていると考えればかなりきついが、お母さんのためにとできる限り頑張った。
その結果として、とろうとしていた《癒し》のスキル以外にも《好感度補正》のスキルが中々にレベルアップするといった結果となった。
さて、これまで色々調べてきた訳だが、ついにこの頃から限界が出始めた。
体を動かせないというのが原因の大部分ではあるのだが、それにしてももっと情報が得られると考えていた。
しかし、それは思わぬ原因でできなくなってしまったのだ。
それは、お母さんはテレビを見ないという点だ。
というか、この家に来てからテレビそのものを1度も見たことがない。
前世の頃の俺が死ぬちょっと前ならばスマホが普及していたためテレビを持たずにスマホだけで完結させている人も居なくはなかったが、お母さんがスマホではなく固定型の電話を使っているのも確認済みなため、俺の知ってる世界よりも技術が進んでいる訳でもなさそうだから、この時代だとテレビが無いというのは少し不自然だ。
この家も別に小さな家ではないようだし、ベビーベッドや子育てのための道具やおもちゃも別に安そうなものを使っているわけではない。
お母さん一人だとしてもお金はまぁまぁあるようなのに、テレビだけが無いというのは考えにくい。
そのうえ、ラジオや新聞なども使っている様子がないことから、ここまで来ると外部からの情報をできる限り取り入れないようにしているようにも感じられる。
動けない以上これ以上の事は知ることができないが、この誤算はかなりの痛手だ。
家に来たらニュースなどの音を聞くことによってもっとこの世の事について知ることが出来ると思ったのだが、それが出来なくなってしまった。
しかも、お母さんはあまり外に出ない。
家の中で運動をしたりしてもいるから、別にインドア派とかでも無いとは思うのだが、どうしてか外に出ようとしない。
必需品などはみこちゃんが運んできてくれているようで、買い物などにも行かないし、出るとしたら俺の健康診断などで病院に行く時くらいだ。
その時もみこちゃんに送ってもらっていて、まるでできる限り人と会わないようにしているようだった。
まさか、これがこの世界の常識なのだろうか……?
色々知りたい事は沢山あるものの、やはりこの体ではこれ以上の事はできない。
やはり、少し異常と思われてでも《身体》のスキルのレベルをあげてある程度動ける様になってしまおうか?
そうすれば調べられることももっと増えるはずだ。
だが………。
だが……。
「…………ぅ」
その時、腹の奥にじわりと嫌な感覚が広がった。
「ぅ……ぁ……」
さっきまで真剣に今後の方針を考えていたというのに、空腹を自覚した瞬間、思考の大半がそちらに持っていかれる。
いや、まだ我慢できる。ここで泣いたら、せっかく今後について考えていたのに、分からなくなって…………。
「ぅ……うぇ……」
駄目だ、泣きそう。
というか、この体になってから何度も思っているが、赤ちゃんというのは本当に空腹への耐性が低い。
前世なら昼飯が一時間遅れたくらいでどうということもなかったのに、今では少し腹が減っただけで全身が飯を寄越せと訴え始める。
「うぇ……うぇぇ……!」
耐えろ、俺は大人だ、この程度の空腹何とも……。
「おぎゃああああああ!」
無理でした。
「あっ、はじめー?お腹空いたの?」
すぐに別の部屋から足音が聞こえてくる。少しして、お母さんがこちらへやって来た。
「よしよし、ごめんね、お腹空いたね」
俺を抱き上げ、背中を優しく撫でる。
「ほら、大丈夫だよー。すぐご飯にしようねー」
「ふぇ……」
はぁ、落ち着くわー。
お母さんはすぐに駆けつけ、俺の不快を一瞬で取り除いてくれる。
最高すぎる、最高の人生だ。
で、えっとなんだっけ?
……そうそう、《身体》のスキルをあげて早く動けるようになって情報収集した方がいいか、だったな。
まぁ、それが出来ればお母さんも楽できるだろうし、俺も早くこの世界のことが知れるようになり、今後のことについても色々と考えられる。
だが…………。
「…………ふふ、可愛い。眠くなっちゃったんだね……ゆっくり寝るんだよ?」
「…………」
この生活は、あと一年やそこらでこの全てのことをお母さんに任せられる生活は無くなってしまうのだから、今のうちに満喫して置いた方がいいのではないだろうか?
お母さんだって、大変かもしれないが、可愛い赤ちゃんを世話したいと思っているはずだ。
だったら……今はこのままでいよう。
俺の瞼はどんどんと重くなっていき、視界が闇に包まれていく。
しかし、不安は無い。
「おやすみ……はじめ」
その温かな声に包まれると、幸せしか感じられなかった。




