60話 家出少女
北海道では春の訪れが本州よりも少し遅れてくる。
そのため、入学式が終わり数日経っていたとしても雪がまだ残っているということは特に珍しいことではない。
気温もまだ少し肌寒く、寒がりな人達はまだ厚着をしたりもしている。
かくいう俺は特に寒がりとかそういうわけでは無いのだが、中学校生活が始まって早数週間、俺はとある理由で薄着をして来た事を後悔していた。
「……やっぱりあれ、そうだよね、あの距離感は2人共と付き合ってるって事だよね?」
「うわー、女の敵って感じ? 可愛い面してやる事やってるって事ね!」
廊下を歩いていると、そんな声が他のクラスの女子から聞こえてくる。
その原因について、俺は心当たりがある。
「悠莉、はじめと距離近い、離れて」
「えっ、いや別に、普通だよ」
俺の右手側には普通と言いつつも顔を真っ赤にして明らかに意識しながらも俺の腕を抱く悠莉の姿があった。
そして、左手側にはそんな悠莉の様子を見て圧をかける陽芽の姿があった。
2人共中学生になる頃にはかなり可愛らしく成長して、特に悠莉は色々と成長しており、傍から見れば両手に花、そして本人も花というような状態になっている。
「くそっ! なんであいつばっかモテてるんだよ、せっかく中学生デビュー? したのに、可愛い子2人も取られてるじゃねぇか!」
「まぁ、諦めろ、自分の顔よく見てみろよ……な?」
「あぁ、可愛い所3人が戯れてるのはまさに楽園だな」
「ん?」
そのせいか、女子以外からも嫉妬の目やらなんやらを向けられる事が多々あり、少し居た堪れない気持ちだ。
小学生の頃も陽芽はこうやってくっついてくることはあったが、それは1年生の頃からで、からかってきていた悠莉も今では仲良しな上、その現場を見たり聞いたりした同級生からもからかわれなくなっていたので、特に困ったことはなかった。
しかし、今俺たちがいるこの場所は中学校だ。
何校かの小学校から人が集まっているこの場所では当然俺達のことについて知らない人達も多数いる訳で、そうなればこうなる事は事前に考える事はできた。
できたのだが……。
「あの、2人とも、ちょっと離れたりって」
「だめ、そんな事したらはじめの右腕が取られちゃう」
「わ、私も離れたく無い!」
「……さいですか」
2人は食い気味にそう答え、俺の腕を離そうとする様子を一切見せない。
俺は周囲から向けられる視線から逃げるように、少しだけ俯いた。
陽芽は昔からこんな調子だからまぁ分からなくもないが、悠莉はあの一件以降、俺の事を少々怖がっているような節があり、仲良くはしていたが、偶に近づいたりすると顔を真っ赤にして逃げてしまったりもしていた。
だから、はっきりいってこんな様子になるなんて1ミリたりとも思っていなかった。
どうして悠莉がこうなってしまったのか、話は卒業式の数日後まで遡る。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はじめ! いるー!?」
卒業式が終わり、中学生になるまでの準備期間中、俺はそうそうにやる事を終わらせ、ソフト開発に打ち込んでいた。
中学生になったらまた新しい事も始めたいなと考えていた為、今作っているものを完成させておこうと思っていたのだ。
そんなある日、お母さんが用事で出掛けている間、俺を呼ぶ元気な声が聞こえてきた。
俺はその声の主に心当たりがあったため、不思議に思いながらも玄関へと向かった。
「えっと、なんでここに居るの?」
「…………家出してきたの、とりあえず家入ってもいい?」
「えっ、はっ、家出!?」
「ちょ、声大きいよ!」
悠莉は周囲をきょろきょろと見回した後、俺の背中を押すようにして家の中へ入ってきた。
俺としても玄関先で家出少女と会話を続けるのは非常によろしくないので、とりあえず中へ入ってもらう。
「それで、何があったの?」
「…………」
リビングへ移動し、悠莉の前にお茶を置く。
悠莉はそれを両手で持ちながら、何とも言えない表情で俯いていた。
服装を見る限り、計画的に家出してきたという訳ではなさそうだ。
大きな荷物も無ければ着替えも持っていない、どう考えても勢いで飛び出してきた類の家出である。
悠莉は少し俯いたまま、話し始める。
「えっと、さっき家出って言ったんだけど、実はちょっと違くて、その、ちょっと相談に乗ってもらって、その返答次第で本当に家出するか決めようかな……みたいな」
「んー?」
要領を得ない話し方に首を傾げながらも、俺は急かさずに悠莉の言葉を待つ。
どうやら相当言いづらい内容らしく、何度も口を開いては閉じ、視線を泳がせていた。
「その……変なこと聞くんだけど」
「うん」
「普通の家族って、どんな感じなのかなって……」
「普通?」
「うん、その、お父さんと娘っていうか……」
悠莉はしばらく黙り込んだ後、意を決したように顔を上げる。
「……パパに胸を触られるのって普通の事なのかな?」 「なんですって?」




