53話 知らない表情
夜はみこちゃんの提案で、男女に別れて寝ることになった。
はじめは家族ごとに別れるという話になったのだが、結局みこちゃんがこういう時はそういうのに関わらず男女で分けた方がいいと提案したため、そのままその案が通った感じだ。
「くくく、まぁ、今日は一旦停戦協定を結ぼうじゃないか、ここで問題を起こすと陽芽も悲しむからな」
「はぁ、そうですか」
この人は毎度のように俺と陽芽を引き剥がそうとしてくるし、デリカシーも無いからあまり好きではないのだが、陽芽の事を大切に思っていると言うことは、これまでの付き合いでも十分に分かっている。
だからまぁ、俺も本気で嫌っているという訳ではない。
「というか、停戦って……俺、別に戦ってるつもり無いんだけど」
「甘いな、はじめ、父親にとって娘に近付く男は、産声を上げた瞬間から敵なんだよ」
「範囲広すぎない?」
「当然だ!」
何故か胸を張って言い切られてしまった。
というか、特に俺から近づいてる訳でもないんだがな。
「さぁ、もう寝るんだ、寝不足だと車酔いするぞ?」
「分かってるよ」
それに、なんだかんだ言ってこの人は俺の事を結構気にかけてくれている。
付き合いも長いからか、半分息子みたいな扱いもされてるし、うちにはお父さんがいない分こういう存在はありがたいのかもしれない。
「じゃあ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ、はじめ」
俺は用意されていた布団へと潜り込む。
昼間はかなり動き回ったし、腹いっぱいになるまで肉も食べた。
普通なら布団に入った瞬間に眠ってしまってもおかしくないくらいには疲れているはずなのだが……。
「……気持ち悪い」
流石にバーベキューで油分を取りすぎたようだ、完全に胃もたれしている。
子供だからこのくらい食べても大丈夫だと思っていたが、流石にあの量はキツかったみたいだ。
隣でいびきをかきながら気持ちよさそうに眠っている陽芽のお父さんを睨みつけつつ、のそのそと布団から出て夜風に当たるために外に出た。
このキャンプ場はそこまで人里から離れていないのもあり満点の星空とは言えないが、少し陰った月が夜空にポツンと浮かんでいるのを見るのも中々に風情があるものだ。
夜風に当たっていると、少しだけ胃のむかつきも収まってきた気がする。
「次からはちゃんと断ろ……」
そう呟きながら、俺はロッジの周りを軽く歩く。
昼間は子供達の声や肉の焼ける音で騒がしかったキャンプ場も、今はすっかり静かになっていた。
聞こえてくるのは、草木が風に揺れる音と虫の鳴き声くらいだ。
こういう静かな時間も悪くない。
そんなことを考えながら歩いていると、少し離れた場所に誰かがいることに気が付いた。
ロッジの脇に置かれたベンチに腰掛け、ぼんやりと夜空を眺めている。
暗くて顔まではよく見えなかったが、見慣れた後ろ姿だった。
「……みこちゃん?」
「ん?」
俺が声を掛けると、その人影がゆっくりとこちらを振り返った。
「……一人で外に出ちゃダメじゃない」
「ごめんなさい、ちょっと胃もたれしちゃって」
「そう……風邪ひいちゃいけないから、早く戻るわよ」
そう言って、みこちゃんは立ち上がる。
「あ、ちょっと待って」
「ん?」
俺が呼び止めると、みこちゃんは不思議そうに振り返った。
「……少しだけ、ここにいてもいい?」
「どうしたの、急に」
「いや、なんとなく。せっかく外に出たし、もうちょっと夜風に当たっていたいなって」
みこちゃんは俺の顔をじっと見つめた後、小さくため息を吐いた。
「はぁ、本当に少しだけよ?」
「うん」
俺は軽く頷き、みこちゃんの隣に座った。
しばらくの間、二人で何も言わずに夜空を眺める。
こうしてみこちゃんと二人きりになる機会は意外と少ない。
普段はお母さんが近くにいるし、送迎なんかの時も大抵は何かしら用事がある。
だからだろうか。
ふと、前から少し気になっていたことを聞いてみたくなった。
「ねぇ、みこちゃん」
「なに?」
「みこちゃんってなんの仕事してるの?」
俺の質問に、みこちゃんは少し嫌そうな顔をする。
「そんなこと知っても意味無いでしょ? ほら、バカ言ってないで戻るよ」
「えー、いいじゃん、教えてよ」
「嫌よ」
即答だった。
普段なら適当に誤魔化したり、冗談を言って話を逸らしたりするみこちゃんにしては、やけにはっきりとした拒絶だ。
だからこそ、余計に気になってしまう。
「僕、お母さんとみこちゃんのことについて何も知らないからちょっとは知りたいんだ」
「…………」
「2人とも何も教えてくれないし、ちょっとくらい教えてくれてもいいんじゃないの?」
「はじめ……」
みこちゃんの口から初めて聞くような低い声が漏れる。
俺は予想外のことにびっくりして思わずみこちゃんの顔を見てしまった。
「……その話は、もうしないで」
いつもの穏やかな表情はそこにはなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「……戻るわよ」
それだけ言うと、みこちゃんは先にロッジへと歩き出す。
俺も慌ててその後を追ったが、頭の中には先ほどの表情がこびりついて離れなかった。
今まで一度も見たことのない、あの顔。
やっぱり、お母さんとみこちゃんには何かある。
そんな疑問だけを残したまま、その夜は更けていった。




