36話 条件
困った事になった。
図書室を探せば少なくとも何冊かは見つかるだろうと高を括っていたのだが、まさか1冊もないとは……。
確かにこの時代は現代と比べるとプログラミングなどはマイナーではあるため、多少少ないことは覚悟していたが、ここまでとは思っていなかった。
だが、考えて見ればおかしな話でもない。
この土地は元はソ連に統治されており、その統治下では工業などが重視されていたようだ。
その為、PCの普及が遅れていたと考えられる。
その上、規格の違い等によりソ連製のPCが淘汰され、それによりこの地域のコンピュータ産業は一度大きく後退したのだろう。
再統一後、西側で使われていたPCが一気に流れ込んできたとしても、それまで使われていた機械やソフト、そして技術者の知識まで簡単に置き換えられるわけではない。
ハードが違えば使えるソフトも違うし、開発環境だって変わる。
今まで覚えてきたものが全て無駄になる訳ではないだろうが、少なくともそれまで通りとはいかないはずだ。
その上ここは小学校だ、そんな状況で最新のプログラミング本が優先して入ってくるとも思えない。
図書館などならまた話は別だろうが、それでも詳しい内容の本は期待できないだろう。
流石の俺も様々なスキルを持っているとはいえ、何も無い状態からプログラミング技術を編み出すなんて芸当は出来ない。
時間があれば出来ないことも無いかもしれないが、そんな事をちんたらとやっているうちに他の人に先を越され、俺のアドバンテージの1つは完全に無くなってしまうだろう。
そうなると、できる限り早く教材をどうにかして手に入れる必要がある。
北海道を探し回るか、本土の方から取り寄せるか、どっちにしろ小学校の俺には難しいミッションになるだろう。
「……やっぱり、頼るしかないか」
俺は小さく呟いた。
今までできる限り自分一人で何とかしようとしてきたが、そもそも俺はまだ小学一年生だ。
金も無く、自由に遠出することもできない。
当然、好き勝手に買い物へ行くことだってできない。
そういう時に子供がまず頼るべき人がいる。
そう、お母さんだ!
「ママー!」
俺は家に帰るや否やお母さんの胸に飛び込む。
「あら、珍しい、何か嫌なことでもあった?」
お母さんは俺が学校で何かあったのかと考えたのか、少し不安そうな表情で俺を抱きしめてくれる。
「ママ、僕欲しいものがあるの」
その言葉とともに顔をグイッと上向きにし、目を潤ませる。俺は長年の子供生活で涙を完全に制御する能力を獲得しているため、このくらい朝飯前だ。
俺の全力のぶりっ子ムーブお母さんは目に見えて動揺した。
「欲しいもの………えっ、はじめが物をねだるなんて初めてじゃない!?」
「えっ、そうだっけ」
あまり記憶には無いが、確かにいい子でいようと心がけていたためか、お母さんに迷惑をかけないために駄々を捏ねたりは特にした記憶が無い。
え、もしかしたらそれに対して動揺してたの……?
俺のぶりっ子が決まったぜと思い込んでいた俺は途端に恥ずかしくなってくるが、それを全力で押さえ込み要望を伝える。
「ごほん、それでね……僕、パソコンが欲しいの」
「……え? ぱそこん?」
お母さんは予想外の答えだったのか、目を丸くする。
だが、次の瞬間、思考が戻ってきたのか、急に渋い顔をした。
「えーと、パソコンね……何に使うの?」
「えっとね、調べ物とかかな」
「図書室の本じゃダメなの?」
「欲しいのが置いてなかったの」
この時代のインターネットは今ほど万能じゃない。
だが、それでも小学校の図書室や図書館だけで調べるよりは遥かに多い情報が得られるだろう。
だから、これですんなり買ってくれればそれで万々歳なのだが……。
俺のキラキラした眼をお母さんは唸りながら見つめ、最終的に非常に悲しそうな目で話し始めた。
「えっと、ごめんね、パソコンは流石に買えないかな……」
「そっかぁ……」
俺は少し残念そうに肩を落とす。
……だが、内心ではほくそ笑んでいた。
まあ、そうなるとは予想していた。
そもそも最初からパソコンを買ってもらえるなんて思ってはいない。
何十万円もする物を小学一年生の息子に、興味を持ったからという理由だけで買い与える親なんてそうそういないだろう。
なら、何故最初にパソコンが欲しいなどと言ったのか。
答えは単純だ、最初に大きなお願いをして、それを断らせる。その後で、それより遥かに小さなお願いをする。
そうすれば、最初から小さなお願いだけをするよりも受け入れてもらいやすくなる。
前世で何かの本で読んだ気がする交渉術だ。
つまり……ここからが本番だ。
「じゃあさ、買って欲しい本があるんだけど」
「本……ね、本ならいいよ」
「やった! じゃあ……」
勢いよく欲しい本を並べようとした、その時だった。
「ただし!」
「えっ」
お母さんが俺の肩を掴み、ずいっと顔を近づけてくる。
「本を買うのには、一つ条件があるわ!」




