32話 歴史Ⅱ
日本人民共和国、前世では聞いた事もない国の名前だ。
日本が社会主義国家になった事など前世では1度もないからな。だが、この世界ではソ連の支援を受けることによってこの国が成立したらしい。
ソ連は日本人民共和国で様々な改革を行い、政治体制などもソ連に近しいものに作り替えて行った。
北海道には炭鉱などの豊富な資源や広大な土地があり、極東では比較的開拓のしやすい土地であった為、日本人民共和国を東アジアにおける重要な工業国として発展させようと考えていたらしい。
そして、それを模範としてアジアの社会主義国家への影響力を広げていく事も狙っていたようだ
そのため、日本人民共和国には大量の資金や技術者が投じられ、大規模な開発が進められていた。
しかし、その開発はあまりうまくいっていなかったようだ。
その要因としてあげられるのはまず人口の少なさだ。
本土決戦により日本の労働人口には壊滅的な被害が出ていた上、戦後の混乱に乗じて連合国統治下の日本側へ逃げた人間も多く、そこへ重工業を中心とした急速な開発を進めたことで、深刻な労働力不足が発生したらしい。
ソ連もそれへの対処のために大量移住政策など行ったらしいが、それでも足りず、その上これから説明する開発が難航したもう1つの原因を更に激化させてしまう結果となった。
そのもう1つの原因とは、地元住民の反発だった。
日本への帰属意識の高まり、日本人民共和国の政府が最も苦労した問題はこれだったようだ。
学校教育や宣伝によって新しい国民意識を作ろうとしても、それはあまり上手くいかなかず、むしろ強引に進めれば進めるほど反発が強くなり、各地で小規模な抗議活動が起こるようになっていった。
その上、開発の難航などの問題が重なった結果として連合国統治下の日本との経済格差も広がって行った。
その結果として1970年代に日本との再統一を求める大規模な抗議運動が発生した。
当初、政府は軍や警察を使って鎮圧しようとしたものの、既に政府内部や軍部にまで再統一を支持する者が増えていたらしい。
離反者が相次ぎ、政府は急速に統制力を失った。
当然、後ろ盾であるソ連も介入しようとしたが、その頃のソ連は北日本を助けられるような余裕を失いつつあった。
北日本への長年の援助による負担、国内経済の停滞、そして各地で高まり始めていた民族問題。
様々な問題が重なり、以前のような力を維持できなくなっていたのだ。
そうして…………日本人民共和国は崩壊し、住民投票の結果、日本は再び一つになった。
その頃には連合国統治下だった日本も完全に主権を回復しており、バブルの始まりを少し前の時代となっていた。
日本人民共和国との再統一は、日本にとって当然大きな負担となった。
長年社会主義体制下に置かれていた北海道では、道路や鉄道などのインフラこそある程度整備されていたものの、民間企業は殆ど育っておらず、生活水準にもかなりの差があったらしい。
そのため政府は北海道を中心に大規模な復興政策を実施した。
当然、莫大な金が必要になったが、それは同時に巨大な国内需要を生み出す事にもなり、日本経済は急速に成長し、日本再統一による様々な投機が重なり、日本はバブル経済に突入した。
そして、そのバブルが俺が生まれる少し前に崩壊し、今に至る……という感じらしい。
「色々と相違点はあるが、奇しくも似たような現在になったという訳か…………」
とはいえ、ここまで歴史が違うとなると、最初に気になっていた孤児院についても前世とは別の事情がある可能性が高い。
「戦争の影響……ってだけでもなさそうだよな」
日本人民共和国との統一から既にかなりの年月が経っている。戦災孤児を保護するためだけなら、今もあれほど大規模な施設が必要とは考えにくい。
しかも、それが今まで使用されており、そこで暮らす子供の数にも説明がつかない。
そう思い、借りてきた本戦後の社会制度や人口政策について書かれているものを探してみる。
ある程度違和感なく、前世と変わらないものも多かったが、その中に見慣れない法律の名前があった。
「……生命保護法?」
内容を読んでいくと、戦後、日本では人口を早急に回復させる必要があるとして、妊娠した子供を可能な限り出生させる方針が取られたらしいということが分かった。
そして、その政策の一環として、衝撃的な文言を発見した。
「……人工的な流産を、原則禁止?」
俺は思わず文章を読み返した。
病気などで母体に重大な危険がある場合を除き、妊娠した子供を意図的に流産させる行為は禁止されるらしい。




