13話 外の世界
それからもリビングへの探索は何度もチャレンジし、その度に望んだ結果が綺麗に叶うことはほとんどなかったが、それでも何度も繰り返しているうちにお母さんも俺がリビングに興味津々なのを悟ってか頻繁に連れ出してくれるようになった。
そのお陰である程度この家を見て回ることができた。
しかし、それによって分かったのは、この家には全然情報が無いということだった。
まず、この部屋は3LDKのかなり大きなマンションの一室で、少なくとも三階以上の高さにある部屋のようだ。
しかし、その中身はあまりに質素なものだった。
一人暮らしの人ならこの位の質素さでもおかしくは無いが、こんなようなある程度の大きさの家に住んでいるのにも関わらず、その部屋にここまで私物が無いなんて事はあるのだろうか?
あるものといえば俺のお世話に使うものばかりで、テレビすら無かった。
流石にこんなような部屋は違和感がある。
お母さんがある程度お金を持っているだろうというのは分かっていたが、それにしても自分の為に使っているものが少なすぎる。
お母さんの見た目は非常に若く見える。どれだけ高く見積っても20代前半くらいの若さだ。そんな人がここまで質素な生活ができるのだろうか?
お母さんに直接聞ければ楽だが、流石にそれはできないので、この謎はこれ以降もしばらくは解けないだろう。
となれば残されたのは人の会話を聞くくらいだが、それもあまりうまくはいかなかった。
この家に来る人は基本的にはみこちゃんという女性だけで、その人とお母さんはある程度は話しているものの、その会話の内容のほとんどは生活について……というかお母さんが俺について自慢するという内容が主で、それ以外の内容の話はほとんど聞いていない。
だからそこからも情報は得られなかったため、結果的にある程度動けるようになったのにも関わらず、俺はほとんど情報面での成果を得られ無かった。
そんなせいもあり、それからも長い間ただひたすらに赤ちゃんライフを謳歌させていただきました。
それも、数ヶ月とかでなく、2年半程。
その期間中はなんと言っても赤ちゃんの演技をするのが大変だった。
産まれてから数ヶ月のうちは本当に声がしっかりと出ないためどうやっても「あー」とか「うー」とかしか喋れなかったが、それも1年も経った頃にはある程度しっかりとした言葉が喋られるようになってしまっていた。
そうなれば前世の記憶のある俺は二語文や三語分などをすっ飛ばしていきなりしっかりとした言葉を喋りだしてしまう……なんて事もできなくは無かったのだ。
まぁ、あのお母さんの事だから俺がいきなりそんなように喋り始めても気持ち悪がったりはせずに「うちの子天才!」となるような気もするが、それでも多少は悩みの種を作ってしまう原因にもなってしまいそうだ。
お母さんにはお母さんの幸せというのをしっかりと感じて欲しいから、そんな事はできない。
だからこそ、俺は頑張って赤ちゃんっぽい感じで喋るように努力した。
それでも尚お母さんは俺の事を天才扱いしていたが、それはただの親バカだろうから素直に「えへへ〜」と喜んでおいた。
そんなこんなで幸せな暮らしを続けて早数年。
気がつけば俺は3歳になっていた。
3歳……この年齢がなんの年齢か察しのいい人ならすぐに気づくはずだ。
そう、幼稚園に入園する年齢である!
この家では情報がほとんど得られないと分かった割と早い段階で俺は情報を得ることを諦めていた。
なぜなら、この歳になればどうなろうとも外界と触れられる機会があるだろうから、赤ちゃんの頃に情報を集めるのを諦めることができたのだ。
稀に幼稚園へ子供を行かせない家庭もあるにはあるので、もしかしたらうちがそんな家庭である可能性も無くは無いため、4月に近づくにつれてできる限り早く幼稚園についての説明がされることを祈りながら生活していた。
そして、三月も半ばを過ぎた頃の事だ。
「はじめー、ちょっとおいでー」
突然リビングからお母さんに呼ばれた。
この頃にはもうある程度歩けるようになっており、お母さんも危険だからと色々な所へ歩くのを制止することも無くなっていたので、部屋からトタトタとリビングへと向かった。
「なあにー?」
できる限り三歳児らしい返事をしながら向かうと、お母さんはスモッグのようなものを持ってにこにこしていた。
「はじめ、もうすぐ幼稚園なんだけどね」
…………来た。ついに来た。
内心ではガッツポーズを決めながらも、表面上は首を傾げる。
「ようちえん?」
「そう。お友達がいっぱいいるところだよ」
「おともだち!」
「ふふ、楽しみ?」
「うん!」
もちろんですとも。
友達もそうだが、それ以上に俺が待ち望んでいたのは外の世界だ。
三年以上、ほとんどこの家の中だけで生活してきたが、ようやく同年代の子供や先生、他の保護者とも接することができる。
そこからなら、この世界について今までとは比べ物にならないほど多くの情報が得られるはずだ。
「はぁ、はぁ……と、とりあえず……こ、これ着よっか」
「…………」
あの、お母さん、ヨダレ垂れてます。
いや分かるよ? 可愛い子供のスモック姿、早く見てみたいのは分かる。
だけど、そんなにエロ親父みたいな反応されると流石に俺も嫌になる。
ちょっとした意地悪心が目覚めた俺はお母さんをじっと見つめたあと、ぷいっと顔を背ける。
「……やっ!」
「えぇっ!?」
予想外の拒否だったのか、お母さんは目を丸くする。
「着ないの……?」
「やっ!」
「そ、そんなぁ……絶対かわいいのに……」
見るからにしょんぼりするお母さん。
…………ちょっと可哀想になってきたな。
ちょっと気持ち悪さはあったが、悲しんで欲しいわけでは一切ない。
もう……仕方がないな。
「……あとでね」
「ほんと!?」
さっきまでのしょんぼり顔はどこへやら、お母さんの顔は一瞬で活気を取り戻すを
復活はやいな……。
まぁいい、幼稚園に行けることは確定したんだ、それだけで今日は十分だ。
こうして、俺の長かった箱入り生活にも、ようやく終わりが見え始めた。




