自分まだやれます!
ある場所に笑望使は居た。――鬼塚ひとみの部屋だ。彼女が留守にしていること良いことに、天使の力を使って侵入していた。
「相変わらず、ええ匂いや。ひとみさんは」
「何してるんだ。変態」
「誰や!?...何や笑友使か。びっくりさせんなや」
「お前こそ、何を勝手に人の部屋に入っているんだ?」
「ひとみさんを笑わせるためには、ひとみさんのことをよく知ろうかと」
「何を今更。十分知っているだろう。ストーカー君。ほら、あの違法行為の証拠があるだろ」
「『汗と涙の調査結果報告書』や!。人を犯罪者みたいに言うなや」
「立派な犯罪者だろ」
「そんなことより、お前は何でここにおんねん?」
「お前を見張ってる。鬼塚さんを笑わせに行かないのか?まさかびびってんのか?」
「誰がびびてんねん。今から行くところや。その前にちょっと英気を養おうと思ってな」
笑望使は大きく深呼吸した。
笑友使は直ぐに窓を開けて叫んだ。
「お巡りさーんっ!ここに、ここに変態がいまーすっ!お巡りさーん、早く来てーっ!」
「やめろ!ばかぁー!」
笑望使は笑友使を急いで部屋の中に引き込んだ。
「バカなことしてないで、ひとみさんのところに行くぞ。さっさとしろ」
「バカはお前だろ!それに何で急に偉そうなんだよ。まったく」
そう言いながら、二人の天使は鬼塚ひとみのいるオフィスに転移した。
昼間のオフィスは、戦場そのものだった。電話の音、打ち合わせの声など深夜の雰囲気とは全然違っていた。
「さて、ひと笑い頂きますか」
笑望使は自信満々に呟いた。
「すべり笑いをか?」
「ふん。何とでも言え。ひとみさんが笑ってくれれば、俺は本望だ」
「何で、ちょっとカッコつけてんの?」
「よし。行くか。ここからが本番やで」
今までにない緊張感が場の空気を支配した。
「まずは、あのひとみさんが使こうてるマウスや。あれに憑依し....」
いつの間にか笑友使の手が笑望使の左肩を力強く握っていた。
「何だって?」
「...というのは冗談で、モニターの下に置かれた犬のフィギュアに憑依や」
笑望使は急いで鬼塚ひとみのデスクに向かい、犬のフィギュアに憑依した。
(よし、動けるで。ひとみさん、よう見ててや!)
「どうも、点検にきましたぁ。天使の犬だけに!」
鬼塚ひとみは無言で犬のフィギアを元の位置に戻した。
「あかんか。次や」
笑望使はモニター下のあるゲームのキャラクターに憑依した。
「もう1機ください」
さっきと同じように無言で元の位置に戻された。
「まだや、こっからや」
次々と鬼塚ひとみのデスクの上にあるフィギアに憑依し、一言ネタを繰り出した。
ただ、必ず無言で元に位置に戻されていた。
笑友使はあまりのすべりっぷりに見てられなかった。
「もう終わりにするか?」
「自分まだやれます!」
「何で急にスポ根?」
ただ、笑望使の目は真剣そのものだ。
しかし現実は非情だった。鬼塚ひとみは笑わない。それどころか感情が全く動かなかった。
「まだやるのか?」
見かねた笑友使がまた声をかけてきた。
「当たり前やろ。あともうちょっとなんや」
「どの辺が?ずっと再放送を見せられてたけど」
「くそ。これだけは使いたくなかったが...しゃーない。最終手段や」
笑望使はおもむろに全裸の赤ちゃん人形を取り出した。
「ん?お前、それどこで手に入れた?」
「ひとみさんの部屋や。さっき拝借してきた」
笑友使の手に金属バットが召喚された。
「まっ、待て!こいつの姿を借りるだけや。ちゃんと返す」
「あぁ!どういうことだよ。事と次第によっては、ぶっ殺す!」
「落ち着け。こいつに憑依して、ひとみさんに一発ギャグをかます」
「その方法は何度も失敗しているだろ。学習しろよ。それにそんなことしたら、鬼塚さんは驚くだろう?」
「大丈夫や。今までのを見てたやろ。人形が喋っても、ひとみさんは幻覚を見た程度にしか感じてへん。かなり疲れてるからな。だから、家に飾ってた懐かしい人形が急にデスクの上に出てきても大丈夫や。幻覚ぐらいに思うはずや。行ってくる」笑望使はすーっと鬼塚ひとみのデスクの上に着地した。そして手にしていた全裸の赤ちゃん人形に憑依した。
鬼塚ひとみの視線が赤ちゃん人形に向けられたその時、赤ちゃん人形はおしりを突き出した。
「ぷぅ~」
鬼塚ひとみの表情が一瞬変化した。
「どうや!」
笑望使が自身満々で戻ってきた。
「いや、鬼塚さんは笑ってないけど」
「そんな馬鹿な。渾身のギャグやで!ここまで人間と天使で感性がちがうんか!」
「面白くないだけだ!現実を見ろ」
だが、笑友使の目には鬼塚ひとみが一瞬驚いたように見えた。
そして、それは初めて反応があった瞬間だったが、笑望使は気づいていなかった。
「まだや、こんなことで諦めへんで!」
笑望使が次の準備をしているとき、鬼塚ひとみは笑望使が使った人形を不思議そうに見ていた。
「次はこれや」
「何それ」
「俺を模したぬいぐるみや。ええやろ」
「そんなもん、どこで手に入れたんだ?」
「作らせたんや。その辺のばばぁに。よう出来てるやろ」
「言い直せ。ご婦人や。ばばぁじゃない!」
「天使力を使って、ばばぁを操ったんや」
「お前、天使力をそんなことに使っているのか」
「どうや、めちゃくちゃ男前にできてるやろ!」
「...いや、なんか全体的に絶妙にパチモン臭い。背中の羽根は雑過ぎて餃子に見えるし、天使の輪が頭頂部に直貼りされているから、ハゲてるみたい。しかも全裸って。the 変態!て感じかな」
「ふん。負け惜しみはやめとけ。よし。一気に押し切るで!」
再び鬼塚ひとみのデスクに移動しぬいぐるみに憑依した。
「進化しました」
――無音の世界が広がったかに思われた次の瞬間、
いままで聞いたことのない、音が世界に広がった。
「ふっ...」
それは鬼塚ひとみが微笑んだ瞬間だった。




