折れた心
「元気出せって」
笑友使は笑いを堪えながら精一杯の真面目なトーンで声をかけ、笑望使の肩にそっと手を置いた。
絶望の淵にいる笑望使が振り返り笑友使の顔を見た。
「『君が奏でるタイプ音、それが天使へのラブソング』。何が面白いの?」
その顔はニヤニヤと笑っていた。
「う、うるさい!」
「ゴミ箱から這い出てくるところは最高に面白かったよ。どうだったゴミ箱の中は?」
そう言いながら、笑友使は涙を流して、笑い転げていた。
「笑うな!ひとみさんと笑いの感性がちょっと違ってただけや!」
「いや、俺も面白くなかったよ」
「ちょっと、天使ギャグではあかんかっただけや。次こそは絶対に笑わせたる!」
「もう1回言うけど、俺も面白くなかったよ」
その日から、笑望使は鬼塚ひとみを笑わせるため、頻繁に人間界に通っていた。
人間には天使の声は聞こえないし、姿を見る事はできないため、あらゆるものに憑依した。
モニターやマウス、オフィスチェア、野良犬、野良猫、自動販売機、スマフォ、アクセサリ、靴、枕など、鬼塚ひとみの周りにあるものに憑依しては、自慢のギャグや形態模写などを繰り出した。が、結果は散々たるものだった。
鬼塚ひとみは笑わない。表情一つ変えないのだ。
いつしか、笑望使は自信を喪失し、「すべる」ことに恐怖するようになった。
「あかん。何をやってもあかん。なんでや。天界では爆笑王やったのに」
「自称だろ?」
笑友使は冷たく言い放った。
「あと、鬼塚さんの体に触れるものに憑依するな。オフィスチェアや枕、靴、アクセサリーはお前の欲望を満たしているだけだろ!ちゃんと見てるからな」
「ほっとけ。そうでもしないと、精神的にやってられないんや!」
笑望使は自らを正当化していたが、笑友使には全く理解ができなかった。
「次やったら、容赦なく鉄拳制裁をくらわせるかなら!」
「この令和の時代に?」
「天使に人間界の法律は適応されないんだろう?」
笑友使は笑望使のかつての主張をそのまま返した。
「ふん。まぁいい。俺を止めれるものならな」
「止めるよ。鉄拳制裁でな」
「何でそこまでするん?」
「当たり前だろ!このクソ変態が!で、鬼塚さんはあれからどうなんだ?」
「あかん。全然休んでへん。仕事ばっかりや。ちょっと職場に行くで」
笑望使は笑友使を連れて、鬼塚ひとみのオフィスに転移した。夜22時過ぎのオフィスには、まだ沢山の人が働いていた。
「鬼塚さん、ここの処理をデバッグして。今日中ね」
「はい。分かりました。対応します」
「こんな時間なのに、仕事頼まれてるね」
笑友使が横を向くと、そこに笑望使は既に居なかった。
「あのバカはどこに...あ、居た!」
笑望使は鬼塚ひとみに仕事を振った男の元にいた。
「てめぇ、俺のひとみさんに、なに仕事振ってんだよ!ぶっ殺すぞ。天使なめんなよ!地獄に行くか?」
笑望使は全力で男にメンチを切っていた。
「やめろ!その人に文句言ってもしょうがないだろ!」
「くそ、ひとみさんは大丈夫なんか?」
笑望使は急ぎ、鬼塚ひとみの元に移動し、顔を覗き込んだ。
「うん。ひとみさんはいつ見ても美人さんや......あかん、あかん。そうじゃなくて、やっぱり殆ど寝てへんみたいや。疲れてるわ。よし。こうなったらいつものあれや!」
「あいつは、一体何をブツクサ言っているんだ?」
笑友使が不思議そうに見ていると、笑望使は鬼塚ひとみの周りを回り始めた。
「ひ・と・み!ひ・と・み!」
と繰り返し叫びながら、両腕を縦にして、左右の腕を交互に激しく上下させ、鬼塚ひとみの周囲を謎のステップでぐるぐると回りだす。死んだ魚の目の女性の周りで、透明な天使が全力で不審な踊りを踊っている。地獄絵図だ。
ゴッ!、鈍い音がし、笑望使は床に転がった。
「死んでしまえ!」
笑望使の右手には召喚した鉄パイプが握られていた。
「あがが...なにしやが…」
「黙れ変態!何だ今の?あんな気持ち悪いことは二度とするな!わかったか?」
笑友使のあまりの威圧感に笑望使は何も言えなかった。
「俺はどうすればいいんだよー!」
笑望使は完全に追い込まれていた。
「鬼塚さんを笑わせるんじゃなかったのか?」
「最初はそのつもりやってん。ひとみさんを笑わせたかった。笑顔を取り戻したかった...でもあかんねん。ひとみさんは全然笑わへん。笑わへんねん。だから...だからせめて応援しようと思って」
「何だ。すべるのが怖いだけか」
笑友使は冷酷なまでに、笑望使の心をえぐった。
「ちゃうわ。そんなんとちゃう。そんな訳ないやろ!天使史上最高傑作と言われたこの俺がすべるわけないやろ!」
「この1ヶ月間のお前の行動を全部読み上げてやろうか?」
「やめとけ。笑友使、お前が傷つくだけや」
「何をごちゃごちゃと。結局すべるのが怖くなって、逃げてるんだろう!違うのか?そもそも、お前ごときが『うける』前提でいること自体が生意気だ!」
「な、なんやて!」
「何だ?言いたいことでもあるのか?じゃぁ聞くけど、鬼塚さんを何回笑わせたんだ?言ってみろ!」
「...回や!」
「聞こえないけど?はっきり言えよ!」
「う、うるさい!何回でもええやろ!ほっとけ!」
「お前、本気で鬼塚さんを笑わせたいのか?」
「あ、当たり前やろ!何言うてんねん!」
「なら、最後までやり切れよ!お前が始めた事だろ!途中でやめるなよ!」
「くっ。悔しいがお前の言う通りや。天使のトップに君臨している俺らしく無かったわ」
「いや、お前は天使の最底辺だぞ。どこからそんな間違った認識がでてくるんだ?」
「よし。俺はもう迷わへん。絶対にひとみさんを笑わせたる。ひとみさんに笑顔を取り戻してもらうんや!一旦天界に戻るで。作戦会議や!」
「くそ、完全に心をうち砕いてやろうと思ったのに、やる気にさせてしまったか...仕方ない。最後まで付き合ってやるか」
笑友使は深くため息をついた。




