エピローグ(後編)
「え……ええっー!?」
「ハハハ……いくら何でも、おまえは驚きすぎだ」
ビリーは苦笑しているが、突然求婚されて驚くなと言うほうが無理な話だと思う。
「だって、ビリーさんは一生結婚する気はないって……」
「そ、その……あれだ。おまえが最初に言ったよな。結婚もしていない男と、一緒には住めないと。俺も同じということだ!」
ビリーから勧誘され住み込みでと言われたときに、私が彼へ告げた言葉。
あれからまだ半年も経っていないのに、ずっと昔のことのように感じてしまう。
それくらい彼とは、濃密な時間を共に過ごしてきた。
「ふふふ、一緒に住むために、私たちは結婚するのですか?」
素直じゃないビリーに、つい意地悪を言ってしまった。
「双方が同じ考えなら、別におかしくはないと思うが……おまえが嫌なら、無理にとは言わない」
心なしか拗ねたように声が小さくなり、腕の力が緩んでビリーが離れる気配を感じた私は、慌てて彼にしがみつく。
「嫌じゃないです! 私は、師として兄として、そして一人の男性としてビリーさんが好きです。こんな私ですが、これからもよろしくお願いします!!」
彼の顔を見上げて一生懸命に自分の気持ちを伝えると、眼鏡の奥にある穏やかな緋色の瞳が私を見つめていたが、徐々に近づいてきて頭に口付けを落とされた。
瞬時に顔が真っ赤になった私を撫でながら、ビリーはごにょごにょと言いにくそうに色石の説明を始める。
彼いわく、自分の髪と瞳の色である茶と赤を入れることで、他者に己の存在を示すとか何とか……
「つまり……簡単に言えば、『俺のものだから、手を出すな!』ということだ」
「だから、お守りなのですね」
見た目と性能の両方で、これから私を守ってくれるのだ。
さっそく髪飾りを着けて見せたところ、「よく似合うな」と珍しく素直な褒め言葉が返ってきて、ビリーの顔を二度見したことは私だけの秘密。
「あっ、そうだ。ビリーさん、ここに座ってください」
「なんだ?」
椅子に座ったビリーに顔を近づけると、私は彼の頬に軽く口付けをしたあと頭を撫でる。
「お、おまえ……」
私に頭を撫でられているビリーは手で顔を隠しているが、耳まで真っ赤だ。
「ふふっ、私もビリーさんへしたくなったので、お返しです!」
「ハア、ここまで散々俺を煽ってきたんだから、おまえ……結婚後は覚悟しておけよ」
「何をですか?」
「お子様のおまえには、教えない」
「でも、具体的に教えてもらわないと、私はいつまで経ってもわからないじゃないですか」
ぷうっと頬を膨らませた私に、ビリーがニヤリと笑う。
その顔が、いつぞやのアンリに向けたアビゲイルの獲物を捉えた表情に似ているような気がして、私は思わず後退りした。
「今なら、『先ほどの発言は、即撤回します!』とおまえが言えば許してやろう」
「て、撤回なんて絶対にしません!」
ビリーの脅しに屈したくないと思わず言い返したところ、彼はおもむろに立ち上がり、上から私をじっと見下ろす。
何とも言えない圧を感じた私は後ろにじりじりと下がっていくが、彼はどんどん距離をつめてくる。
ついに壁際まで追い詰められた私は、身構えた。
「もう一度だけ言う。さっきの発言を、今すぐに撤回しろ」
「い、嫌です。ビリーさんの脅しに、私は負けません!」
「じゃあ、仕方ないな」
外した眼鏡をカウンターに置いた彼は、真っすぐに私を見据える
「アンヌ……」
「な、なんですか?」
「……愛してる」
(!?)
軽く唇が触れただけで、体が痺れたように動けなくなった。
目を閉じ呼吸をするのも忘れ、私は長い口付けを受け入れる。
唇が離れたあと、耐え切れず一度息継ぎをすると、再び重なった。
今度は深く、激しく、何度も何度も……私たちは口付けを交わした。
「……これでわかったか? お・こ・さ・ま」
体の力が抜けぐったりと自分にもたれかかる私の耳元で、ビリーが囁く。
「今回は潔く負けを認めます。私は世間知らずのお子様でした……」
「あのな、誰も勝ち負けのことを言っているんじゃないぞ。俺は、結婚前にこれ以上煽ってくるなと言いたかっただけで───」
「でも、ビリーさんと口付けを交わしたら、幸せな気持ちが体中からいっぱい溢れてきて、私はやっぱりあなたが大好きなんだって、再確認しました」
「おまえは、またそういうことを軽々しく口にす───」
「……だから、またしてくださいね」
「おい! おまえは俺の話を聞いていたか!!」
薄暗い店内に、ビリーの怒声だけが響き渡った。
◇
季節は移り変わっていき、木々が葉を赤く染めていく。
店が休みの今日、私とビリーは薬草と茸の採取のため村近郊にある森へ来ていた。
「ビリーさん、これは食べられますか?」
「ああ、それなら食用だから大丈夫だ」
私が見つけた茸を指さし、ビリーが間近で観察、確認がとれた物をようやく手に取ることができるのだ。
彼は薬学の勉強で茸の毒性についても学んだようで、よく知っている。
さすが、私の師匠であり兄であり婚約者でもある人は、本当に頼りになるなと感心してしまう。
「全部取るなよ。ちゃんと来年以降も採取できるように、少し残しておくんだぞ?」
「それくらいは、わかっています。父も、よく言っていましたからね」
貴重な茸ほどその傾向が強いそうで、全部取りつくしてしまうと、来年泣きを見るのは自分たちなのだ。
ビリーは「素手で触るな」とか「怪しい茸に不用意に近づくな」とか、まるで亡くなった父のようでおかしさがこみあげる。
「ビリーさんは、私の父みたいですね」と言ってみたら、「おれは、おまえの婚約者だ」と拗ねたようにそっぽを向き、さっさと歩いていってしまう。
王都の公園とは違い森で迷子になったら命にかかわるので、私はすぐに追いかけて手をつなぐ。
こうすると、ビリーの機嫌が直ることを私は知っているのだ。
◇
「うん、旨い!」
初めて食べた茸シチューがお気に召したのか、ビリーは三杯もおかわりをした。
本当は寒い冬に食べられるよう、茸を均等な大きさに切ったあと天日干しをして乾燥させ、保存食材として置いておかなければならないのだが、満面の笑みで「また一つ、家庭の味・思い出の料理が増えたな」と喜ぶ姿を見てしまったら、また近いうちに作ってあげようと思ってしまう。
「そういえば、ウィロウ叔母上から手紙が来ていたぞ。俺たちの結婚式は、来年の春、ハンクス侯爵邸で行うことが決まったらしい」
「もしかして、貴族の方々もいらっしゃるのでしょうか?」
「いや、近しい身内だけと書いてある。マーシア大伯母様とウィロウ叔母上。それと、俺の両親と兄弟とクリスだけだな」
ビリーの両親と兄弟も参列してくれると聞いて、嬉しくなる。
彼の冤罪が晴れたことで、家族との関係も少しは良くなってくれるといいし、私は初めてお会いするビリーの父と長兄に失礼がないよう十分気を付けたいと思う。
「クリスさんは、お元気なのですか?」
「アイツも婚約者が決まったそうだから、もしかしたら連れてくるかもしれないな。まあ、数多くの候補者の中からクリスが選んだ女性なら、問題ないだろう」
「そうですね」
私が、またクリスから自慢話を聞かされそうだなと笑っていたら、ビリーがスプーンを置いた。
「結婚式が終わったら、アンヌのご両親とお祖母さんへ挨拶に行こうと思う」
「……えっ?」
「墓前へ結婚の報告と、実家にある荷物を整理してこちらへ持ってくること。あと、世話になった近所の人たちへも挨拶をしないとな」
「私の故郷は遠いですから、また長期間お店を休むことになりますけど……」
「事前準備はしっかりとしておくから、問題ない。それに、俺が一度見てみたいんだ。アンヌが生まれ育った村と家を」
「ビリーさん……」
私は、あなたに出会えてよかった。
彼との出会いは、やはり神様の思し召しだったのだ。
胸元を掴み感謝の祈りを捧げている私に、ビリーがギョッとしている。
「お、おい、無意識に何かを願うなよ。また変に魔法がかかったら、大変だからな」
「ふふふ、大丈夫ですよ。どうしてそうなったか、本当の理由がわかったので」
「どういうことだ?」
訝しげに眉間に皺をよせるビリーへ、私は説明を始める。
「昨日、あの日の夢を見て思い出しました。私が最初に祈った願い事は『男になりたい』ではなく、『どうか私をお守りください』だったんです。その後、『もし私が男だったら良かったのに』と強く思いました」
「ん? では、まず守りの加護?がかかったあと、残りの魔力で中途半端に(男になる)魔法がかかったってことなのか?」
「おそらく、そうではないかと。だから、別の簡単な願いごとであればその場で叶っていたかもしれませんし、そもそも最初に『男になりたい』と願っていたら、今もアンリとして生きていたかもしれません」
「しかし、ペンダントに願った割には、おまえはいろいろ危険な目に遭ったと思うが……」
「そんな私を救ってくれたのは、ビリーさんです。あなたとの出会いこそが、ペンダントの力……神の思し召しなんですよ!」
会合の手伝いに行かなければ
別の願い事を祈っていれば
馬車でウィロウから薬を貰っていなければ
旅の途中で男になっていなければ……ビリーと知り合うことはなかった。
数々の偶然に導かれて、私たちは巡り会うことができた。
だから、私はこれからも感謝の気持ちを忘れず、彼と共に生きていこうと思う。
「シチューがあともう少し残っていますが、四杯目のおかわりをしますか?」
「残したらもったいないし、おまえがそう言うなら俺が食べてやってもいいぞ……」
「ぜひ、お願いします」
言葉とは裏腹に、ニコニコと器を差し出すビリーは、やっぱり素直じゃない。
笑いをかみ殺しつつ、何食わぬ顔で私は器を受け取ると残りのシチューをよそう。
「ビリーさん、どうぞ」
「ありがとう」
再び良いお顔で食べ始めたビリーを微笑ましく眺めながら、私も食事を再開する。
旅先で突然異性になってしまった私を助けてくれたのは、愛想がなく口も悪く、本当に素直じゃないけれど、私の作った料理を美味しいと良い顔で食べてくれる、心優しい未来の旦那様でした。
これで完結です。
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。




