エピローグ(前編)
村まではマーシアが馬車を手配してくれたため、行きの半分の日数で帰ることができた。
私たちは、すぐに店を再開する。
早ければひと月ほどで戻る予定が、延びに延びて結局三か月ほどかかってしまい、常連客は『二人は、もう帰ってこないのでは』と思っていたようで、皆とても喜んでくれた。
店の再開業務が落ち着いたころ、私はある人物へ会いに行くことにした……材木問屋の三代目であるトマスのもとへ。
◇
本当は、村へ帰ったらすぐにでも話をしに行くつもりだったが、トマスがちょうど商談のため数日不在となっていた。
昨日のうちには戻ると聞いていたので、コンフリー薬房が定休日の今日の午後から、ビリーの許可を取り材木問屋へと向かう。
ビリーは私一人で行くことに難色と懸念を示したが、師匠とはいえ弟子が結婚話を断る場に同席するのはさすがに気まずいだろうと思い同行は断った。
トマスの店は村の中で一、二位を争う大店だけあり、大勢の従業員が忙しなく働いている。
家人からトマスへ私のことは伝わっていたようで、すぐに店の奥へと通された。
どうやら、これから案内されるのは店ではなくトマスの私邸のようだ。
セオドアの件もあり先へ進むのを躊躇っている私に、年配のメイドが「今日は天気が良いので、庭にしましょう」と言い、店を出て屋敷内を通らず外から直接庭へ案内してくれた。
「坊ちゃまは無体な真似はされませんが、こちらなら周囲に人目もありますし私も控えておりますので、あなたも安心でしょう」
彼女は、私の不安を感じ取ってくれたようだ。
メイドの言う通り、話している会話までは彼らに聞こえないが庭で作業をしている庭師や従業員が常に出入りしているので、部屋に二人きりにされるよりずっといい。
椅子に腰を下ろし綺麗に手入れがなされた庭を眺めていると、トマスがすぐにやって来た。
「あの……お忙しいようでしたら、日を改めますが?」
「今日は午後からの予定はないから、大丈夫。それより、アンリさんから君が実家に戻ったと聞いていたから、また会えて嬉しいよ」
「アンリが別の街へ行くことになりまして、これからは私がビリーさんの店を手伝うことになりました」
ペンダントの魔法が解除された今、『アンリ』は存在しない。
これまではひと月ごとに兄妹がコロコロと入れ替わる状態が続いていたから、店の客にはこのように説明をしている。
「アンリさんから話は聞いていると思うけど、単刀直入に言う。僕はアンヌさんを妻に迎えたいと思っている。どうか、申し出を受けてもらえないだろうか?」
「申し訳ありません。私にはその……好きな人がいまして、他の人との結婚は考えられません」
「その好きな人って、ビリーさんのことだよね?」
「…………」
トマスからあっさりと相手を言い当てられてしまい、返答につまる。
無言で俯いた私に、トマスが「やっぱり、そうか……」と呟いた。
「相手がビリーさんなら、どうしたって僕に勝ち目はないね……ハハハ」
トマスは力なく笑ったあと、ハアとため息を吐く。
「前々から、わかってはいたんだよ。アンヌさんが、誰のことをずっと想っているのか」
「えっ?」
「君は自分の気持ちに気付いていないようだったから、まだ少しは希望があるかなと思っていたけど……」
「私は、そんなにわかりやすかったですか?」
「うん、とってもね。そんなところも、アンヌさんの魅力ではあるけど」
彼の言葉に、自分はずっと前からビリーのことが好きで、周囲にはすでに知られていたのだと改めて認識してしまう。
エスプーモでも、ミモザやマーガレットから同じようなことを言われた。
気付かずにいたのが自分だけだったなんて、恥ずかしいにもほどがある。
「彼に、自分の気持ちは伝えたの?」
「……いいえ」
「その様子だと、これからも伝えないつもり?」
「はい」
ビリーにとって私は、弟子であり妹のような存在だ。
自分の気持ちを告げることで彼を困らせたくはないし、この良好な関係を壊したくない。
私はずっと傍に居られれば、それで幸せなのだから。
「……君の気持ちはわかった。ところで、まだアンヌさんは時間があるかな? 最後に、一緒にお茶だけ付き合ってくれないだろうか?」
「わかりました」
私が承諾すると、トマスは嬉しそうに微笑みながら「では、用意をさせるから、ここで待っていて」と言い残し、一度屋敷へ戻っていった。
しばらくして彼は戻り、お茶の準備が整ったとのことで私はお茶と共に珍しいお菓子を頂く。
これは商談で訪れていた街の名物菓子だそうで、中央に深い穴が開き周りはうねりのある斜めの模様が入った、見た目がとても変わった乾燥果物入りバターケーキだ。
メイドが切り分けてくれたケーキが美味しくてすぐに食べてしまった私に、トマスがお土産としてもう一切れくれた。
ビリーも甘い物が好きだから、これは彼にあげようと半紙に包んでもらったお菓子を布でくるんでいたら、こちらに向かって誰かが庭の中を走ってくる。
何事だろうと目をやると、それは額に汗をかき肩で息をしているビリーだった。
「ビリーさん、そんなに慌ててどうしたのですか?」
「おまえ……無事…なのか?」
「えっと……トマスさんとお茶を飲んでいて、美味しいお菓子を頂きました」
「それだけか?」
「そうですよ」
ビリーが私から反対側に座るトマスへ視線を移すと、彼がクスッと笑い出した。
「まだ、もう少しアンヌさんと話ができると思っていたけど、予想よりもかなり早いお迎えだね。まあ、それだけ彼女のことを想っているってことかな……」
「……あんな手紙を送りつけて、俺を試したということですか?」
「そうだよ。もしあれを読んでも迎えが遅かったり、彼女を迎えにも来なければ……本当にアンヌさんを帰さないつもりだったからね」
「えっ!?」
「フフフ、冗談だよ。ではアンヌさん、今日は会いに来てくれてありがとう。また今後も薬を買いにいくこともあるから、その時はよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。今日は、ごちそうさまでした」
立ち上がりペコリと頭を下げる私へトマスは柔らかい笑みを浮かべると、ビリーへ顔を向けた。
「ビリーさん、アンヌさんを悲しませるようなことをしたら……僕が許さないよ」
「わかっています」
◇
屋敷を出て私たちが店に戻ったころには、日が沈み始めていた。
「すぐに夕食の支度をしますね」
私はお菓子を食べたが、ビリーはお腹が空いているだろう。
とりあえず、料理ができるまでの一時凌ぎになればと鞄から土産を取り出す。
「ビリーさん、これはトマスさんから頂いたお菓子です。美味しいですから、どうぞ」
私が差し出した布包みを受け取ったビリーは、カウンターに置いてあった似たような布包みをそのまま私の手に載せた。
「じゃあ、俺はこれをおまえにやる」
「これは?」
「開けてみれば、わかる。先に言っておくが、食べ物じゃないぞ」
なんだろうと開けてみると、それは髪飾りだった。
銀色の台座に小指の爪ほどの色石が数個嵌め込まれており、キラキラと輝いている。
「うわあ、綺麗ですね!」
以前は布の紐で適当に一つにまとめていた私だが、最近は、囮作戦時にアンリが身に着けていたリボンを使っている。
「これを、接客時と外出時には必ず着けてくれ」
「ありがとうございます。でも、どうしてこれを私に?」
「……お守りだ」
「お守り?」
「ここに、黒い石があるだろう? これは、魔力の放出を抑制する効果がある石だ」
「それって、つまり……」
「漏れ出ている魅了魔法を、抑えてくれる」
「す、すごい!」
村で買ったんですか?と尋ねてみたら、王都でわざわざ作ってもらったとのこと。
「これは身に着けていなければ効果を発揮できないから、クリスが髪飾りにしたら良いと助言してくれた。おまえは、すでにペンダントを持っているからと」
「ふふふ、さすがクリス様ですね」
黒い石について私が興味津々で尋ねたら、ビリーが説明をしてくれた。
この石は数が多ければ多いほど魔力を抑える力が強くなり、屋敷の従僕を操っていたことが発覚したアビゲイルは、それがびっしり付いた輪を足首に取り付けられたそうだ。
そして、これを一生外すことはできず、彼女は二度と魔法は行使できないとのこと。
「伯爵の爵位はメイソン前公爵様に返還され、あの一家は庶民となった。今は、エルゾラン公爵家の領地にあるメイソン様の私邸で使用人として働いているらしい」
爵位はもともとメイソン個人が持っていたものを、姪のフェリシティへ譲ったものだった。
しかし、今回の一件でメイソンへは別の縁者へ渡し、今後アビゲイルたちは彼の監督の下で更生していくことになるのだそう。
「そんな話を聞いたら、私のも罪人が付ける手枷みたいですね……」
「だから、そう見えないよう綺麗に装飾が施してあるだろう? 色石をよく見てみろ。おまえの髪と瞳の色だ」
言われてみれば、金・緑・青の三色の色石だ。
そして、色石は黒の他にあと二つある。
「この茶色と赤色は、何を表しているんですか?」
「これは…………こういうことだ」
いきなりビリーに抱き寄せられ、心臓が大きく飛び跳ねる。
「アンヌ……結婚しよう」
それは、何の前触れもない突然のビリーからの求婚だった。




