私の選択
「そろそろ、時間です」
ビリーの声で場が一瞬にして緊張感に包まれるなか、私は席を立つと満月が見える窓側へ移動した。
部屋には月明かりが差し込み、灯りが消されていてもかなり明るい。
「おまえは、立ったままで大丈夫なのか? 微熱があるのだろう?」
「あるかもしれませんが、問題ありません」
今まではベッドに横たわった状態で入れ替わっていたが、現在、体にこれといった不調は感じていない。
ビリーからの問いかけに笑顔で返し、今日は服の上に出しているペンダントを直に握りしめると、じっとその時を待つ。
しばらくして、部屋に差し込む月明かりが徐々に増えてきた。
目を閉じた私は、自分の願い事を一心に祈る。
思い返してみれば、今日まで本当にたくさんのことがあった。
父が亡くなったあと、突然平凡な日常を奪われそうになった私は故郷を逃げ出すことしかできなかった。
一人旅に出てビリーと出会い新たな日常を築いていく中、王都に来てこれまで知らなかった事実を知り、彼と共に過去に立ち向かった。
――そして今、新たな未来に向かって私は一つの選択をする
「……おまえが出した結論は、これか」
「ペンダントの力が、まさかこれほどとは……」
「いやはや、これほどの現象を目撃したのに、『すごい!』の感想しか出てこない自分の語彙力の無さに落胆するな……」
二度目となるビリーは至極冷静に、初めて目の当たりにしたマーシアは絶句し言葉が続かず、ウィロウは彼女らしい表現で静かに興奮している。
「君は、『アンヌに戻る』ことを選択した。であれば、まずはバルドー家へ婚約と婿入りの打診をしなければ……これから、忙しくなりそうだ」
夜が更けていくなか、嬉々として元気な夜型のウィロウへ、マーシアが待ったをかけた。
「アンヌは、村へ帰します。ウィリアム、彼女をよろしく頼むわね」
「大伯母様?」
「マーシア伯母上、『村へ帰す』とはどういうことでしょうか?」
予想外の展開に驚いている師弟に、マーシアはにこりと笑う。
「だって、これが彼女の一番の望みなのよ。そうよね、アンヌ?」
「はい。私の望みは、ただ一つ。これからも、コンフリー薬房で働き続けることです。だから……ビリーさん、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる私を、ビリーは戸惑いの表情で見つめている。
「前にも言ったが、俺ではおまえを守りきれないかもしれないんだぞ。だから、俺は……」
「ウィリアム、心配はいりません。わたくしがアンヌへ強力な守りを授けましたから、安心してちょうだい」
マーシアは、ビリーからウィロウへ顔を向けた。
「アンヌを養女にしましたから、わたくしの娘です。ふふふ、ウィロウにとっては義妹になるわね」
「お、伯母上、私に相談もなくそのようなことを」
「あら、でも私に何の相談もなくアンリを養子にしたのは、どこの誰だったかしらね……」
「その件に関しては、正当な判断だったと考えております!」
「ええ、たしかにそうね。でも……」
「……でも?」
不穏な空気を感じとったのか、ゴクリと唾を飲み込み恐る恐るマーシアへ尋ねかえすウィロウの表情は真剣だ。
「……アンヌを『エスプーモ』へ潜入させたり、アンリを囮に使うことは感心できないわ」
「な、なぜ、伯母上がその件を……」
引きつった顔をしたウィロウがちらりと私へ視線を向けたが、『私ではありません!』と無言でブンブンと大きく頭を振っておく。
「なぜ、わたくしが知っているのか不思議に思っているようだけど……その前に、ウィロウには罰を与えねばなりませんね」
「…………」
「来年の『特別な満月の日』に、わたくしもペンダントに祈りを捧げて、あなたを二十……いえ、二十五歳ほど若返らせてみようかしら」
「……ハハハ、伯母上がそんな冗談を仰るなんて」
「冗談ではなく、わたくしは本気よ。あなたが婿をとったら、万事解決と気付いたの」
「し、しかし、失敗してアンヌのようなことになる可能性もあるのでは……」
「どんなものでも、絶対はあり得ないわね」
「でしたら、そんな不確かなことは……」
伯母と姪のやり取りは続いているが、マーシアから「二人はもう帰りなさい」と言われ、私たちはそっと部屋を後にしたのだった。
◇
満月が周囲を明るく照らす中、静まり返った庭園をビリーと歩いていく。
「今後の生活が保証されている待遇を蹴ってまで俺の店で働き続けたいなんて、相変わらずおまえは相当な物好きだな」
「私は、これからもビリーさんと一緒に居たいです。でも、それは貴族としてではなく───」
「……皆まで言わなくてもおまえの気持ちは十分にわかったから、もうそんな顔をするな」
ビリーの手が伸びてきた。
いつものように撫でられているだけなのに、彼の手が頭に触れた瞬間、胸がドキドキして顔が火照ったように熱くなる。
今が夜中でなければ、赤くなった顔を彼にばっちり見られていたことだろう。
「あ、あの…村へ帰ることを勝手に決めてしまって、怒っていませんか?」
「どうして、俺が怒るんだ? 約束したよな。『おまえが望むなら、俺はこれからもずっと傍にいる』と。だから、帰るぞ……俺たちのコンフリー薬房へ」
「はい!」
『俺たちのコンフリー薬房』
ビリーにそう言ってもらえて、私も一員だと認めてもらえて、涙が出るほど嬉しい。
これまでの私ならすぐにビリーへ抱きついていたところだけど、意識してしまったら恥ずかしすぎてできない。
過去の自分の数々の言動に無自覚は最強だなと思いつつ、その場に立ち止まり先を歩く大好きな人の背中をじっと見つめる。
私はこれからも、この人の傍にいられるんだ……そう思ったら、つい頬が緩んでしまう。
今のにやけた恥ずかしい顔は絶対に見せられないと、軽く頬を叩き気合を入れていたら、ビリーがくるりと後ろを向いた。
「お~い、起きているのか?」
「起きていますよ! こんなところで、寝るわけないです!!」
「おまえのことだから、立ったまま寝ているのかと思ったぞ」
「ビリーさんは、私を何だと思っているんですか?」
「すぐに眠くなる、お子様だろ?」
「た、たしかに、先日は言われても仕方ないと思いましたが、今日はいくらなんでも、ひどいです!」
「ほら、早く帰るぞ。今日も迷子にならないように、俺が手を繋いでやろうか?」
「……良いのですか?」
「おまえが嫌なら、無理にとは言わん」
「繋ぎます!」
駆け寄って、差し出された手をギュッと握りしめる。
やっぱりビリーの手は、今日も大きくて温かい。
満月の月明かりの下、私たちはゆっくりと庭園を歩いていった。
◆◆◆
村に帰ることが決まったアンヌとビリーは、王都で世話になった人たちへ挨拶回りをしていた。
隣人であった庭師夫婦のレオとシエナ、囮作戦で共にがんばったラビッジ薬房のルナへ、「兄のアンリが、大変お世話になりました」と礼を述べたアンヌに対し、三人は一様に彼女がビリーの恋人だと誤解している。
すぐに「私は弟子です」と訂正しようとしたアンヌに、これまで何度か誤解を解こうとしていたビリーは諦め顔で「もう、勘違いをさせておけ」と放置を決め込んだのだった。
◇
忙しいクリスへはビリーが挨拶状を送付したところ、彼は時間を割いて会いにきた。
従者に持って来させた四角い箱をテーブルに置いたクリスは、アンヌへ視線を向ける。
「これは、魔力測定器だ。アンヌさんの魔力についてウィリアム君が気になっているようだったから、特別に借りてきたよ」
「おまえ、わざわざその為に……」
「僕もアンヌさんの魔力については気になっていたし、それに、僕たちは友人だろう? 直接お別れを言うのは当然さ」
「……そうだな」
パチッとウインクをしたクリスは、すぐにアンヌの測定を始めた。
その結果、彼女も魔力持ちであることが判明したのだが……
「どうして、私も『魅了魔法』なんですか……」
衝撃を隠し切れない様子のアンヌへ、ビリーは「俺は、そうだと思っていた」と告げる。
「おまえがそんな顔をしているのは、あの女と同じ魔法だからなんだろう? でも、名称は同じでも中身は全然違うぞ」
「どういうことですか?」
「あの女のは自らの意思で発動させ、強制的に他人を支配下に置く。しかし、おまえのは自分の意思に関係なく、常時漏れ出ている状態だ」
ビリーが昔読んだ書物の中に詳しい記述があり、彼はそれを覚えていた。
「常時、漏れ出ている……」
「アンヌさんからは、常に微量の『魅了魔法』が放出されているのさ」
「『常時、魅了魔法が出ている』ほうが、問題なのでは?」
「アビゲイルの場合は、どんな相手でも操ることができるくらい強力だ。しかし、アンヌさんの場合は微量だから、初対面の印象が良くなるくらいで基本的に何も問題はない。ただし───」
クリスは、スラリと長い人差し指をピンと立てる。
「───もともと君に好意を持っている者の中には、さらにその気持ちを上乗せされ暴走する人物もまれに居るかもしれない。セオドアのようにね」
誰でも彼でも無差別に魅了してしまうことはないと言われ、アンヌはひとまずホッとする。
しかし、懸念が残ることには不安をおぼえた。
「そうそう、君たちへ嬉しい報告があるよ」
これはまだ公表前だから、ウィロウたちへも絶対に口外はしないでくれ……と強く念押ししたあと、クリスは再び二人へ水色の瞳を向けた。
「ウィリアム君の婚約解消の件を再調査した結果、デルボーラ家が証拠を捏造していたことが判明した。これにより、後日エルゾラン家からバルドー家へ、正式に謝罪が行われる予定だ」
「…………」
「ビリーさん……良かったですね!」
ビリーは顔色一つ変えなかったが、眼鏡の奥の緋色の瞳が揺れたことにアンヌは気付いていた。
泣きながら抱きついてくる弟子を、何も言わず優しく受け入れる師。
そんな師弟を、クリスは穏やかな表情でいつまでも眺めていた。
◇
半月後、エルゾラン公爵家からバルドー侯爵家へ、正式に謝罪が行われた。
謝罪内容はビリーとアビゲイルの婚約解消の件で、再調査した結果、ビリーを容疑者とする証拠はすべて捏造されたものと判明したとのこと。
アビゲイルがビリーへ媚薬を盛り、さらに魅了魔法をかけようとしたため、止む無くビリーが手を叩き阻止した……つまり、正当防衛が証明されたのだ。
なお、再調査のきっかけは、デルボーラ家の従僕全員がアビゲイルの魅了魔法によって操られていたことが新たに発覚したため(公式発表)
この件は同時に世間にも公表され、ついにビリーの名誉は回復されたのだった。
次回が、最終話となります。




